第33話 ギガスケルトン・ヴィクトル
ハルドフィン邸に戻った。ランガートル討伐の話は伝わっていた。賞賛の声を雨のように浴びせられ、何だか恥ずかしい気持ちになった。
何故か屋敷までついてきたルナリスが当然のように鋭い眼光をソロモンに飛ばす。ハルドフィン邸にシナノガワが居たからルナリスはここまで着いてきたようだ。ちなみにシナノガワは元々医薬品の件でハルドフィン邸を訪れる予定だったという。
ハルドフィン家の、正確にいうと南東大陸に居る大本のハルドフィン家の事なのだが、最大の収入源が『医薬品』なのだという。元の世界でいうと、原料を栽培する農家、製薬会社、運送会社、ドラッグストアが一元化されているようなもの。供給量も安定しており中間マージンが無く徹底的にコストカットを行っている為、比較的安い価格で流通している。現物は安かろう悪かろうという考えを木っ端微塵に叩き壊す高品質で種類も豊富。
なんか体調が悪いな~って時は取り敢えず小銭を片手に直売店に行っとけ、というのが南東大陸の一般的な常識なんだとか。一部の店舗では薬剤師が個人に合わせた調合をしてくれるサービスを行っていて、これがかなり好評とのこと。お陰でシェアはなんと南東大陸ではほぼ百パーセントというから、独占禁止法違反レベルである。
これはミレイユ夫人からこっそり聞いた話。薬によって原価率はまちまちだが平均は十二パーセントで人件費を勘定に入れても純利益は八十パーセント弱になる。高賃金や福利厚生の厚さで労働者からはリスペクトされ、末端でも庶民の平均月収は軽く超える高給取り。
この莫大な利益を原資として研究や投資を行い更に利益を得ていて、年間収入総額は小国の国家予算並みなんて噂も流れる程の超大富豪だ。
――ヤバい薬をばらまいているんじゃないだろうな? そんな考えが頭をよぎったがそれを口に出す程ソロモンは子供じゃない。
どうやら南西大陸でも同じように医薬品を売り出す計画を知ったシナノガワが、一枚噛もうとしている模様。彼女は能力だけでなく、女医としての知識と経験をこの世界で活かそうとしている。分野が違うだけでやろうとしている事はソロモンと同じだ。
彼女もこの世界で自分の居場所を自ら作ろうとしている。ソロモンは首を突っ込むようなことはせずに、午後のティータイムを早々に斬り上げて借りている自室へ直行した。
軽くシャワーを浴びた後寝心地最高のベッドへダイブ。ベッドメイクは完璧だ。あっという間に夢すら見ない眠りの世界へと意識が旅立った。寝心地の悪い馬車とは比べものにならない。快適な旅から戻った時には、もう空に星の輝きが見えている時刻であった。
「寝過ぎたかな。朝型人間が夜型人間にチェンジか」
そんな事を言いながらベッドから降りて大きく背伸びをした。ヴィクトルは近くの椅子に座っていて、こちらに髑髏の顔を向けてきた。仮面が中途半端に破損した為に脱ぎ捨ててから、替わりが用意できていないからだ。別に困ることはない。
「今回で十一回目、ですね」
声がした方向へ二人の視線が向く。一言で表現すれば大剣を背負った豹のワービーストだが、この世界にはワービーストとかエルフとかドワーフなんてファンタジーの定番は存在しない。
正体はすぐに分かった。別世界の悪魔だ。
「失礼、俺の名は『オセ』。お見知りおきを」
見た目は――失礼だが――粗暴な荒くれ者っぽいが、オセと名乗った彼は礼儀正しい言葉遣いと矛盾しない一礼をゆっくりと一回。声もやや低めで落ち着いていて、紳士的なイメージがある。
古代イスラエルのソロモン王が使役したという伝説の悪魔。異世界サバイバルゲームにおいてのサポーター。七十二体の内の一体だ。
条件を満たせば彼等は一体につき一回ヴィクトルの強化に来る。それがソロモンズファミリアの特性である。
「オセだね。今回も強化を宜しく」
ヴィクトルもゆったりとした速さで寄ってきた。
「はい。今回の内容ですがパワーの強化になります。特殊能力の付与を期待していたのなら申し訳ありません」
「別にいいよ。具体的には?」
「人間で言えば腕の筋力の強化、でしょうか。物を持ち上げる力、手首の強さ、握力、パンチ力も強化されます」
オセは自分の爪と太い指を見せて、説明しながら順番に動かしてみせる。
「シンプルだけどわかりやすい強化だな。不満は無いよ早速頼む」
「かしこまりました」
オセはパチンと指を鳴らした。いつものようにヴィクトルが黒い霧に覆われた。十数秒後には霧も晴れた。見た目は全く変わらないヴィクトルがそこにいた。
「さてソロモン様。ウェパルはハイスケルトンオメガといいましたね」
「そうだな。実はこの種族名プラス個体名的なヤツは気に入ってるんだよね~。次は何?」
「それは良かった。ギリシャ文字シリーズは終了ということで『ギガスケルトン』にしました」
「メガを飛ばしたね」
「スペックは最早メガのレベルを超えていますからね」
本体の能力は勿論のこと、暗視能力や水上歩行能力など初期に比べれば確実に強くなっている。
「ソロモン様もこの一年弱の間に随分腕を上げられましたね。今後の活躍、期待させて頂きますよ。それでは失礼します」
「あ~ちょっと待った。今回の条件は何だったの?」
「他のプレイヤー三人と接触する、ですよ。お気づきかもしれませんが、我々は原則としてこの世界の人間や他のプレイヤーの前に現れてはいけないことになっています。話す話さないは関係なく、干渉行為に当たってしまうということです。サポーターは原則としてゲームに干渉してはならないのですが、ソロモンズファミリアは能力の特性上、ある種の例外が認められている状態です」
「線引きみたいなのがある訳か。条件を満たしたと思ったら、一人になるようにしないといけないか」
ソロモンが言い終わった直後、オセは音も無く消えた。少し笑っていた事にソロモンとヴィクトルは気が付いていない。
「帰ったか。そういや腹減ったな。もう夕食の時間を過ぎてる」
お腹が情けなさそうな音を鳴らした。
怒られたりはしないだろうがどうしようか。
取り敢えず食堂にでも行ってみるかと部屋を出た。ヴィクトルは当然のように着いてくる。廊下は殆ど消灯されていて静かだ。今日は随分と長旅だったらしい。
歩きながら考え事を一つ。といっても大したことではない。すぐに纏まる内容だ。
そろそろ帰るか、俺の城に。今回の旅で得たものは十分だ。農作物はカボチャ、使えるかどうかはわからないがランガートルから変質材。しかも大金が入る。早ければ明日、遅くても明後日には払われるから、受け取ったら帰ろう。
シナノガワは取り敢えず放置でいいや。俺の本拠地は北方大陸のフェデスツァート帝国で彼女は南西大陸のダルヘル王国。
シナノガワが本気でゲームを降りたのなら距離もあるしそんなに関わらないだろう。仮に何か仕掛けてきても、フェデスツァート帝国は帝国貴族の俺のホームグラウンド。隣国のアスレイド王国では俺は領主。身分的に協力者を増やして対応は出来る筈だ。
最悪でも俺が生きていてフェデスツァート帝国とアスレイド王国が奪われなければ、他のプレイヤーの勝利条件を二つ潰せる。
――解答は分かっている。その解答に辿り着く為の方程式は複雑で、仮に判明しても解き終わるまでは長く、そして遠い。
それでもやらなければならない。これだけは投げ出す訳にはいかないから。
「お体の調子は大丈夫でしょうか?」
背後からベルティーナに声を掛けられた。
「ああ大丈夫。ベッドが最高の寝心地だからね」
返答にベルティーナは安心したように柔らかく笑った。
「夕食、食べ損ねちゃったなぁと思って外に出てきたんだけど」
「使用人が呼びに行ったんですが、ヴィクトルが起こさないでくれと言っているようだったみたいで」
喋れないが身振り手振りで意志表示をするのがヴィクトルだ。
「優秀だろ? 気ぃ使ってくれてありがとな」
首を二回縦に振る、これが彼の返事だった。
「ソロモン様の分、食堂にありますよ」
「それは有り難い。早く頂かなくては」
用意されていたのはサンドイッチだった。肉汁が柔らかめのパンに染みて旨い。
頬張るソロモンの正面にベルティーナは座ってその様子を眺めていた。彼女は皿が空になった所でソロモンに問う。
「ソロモン様は聖女ルナリスとシナノガワ先生とお知り合いのようだ、と聞きましたがどのような関係なのでしょうか?」
「どんな関係、か……」
水を一気に流し込んでから言葉を選ぶ。
「シナノガワは……そうだな……。俺と同じ運命のせいで出会って、俺の敵なのは間違い無いが、味方かもしれない人だ」
ベルティーナはイマイチ理解できないのか首を傾けた。
「ルナリスは分からん。でも俺を敵視している気がする」
シナノガワ本人から少し聞いた話だと、シナノガワがこの世界に来て初めて出会った人間だったらしい。途方に暮れていた時偶々近くを通りかかって助けて貰ったそうだ。
正直怖い話だが、ルナリスは一目でシナノガワが普通じゃない事を見抜いたという。流石に別世界から来たとは分からなかったそうだが、感覚を覚えたから他のプレイヤーは一目で分かる、らしい。
ブリンガランから特別な力を与えられた聖女――正確にはその力を受け継いだ子孫――だからこそなのだろう。
「何故聖女ルナリスはソロモン様を敵視するのでしょうか? ソロモン様は恨みを買うような事はしない方だと思っていますし、北方大陸出身なら関わる機会も無いでしょう?」
「それは間違いなくこの剣の繋がりだな」
腰には吸血剣ブロジヴァイネ。ベルティーナの眼前で鞘から少しだけ剣身を見せる。
「どうやらこの剣、人の神ソルガディアスの剣らしいよ。聖女殺しの剣なんて物騒な二つ名が付いていたみたい」
吸血剣も中々物騒な響きだがそういう認識がソロモンに無い。
「偶然手に入れただけで聖女ルナリスに含む所はないんだけども、それで神経質になっているんだ。絡まれたけど攻撃された訳じゃ無い」
そもそもシナノガワと共闘して俺と敵対するようなことがなければ必要の無い戦いだ。力の実態が分からないまま戦う羽目になるのは勘弁願いたい。相手にしたくないのが本音だ。
「そういうことなら大丈夫そうですね」
ベルティーナ安堵の息を吐いた。
「ま、ベルティーナさんやミレイユ夫人には迷惑にならないよ。俺はそろそろ帝国に帰るつもりだしさ」
「もう帰られるのですか?」
「うん。死にかけはしたけど、求めていたのはおまけ付きで揃った。持ち帰って領地経営を再開しないといけないからな」
「そうですか……。そうですよね。ソロモン様は領主様ですよね」
残念そうな顔を見せた彼女にソロモンは、
「そうだ。俺にはやらなければならないことがある」
それは遙か遠い、運命の終わりを望んだ形で迎える為に。




