第26話 巨躯への挑戦
巨大な魔物、ランガートルは動き出した。陸亀をそのまま巨大化したようなこの魔物は、ソロモンとヴィクトルに興味が無いらしい。頭部を前に向けてゆっくりと前進を始めた。
一歩踏み出すのは遅い。一歩毎に動きが止まる程、歩みは遅い。ランガートルの移動速度は非常に遅いという、リーダーからの事前情報は正しかった。
――それでも、ソロモンとヴィクトルは動けないでいた。攻撃か逃走か決められずに、灰色の巨躯を見上げたまま石にされたかのように固まっている。
「スケールが違いすぎる。元の世界で俺が住んでいた家よりも大きいぞ……」
想像の枠から完全にはみ出した存在。それが今目の前で動いている。それに対して、ソロモンに取り憑いた心は石になったような体を戻していた。
「だが面白ぇ。あの魔物、俺達で狩るぞ」
――冒険心と好奇心が闘争心に変わった。選んだ先は狩猟という無謀な戦い。
「動きは遅い。隙だらけだ。俺がブロジヴァイネで足を斬って転倒させる。ヴィクトルは目を潰せ。左側面から仕掛けるから右側面から頭部の方へ」
ヴィクトルは親指を立てた。ソロモンは漆黒の剣を抜いてランガートルの巨大な後ろ足へと駆ける。
浮いた足が再び地面に付く瞬間を狙う。岩場を踏みつける際に起きる衝撃がフルグリーブ越しに伝わるが、ソロモンの動きは止まらない。
「これでダウンだ!」
一文字に剣を振る。ブロジヴァイネからは何の手応えも伝わってこないが、確実にその刃は届いた。しかしランガートルは何事も無かったかのように歩みを止めなかった。
「チッ、もう一度だ。倒れるまで集中的に狙ってやる!」
再び左後ろ足を攻める。素早く近づき連続で斬撃を加えていく。容赦も抵抗も無く振るわれた剣が、ランガートルに襲いかかる。
それでも、ランガートルは歩みを止めなかった。
「なんでだ!? 剣は届いている筈だ。倒れるどころが動きが変わらないってどういうことなんだ!?」
呆然と立ち尽くす。剣を突き刺してみたが何の反応も返ってこない。初めてのことに、思考が停止してしまう。その間にも灰色の巨躯はゆっくりと離れていく。
ソロモンの頭が再び回り出した切欠は、ヴィクトルが肩を叩いたからだ。ヴィクトルもどうするべきか迷っていたようで、人差し指をランガートルに向けて上下させている。
「クッソ! まだだ! まだ勝負はこれからだ!」
狩猟の熱が戻ってくる。再び闘争心が攻撃行動に駆り立てる。
――普通に斬るだけではダメか? 攻め方を変えよう。
側面から斬るのでは無く、人間の体でいうと『アキレス腱』に当たる部分を狙う。外側から股の内側へ潜り込む動きで刃を入れ、規則的に揺れる尾を避けながら離れる。
「ダメか……全く効いていない。明らかにダメージになっていない」
避けられた訳ではない。弾かれている訳ではない。斬った感触の無さと斬撃の軌道から、ブロジヴァイネの力が不調や無効化されているとは考えられない。間違いなく刃は届いている筈なのだが――。
「まさかこの魔物は――」
今度は表面を削ぎ落とすように剣を振るう。それで答えは得た。
「単純な話だヴィクトル。この魔物、外殻がとんでもなく分厚い。ブロジヴァイネだから簡単に出来るけど、普通の武器じゃ殆ど傷が付かない堅さだぞ」
ブロジヴァイネは簡単にスライスするが、普通のナイフを突き立ててみれば金属音と共に弾かれる。小さなカケラ一つ出てこない。むしろナイフの方が折れるか刃毀れを起こしそうな程、この外殻は堅い。
「この堅さは金属以上だな。成る程、これなら弱点が分かっていても無理だ」
分厚い外殻が本体へ攻撃が通らなかった理由。それが分かった瞬間、ソロモンの心が昂ぶってくる。
「だがやりようはある。俺のブロジヴァイネならな」
普通に斬っても届かないなら、外殻を削いで穴を空ける。そうすればダメージが入る。
ランガートルの動きに注意を払いつつ、左後ろ足の切り崩しを再開。斜めに何度も刃を入れて少しずつ外殻を削っていく。
削り落とした外殻を地面に転がしながら、動き続ける巨躯に張り付く。
「表面の色が変わった。手で触れた感触も違う。本体まで届いたか!」
灰色の外殻に対して本体は白に近いほど薄い灰色。
「足自体が太いようだからな。斬って転倒させるのは無理そうだ。だったら――」
漆黒の剣を慣れた手付きで逆手に持ち替え半回転させる。柄に左手を加え、剥き出しになった肌へ突き立てた。根元ギリギリまで差し込んだところで両手を離す。
「後はブロジヴァイネが失血死に追い込んでくれる」
――これで勝ちだ。
その瞬間、勝利を確信した。そして、緊張の糸が完全に切断された。
次の瞬間、ソロモンは岩場の地面に顔面を打ち付けていた。
何が起こったのか理解できない。解ったのは何かが両足にぶつかり転倒させたという事実だけだ。
「何だ……何が……」
体を起こそうと顔を上げたソロモンの視界が真っ暗になった。




