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サバイバー・ソロモン  作者: オウルマン
第四章 南西大陸の聖女様
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第14話 二つの倫理の狭間

 食堂からでると船内は大混乱だった。慌てて荷物を担ぐ人、はぐれた同行者を必死に探す人、泣きながら走る人――。皆甲板への出口へ殺到している。


 船員達は乗客を脱出させる判断を下していた。船底に穴が空いたらしい。何人かでチームを組んで、船内から甲板へ誘導。甲板では脱出用の小型ボートに乗客を乗せている。


 幸いなことにソロモン達は全員揃っていた為、意思疎通は早い。


「馬車は諦めるしかなさそうですね。本当に必要最低限の物だけ持って早く救命ボートへ向かいましょう!」


 大混乱の乗客を掻き分け各々の部屋へ。ヴィクトルと二人部屋に戻ったソロモンは一旦立ち止まる。


 旅に最低限必要なものはウエストポーチに入れて常に持ち歩いてるし、ブロジヴァイネと魔装弓は定位置。財布と手帳は懐に入っている。荷物は着替えとかだから、無くなってもすぐに困る訳じゃないし。どうしても持ち出したいものは無いなぁ。


 ヴィクトルはそもそも私物を持ち込んでない。救命ボートが必要無いヴィクトルに担がせるか……。いや、待てよ。


 黒髪を掻く。思いついたことが一つ、決断まではすぐだった。


「確かリュックの中にロープを一束入れていたな。エウリーズさんの勧めで持ってきたヤツが」

 荷物が増えた時に纏める用途で持ってきたロープ。リュックをひっくり返せばすぐに見つかった。

「よし、行こうヴィクトル」


 ロープの束を握り締め、開けっ放しのリュックを放置して部屋を出る。ヴィクトルはその後ろをピタリと着いてくる。全員隣同士の部屋割りなので、はぐれずに合流できた。


 ソロモン達が甲板へ辿り着いた時には、救命ボートに乗る順番待ちの列が出来はじめていた。救命ボートはロープで固定されているが、満員になったものからロックを外して滑車で海上に降ろしている。基本人力だが小型のクレーンのような構造になっている。


「こういう時は、女性と子供と老人が優先だと思うが違うらしいな」


 救命ボートに乗り込んでいる人の年齢層はバラバラだ。早い者勝ちとも違うようだ。


「基本的に身分の高い方から優先。これが暗黙の了解といいますか、こういう時の常識なんですよ」

「半分は理解できるがもう半分は納得できねぇな」


 何というか倫理観の違いか。こういうのが異世界だと再認識させられるところだよな。


「俺達の中で一番格上はベルティーナさんだよな? ――じゃあこうするしかないか」


 救命ボートの周りは、恐怖からか攻撃的な言葉を叫ぶ乗客達が船員に詰め寄っている。ソロモンはその様子を冷ややかな目で見ていた。


「皆さんよく聞いてほしい。まず救命ボートに乗れても確実に助かる保証は何処にも無い。そもそもこの船がこのような状況になっていることを、近くの船や港に正確に知らせる手段がありませんからね」


 これは通信機の改良を手がけたソロモンだからこそ良く解っている事だ。


 同行者達を真っ直ぐ見てソロモンはゆっくりめで話す。彼等の視線と耳は全てソロモンに向いている。


「更に救命ボートにはエンジンはおろか小さいマストの一つも付いていない。よって自力で陸まで行く事が出来ない」

「エンジンというのが何か分かりませんが、マストが無いということは分かります。確かにソロモン様の言う通り、風が吹いても流されるだけ」


「波にも流されるよなぁ」

「その上救命ボートの位置を正確に他者へ伝える手段が無い。この大海原で漂流することになれば、たとえ救助がやってきても見つけてもらえない可能性が高い」


 口に出しつつ確認しながら再度考えをまとめていく。


「けどな? 一人だけなら確実に助けられる。それをベルティーナさんにしようと思うんだが。異議はあるか?」


 同行者達の顔色を窺う。この世界の倫理観なら反対意見は出ないと考えたが、それは当たっていた。


「お嬢様だけでも助けられるならお願いしたい」


 リーダーからこの言葉が出る辺り彼の主従関係は固い。他の同行者達も納得したように頷いている。


「決まりだな。ヴィクトル頼むぞ。ベルティーナさんを背負って陸まで運んでくれ」


 ヴィクトルは首を縦に振る。ベルティーナは困った顔でソロモンとヴィクトルを交互に見た。


「とても有り難い申し出なのですが……」

「心配すんなよ。ヴィクトルは海の上を歩けるんだ。それにコイツにはスタミナ切れが無いから動き続けるしな。この方位磁針を頼りに南へ進み続ければ陸地に辿り着く。お金もあるからそこで旅客馬車を捕まえれば、屋敷まで辿り着けるよ。これはヴィクトルに渡しておく」


 右手の槍を左手に持ち替え、空いた右手でソロモンから受け取ったヴィクトルは、それを自分の小物入れに仕舞う。


「あ……でも……」


 当の本人が納得していないのか不安なのか言葉を詰まらせる。


「大丈夫大丈夫。ほら乗った乗った」


 背中を向けて膝を突いたヴィクトルに押し出すようにして背負わせる。


「ずり落ちないようにロープで固定しておくよ。解けなかったらダガーで切りな」


 あまりキツくしないように結ぶ。余った分は適当に纏めておく。


「いいぞ。さあ行け。早いとこ彼女を安全な場所まで連れて行ってあげな」


 立ち上がったヴィクトルはソロモンに正対する。そしてガントレットに守られた右手の人差し指を向けた。


「俺か? 流石のお前も二人担いでは動き回れないだろう? どれだけの重量を運べるかテストしたもんな。だからいいよ。無事に送り届けたら探しに来てくれよな」


 ソロモンは笑った。何故笑ったのか、いや何故笑うことが出来たのかは本人もハッキリしない。この世界の技術と状況から考えて、ここに残れば助かる可能性はかなり低い。それを頭で理解しているのに、自分が確実に助かる方法を手放してしまった。


 ヴィクトルは自身を相棒と呼んだ(あるじ)へ人差し指を向けたまま、オブジェクトのように動かない。眼球無き瞳で見つめている。


「俺の能力は、沈んでいく船の乗客を全員助けられるようなチートじゃ無いんだ。それはお前も理解してるだろ? でも女の子を一人助ける事ぐらいは出来る。そうだろ?」


 十秒程の後、ヴィクトルはゆっくり手を下ろし踵を返す。お礼の言葉を叫ぶベルティーナを背に、半分近く沈んだ船の手摺りまで来たところで一度だけ振り返る。だがすぐに海面へ飛び降りた。


 ソロモンは手摺りから身を乗り出すようにして、

「よしよしこれでいい。さ、救命ボートへ乗り込むとするか。列に並ばないとな」


 ベルティーナを背に乗せて海面を走っていくヴィクトルの姿を確認。命の危機が迫っているのに、ソロモンは焦ることはなかった。いつものことのように振る舞い、傾いた甲板を騒がしい方へと歩いて行く。


 救命ボートの数は限られている。大型の船なので積んでいる数は多いが、それでも足りるかどうかは分からない。実際大きめの荷物と共に乗り込んで、乗れる人の数を減らす輩も見受けられる。


「まだ掛かりそうですね……。ソロモン様だけでも先に乗せて貰えるように話してきます」

「いやいい。元々俺はタダの一般人だし、ましてやここは領地どころが帝国の外。城から一歩でも出れば威張れるような立場じゃないよ」


 他人を押しのけて乗っても気分が悪い。どうせ助かる可能性が低いんだから、不愉快な思いをすることもなし。


 諦めとは違う、無関心に近いような認識が自分を沈みゆく船に乗せ続ける。海面が近づくに比例して焦り始める乗客達の中で、黙って順番を待つ。同行者達からは異常だと思われていることだろう。


 幸運な事にソロモン達は列の最後に近かったが、自分達の番が来るまで救命ボートは残っていた。今まで黙っていたソロモンは口を開いた。


「女子供老人が優先って事で。メイドのお二人さん、先にどうぞ」

「よろしいのですか? いえ、私達は後で――」


「いいから先に乗れよ。これ命令ね。後がつかえているんだから早く早く」


 半ば無理矢理に乗せる。その後に乗ろうとしたら割り込んでくる人が。


「お前さん老人が優先だとか言っておったのう」

()()そういうスタンスね。こっちの同行者を乗せたらどうぞ。ほらさっさと乗った乗った」


 杖を突いた老人を余所に、困惑するリーダー達を無理矢理乗せる。命令ね、と汚い反則技を吐いて先に乗せていく。彼等も自分の命が惜しいのは他人と変わらない。強めに言いくるめようとすれば、ベルトコンベアーに乗せられた箱のように次々と救命ボートへ進んでいく。


「ホラ、爺さん乗れよ」

「すまんな若いの」


 老人がのたのたと乗り込む。船にはあと一人分のスペースがあった。


「すみませんお客様。救命ボートには必ず海のことに詳しい船員が同乗する規則になっておりまして……」


 察した。彼等も助かりたいしその権利もあるからな。


「いいよ。まだ残ってるんだろう? 別のに乗るよ。それじゃあ皆、また生きて会いましょう」


 大きく手を振ってその場を離れる。そうしないと代わりに降りると言い出しかねないからだ。


 次々と海へ漕ぎ出す、いや漂流していく救命ボートの群れ。まだ漂流前の救命ボートは残っていた。


「――先にどうぞ」


 子連れの夫婦に譲った。女性の三人組に譲った。老人が結構残っていたので譲った。恨みがこもった目で見ている男性陣に絡まれた。


 結局ソロモンは次々と漂流していく救命ボートを見送り続けた。


「エフアドさん乗り損ねちゃったんですか?」

「お腹壊してトイレに籠もっていたら出遅れたねー。まだ乗れるー?」


 汗を裾で雑に拭うエフアド。ソロモンは逆に涼しい顔だ。


「詰めても後一人かと……。でももうこれしか残ってないんですが……」


 申し訳なさそうな船員は自分を勘定に入れているようだ。無論ソロモンは無理矢理引き摺り下ろそうとはしない。


「しゃーない。エフアドさんに譲るよ」

「いいのー? ありがとねー」


 最後の一隻が漂流していった。大部分が沈んだ船にソロモンは取り残された。

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