第22話 その種、頂戴
書庫で再び本と向き合うソロモン。書庫の扉が開く音にページから目を離す。隣にはヴィクトルが居る、誰かが入ってきたようだ。
それは老人と呼ぶには十年位早そうな恰幅の良い男性。整った顎髭、後ろで束ねた少しくすんだようなブラウンの髪、ゴールドチェーン付きの片眼鏡と仕立てた職人の腕の良さが分かる衣服。どう見ても貴族様だ。
その一歩後ろに立つ女性も服装からすると同じだろう。明るめのブロンドヘアーには宝石付きの髪留めが二つ、首には高そうなネックレス。ドレスは派手には見えないが、緑と白の左右対称な絵柄が美しく見える。
「忙しいところ失礼する。貴殿がソロモン卿ですな?」
「あ……そうですけど……」
何だこの人……。見るからに大富豪っていう感じだが。
「私はカーノルド・ハルドフィンという者だ。こっちは妻のセリカ。娘達が世話になったようだな」
自己紹介を受けてソロモンは口を半開きにして一瞬固まった。
「ミレイユ夫人とベルティーナさんのご両親……」
「如何にも。先代の当主、今は一応隠居中ということにしているがね」
「すみません! お世話になっているのにご挨拶にも行かず――」
慌てて頭を下げるソロモンの言葉をカーノルドは掌を向けてソロモンの言葉を遮り、
「いやなに、先程戻ったものでな。気にしないでくれ」
相手を落ち着かせるような渋い声。堂々とした態度だが、相手を圧倒したり怯ませたりするような雰囲気ではない。本能的に身構えてしまったソロモンは、すぐに冷静さを取り戻していく。
「娘達から大体の話は聞いた。特にベルティーナには、とても良くして頂いたようで感謝の言葉を述べさせて頂く」
「いえ、そんな、大した事もしてあげられなくて……」
「そんなことは無い。ところで話は変わるが、ソロモン卿は遠方の農作物を求めているのであったな?」
「はいそうです。後日自分で交渉しに行こうかと考えています」
ソロモン卿なんて呼ばれるのなんかムズ痒いな。慣れてないだけかもしれないが。
「その件で一つ提案がある。卿は剣の腕には覚えがあると聞いた。何でもここに来る途中に遭遇した魔物達を、先陣を切って退けた、と。そちらのスケルトンという従者との連携も見事だったとも聞いた」
カーノルドは少し首を動かして、ソロモンの後ろで成り行きを見ていたヴィクトルに視線を送る。服代わりの防具一式だけ身に付けて、素顔を晒す人外の相方。この前当主様はヴィクトルがそこに居る事が普通だと認識している。驚いた素振りもなく眉一つ動かさない。
「それなりに鍛錬はしていますし、魔物狩りをしたことは何度もありますが」
そのことが探している農作物に関係があるのかな?
「今客人が来ていてな。ベルティーナに気がある名家の長男坊だ。以前から見合いの話を持ってきているんだが、当のベルティーナが全く乗り気じゃないのだ。聞けば相手が誰かというより、そもそも結婚自体を考えていないという」
「そういえば以前見合いの件で相談に乗った事がありました。その時も全然、乗り気どころがむしろしたくないって感じでしたね」
「その事も聞いている。そこで提案というのだが卿の剣の腕を貸しては頂けないか? 件の長男坊と剣で勝負してほしいのだ」
「剣で勝負、ですか?」
無意識に、腰に下げている剣を見る。鞘に収まっていれば、見た目は何処にでも売っていそうな量産品。しかし中身は素人でも魔物を真っ二つに出来るとんでもない問題児。ヴィクトルに次ぐソロモンの大事な相棒だ。
「その長男坊は、まぁ簡単に言うとアピールをする場がほしいようでな」
「好きな女の子の前で良い所を見せたいと?」
「そういう事だ。年頃の男の子には良くある考えだろう? 私にも覚えがある」
どういう事情があるのかは、直感的に察した。ソロモンもまた年頃の男の子なのだ。
――問題はピエロを演じろなのか、叩きのめして諦めさせろなのかだ。
「アピールする場を用意すれば、当家も無下に扱ったとは思われないだろう。結果がどうなるかは長男坊の腕次第だ」
「一応確認しますが、勝ちを譲れという話ではないですね?」
「無論だ。娘が世話になった卿に、道化を演じさせるような無礼はせぬよ」
「それは良かった。俺、勝負事には手を抜きたくない性分なので」
八百長なら間違いなく断っていた。
「頼もしいな。見返りだが、卿が欲している農作物に『カボチャ』があったな? 当家の農園では栽培していないが、長男坊の家が所有している農園で栽培していてな。カボチャの種を賭けさせる、これで如何かな?」
ソロモンは黒髪を掻いて頭を回転させる。悪い話ではない、そう判断するのは早かった。
小学校の家庭科の授業で習った内容で良く覚えている。カボチャはすげー野菜だ! とそう記憶していた。
栽培が簡単な割に強い。種も果実も食べられる上に湿気に少々気を付ければ、常温でも長期保存が可能。そして何よりビタミン豊富でウマい。
味もそうだが決め手は保存性に優れる性質。冬期にひもじい思いはしたくないし領民にさせたくない。
時に、自らの利得の為に狡く立ち回ることも必要か。
妙に心が昂ってくる。闘争心というのかは分からないが、自分がスタメンの野球の試合が始まる直前の気持ちに近い。
「その話お受けしましょう。今からですかね?」
「すまんな。卿も準備の時間が必要かと思うが、今から相手をしてくれるかね?」
元の世界からの、数少ない持ち込み品の腕時計で時間を確認してから、
「三十分頂けますか?」
「良かろう。外で待っている」
ソロモンはすぐに自室に戻り防具一式を身に付ける。もう慣れたもので装備完了まで五分掛からない。今回は剣の勝負ということで、魔装弓やナイフ等の不必要な装備は全て置いておく。
軽く準備運動を済ませて庭へ出る。五分前行動、巌流島の某のようにわざと遅れるような真似はしない。
書庫に籠もっていたら分からないが、今日の空模様は雲が多めの晴れ。少々汗ばむくらいの暖かさだ。足下は先日の雨の影響か土の部分が柔らかい。
庭には既に観客が全員来ていた。主賓のベルティーナも上に一枚羽織った姿で立っている。準備万端のソロモンを見つけたミレイユ夫人が、手を上げてソロモンを誘う。
「ラグリッツの時より様になっているわね。貴方もこれくらい格好よく決めてくれたら良かったのに。私の旦那は武芸に疎くてねぇ」
「いやぁその話はよしてくれよ。キミを守れないけどって、プロポーズの時に言ったじゃないか」
唐突に始まる惚気を避けるように視線を逸らす。
「ちなみに私は魔法の方が得意でね。妻のセリカを落とせたのは光の魔法で気を引いたからなんだ」
「あれは本当に素敵でした。真っ暗な夜空に宝石が輝いているかのようで、ね」
まさかのご両親も惚気モード突入。対応に困ったのでここは流す。
「貴殿がソロモン卿か?」
「ああそうだよ。ソロモン・サダキ、今回の対戦相手さ」
件の長男坊だとはすぐに分かった。ソロモンとベルティーナとそんなに歳が変わらない男で、腰から剣をぶら下げているからだ。
「自己紹介をしよう。私はマクセル・ワイザル。ワイザル家に名を連ねる者だ」
「マクセルさんですね。どうぞお手柔らかに」
家柄は知らん。それよりカボチャだカボチャ。カボチャを寄越せ。
「カボチャの種の事なんですがね」
「話は聞いた。私に勝てたら好きなだけくれてやろう。どうせ毎年大量に余って、庶民のおやつになっているくらいだからな」
いいね。言質を取ったぞ。
「ありがとうございます。それでは早速始めましょうか」
「いいだろう。私はこう見えて剣の腕には自信がある。手加減はしないぞ」
「こちらこそ。俺、勝負事に手を抜かない性分なので全力でやらせてもらいますよ」
審判役はハルドフィン家の執事が務める。キッチリと燕尾服を着込んだ姿は、ソロモンを異世界サバイバルゲームに強制参加させたナビゲーターを思い出す。
「ベルティーナ、私の剣の腕を良く見ていてくれ。この一戦をキミに捧げよう」
仰々しくベルティーナに一礼をするマクセル。ソロモンはちらりとベルティーナの反応を見てから、対戦相手に視線を戻す。本日の主賓は困ったように笑いながら、
「二人とも頑張って下さい」
と、一言だけ口に出した。
アピールタイムは終わりか? それじゃあいくぜカボチャの坊ちゃん。
正対する二人。彼等は対照的だった。
マクセルは元の世界でいう、中世のヨーロッパ貴族のイメージに近い服装をしている。それに宝石付きの腕輪とピカピカのペンダントが合わさって、一目で身分の違いと裕福さが分かる。
所持している剣の柄には犬か狼のエンブレムがあり、鞘には三色の幾何学模様が描かれている。鞘から姿を現した剣身も、雲の切れ間から射す光を反射して銀色に輝く。ただ一つの傷もほんの僅かな汚れも無い、美しくも鋭利な一振りだ。
ソロモンは旅装束で軽鎧とフルグリーブに籠手を装備。防具を着こなす姿は、兵士か傭兵といったところ。一目では古城の城主にも、それなりに広い領地を持つ領主にも見えない。百人居れば百人全員が、どこにでも居る雇われる側の人間だと答えるだろう。
その右手には漆黒の剣。闇が固体化したような剣身には一つの輝きも無く、美しさとは無縁の一振り。
俺はこの魔剣と一緒に鍛錬を積んできたんだ。レギュレーション違反にならねぇんなら迷わず使うぜ。
両手で握り剣先を相手に向ける構えを取る。相手を威圧するように睨みつける。
「黒い剣……だと。まさか……いや……相手は北方大陸から来たんだ。まさか、とは思うが偶然か……」
マクセルは独り言を呟いた後、構えに移行。流れるように、早すぎず遅すぎずの動きで剣を立てて自らの顔の前で制止させる。
「気にしすぎか……。まあいい、掛かってきたまえ!」
マクセルの発言に応じて審判役が手を真っ直ぐに上げた。
「勝敗はどちらかが降参するか、相手を戦闘不能にした時に決する。魔法を含む飛び道具は反則とみなす。よろしいか?」
「よろしい」
「俺も構わないよ」
「双方同意。それでは――始めッ!!」
審判役の号令。その直後はどちらも動かない。双方、初手は相手の出方を窺う。
時が止まったかのように動かない。観客も黙って次の動きを待つ。
短い、しかし長く感じる時間。先に動いたのはマクセル。時計回りに剣を動かし剣先を下に向ける。儀礼用の構えから戦闘用の構えに移行し前進。少しずつ距離を詰める。
相手の動作から目を離さない。隙は見せない。
――狙いは一つ。吸血剣ブロジヴァイネの特異技で勝つ。
意識が相手に張り付く。意志が両手に握った剣に伝わっていく。
二本の剣の攻撃範囲が重なるギリギリのところでマクセルは止まった。二人の鋭い眼光がぶつかり合う。どちらも怯まない、引かない。ここまで近づけば、もうどちらから仕掛けるかだ。
打ち込んでくるところを受けるつもりだったが……意外に攻めてこないな。試合前にあんなパフォーマンスをしたから、速攻も有り得ると思ったんだが。慎重な性格なのか、攻めるより受けてからのカウンターが得意なタイプなのか……。
頬を汗が伝う。緊張の糸がより強く張り詰めていく。
このまま睨みつけても埒が明かない、攻めるか。相手に防御させてやれば勝ちだ。
ソロモンは攻勢に転じた。同じ判断をマクセルもする。二人は同時に剣を振ったが直前でソロモンは無理矢理防御の体勢になる。マクセルは迷い無く横一線の軌道で剣を振る。
金属同士がぶつかり合う高い音が一度響く。両足で踏ん張り、両手に全力を込める。剣の側面で受けた銀の刃はソロモンの眼前で止まっていた。
拮抗状態に入る。純粋に力比べ。マクセルが剣を振り抜くか、ソロモンが押し返すか。
ソロモンは前に出ていた右足を軸にして、反時計回りに体を回転させる。同時に腕を引きつつ手首を回し、力が掛かっている方向をずらして相手の剣を滑らせる。相手の左側面から背後に回り込む動きで、向かって左方向からの攻撃の死角へ入り込む。
「貰ったッ!!」
体勢が崩れかけた相手の剣へ、右手を離し左手だけで素早く剣を振り下ろす。漆黒の刃が銀の剣を切断した。小さな金属音と共に、切断された剣先はすぐ足下に落ちる。切断面は磨かれたかのように綺麗だ。
狙い通り。下手に防御すると受けた武器や防具ごと相手をぶった切る。この反則的な切れ味こそがブロジヴァイネの特異技よ。
予想外の事で硬直するマクセルの首元に、ソロモンは剣先を突き付ける。事実上の勝利宣言だ。
「勝負あり! 勝者ソロモン卿!」
審判の宣言にソロモンは剣を下ろす。
「私の負けだよ。降参だ。まさか剣がこんなことになるとはな」
切断された剣先を眺めながらマクセルが溢す。剣という物は、たとえどんなに錆びて劣化したとしても、ここまで綺麗に切断されることは有り得ない。折れることはあっても、である。
その有り得ない事を起こすのが、吸血剣ブロジヴァイネなのだ。
「それじゃカボチャの種」
「ああ、誓約は守る。すぐに届けさせよう。北方大陸のソロモン卿の領地で栽培する、だったな」
「そうそう。距離的にここまで輸出は出来ないからさ。お宅の市場に不利益になるようなことにはならないよ」
「ならば良い。こちらとしては痛手ではないしな」
おっしゃあ! カボチャゲットだぜ!
内心大歓喜のソロモン。しかし彼はまだ知らない。この一件が不可思議な運命の糸を引っかけることを。




