第13話 異世界の目
ソロモン達が乗る旅客船は昇ったばかりの朝日を浴び、潮の香りが混じる寒冷な海風を受けて南下し続けている。一行は全員で朝食を終えて食後の相談中だ。
「先程船員に聞いたのですが、今日の昼過ぎにサンフォーンへ到着するそうです」
「それじゃあ今日中にベルティーナさんの屋敷に着くね」
長い旅に明確な終わりが見えてきた。パーティ全員に安堵の雰囲気が現れる。
「ソロモン様は私の屋敷に着いた後の予定をどう考えていますか?」
「少し南西大陸を見て回ろうかと。気軽にここまでは来れないからね。手持ちの資金と相談しながら回って適当なところで帰るよ」
「そう……ですか……」
少し残念そうにも取れる反応をするベルティーナにソロモンは笑いかけた。
「もう春ですからね。ダルヘルはこれから暖かくなっていきますから絶好の旅日和ですよ」
リーダーもご機嫌だ。護衛陣もメイドさんも明らかに気が緩んでいる。
――――うん? 何だ……。
何かが、頭の片隅に引っ掛かった。それは違和感だったのかもしれない。何かがズレた気がした。
「どうかなさいましたか?」
黒髪を掻くソロモンの顔を同行者達は一斉に覗き込んだ。
「いや……待てよ……」
ソロモンは引っ掛かった何かの正体を探る為に地図の束を取り出した。漢字の王に似た形状の世界地図を凝視する。目的地の南西大陸は、スタート地点の北方大陸西部からほぼ真南。進んできた道を指でなぞる。
「リーダー、確認するが南西大陸のダルヘルはこれから暖かくなるんだな? 北方大陸と同じで今の季節は春で、八月は暑い夏が来るんだな?」
「ええ……そうですよ。大陸が違っても季節の巡りは同じです」
リーダーの回答にソロモンは黒髪をガリガリと掻いた。そして引っ掛かった何かの正体に恐らく辿り着いた。
――考えてみれば馬車で移動しているのに早すぎる。縦断しているのに一ヶ月掛からないんだぞ……。
暦が地球と同じだし、この世界の規模は惑星として考えると地球とほぼ同じ大きさの球体だと考えられる。北方大陸と南西大陸で季節の巡りが同じで、十二月が冬なら『赤道』が大陸を通っていない北半球……。
――小さい。あまりにも小さすぎる。移動に掛かった日数から距離を考えると、全ての大陸と繋ぎの大地を合わせた大きさは、オーストラリア大陸よりも小さいんじゃないか。
「なあリーダー、この世界地図は本当にこれだけなのか?」
「これだけというのは……?」
困惑するリーダーにソロモンは言葉を換えて質問する。
「この地図に載っている大陸以外に大陸はあるのかって事だよ」
「いや……無いと思いますよ。探検家達が船で別の大陸を探しに行ったって話は結構あるんですがね。でも小さな無人島をいくつか見つけただけで、大陸はおろか人間や文明があった証拠も見つからなかったって……」
「その話なら自分も聞いたことあるですよ。見渡す限り海ばかりで、中央大陸の東から出発した船が西の端に帰港したって話ですよ」
「北と南に進んだ船は、デカい氷の塊に阻まれて引き返してきたらしいな。まぁ帰って来なかった船の方が多いから、別の大陸に辿り着いた後帰れなくなった可能性はあるけども」
同行者達が教えてくれた話をソロモンは殆ど信じていなかった。
――ありえねぇ。地球にオーストラリア大陸しか陸地が無っていうのと同じだろう。この広い世界で……この大きさで……。それじゃあ後は延々と海が広がるだけなのかよ。
陸地が少なすぎる。流石に陸と海のバランスが悪すぎる。
技術の進歩が巨大な青い惑星の姿を俯瞰で見る術を生み出した。それは誰でも使う事が出来る上に、当たり前のように人々の中で動き続けている。そんな世界の人間だったからこそ、この世界の人間とは違う次元の視点で考える事が出来るのだ。
この世界には技術的な未熟さか何かで、交流が無い未発見の大陸があるんじゃないだろうか? 二つ三つあってもおかしくはないと思う。
――だとしたらこの異世界サバイバルゲームに短期決戦は最初から有り得ない。ゲーム開始時の段階で別々の大陸に配置されたら、大陸間を確実に移動出来る技術の確立から始めなければならない。瞬間移動が出来る魔法が存在しないなら海路か空路だが、造船や航空機の専門家だったとしても年単位の時間が掛かるだろう。
他のプレイヤーに遭遇出来なきゃ戦う以前の問題だ。全ての土地を領土にした国を作る勝利には当然別大陸も対象だし、五ヶ所のチェックポイント到達による勝利は絶対に一つの大陸に集中などしていない。でなきゃ初期配置の段階で不公平だからな。
――確証は無いが恐らくはそうじゃないかと思う。プレイヤーはこのゲーム中は不老で寿命が無いから、気の遠くなるような長い長いゲームになるだろうな。
ソロモンは大きく息を吐いて、大きな壁を見上げるように椅子にもたれかかった。方程式の解答は分かっているのに、解法が長く複雑すぎて一向に解答に辿り着けないような感覚が頭の中を覆い尽くす。
「ソロモン様……? 顔色が悪いようですが……」
心配そうに覗き込むベルティーナにどういう顔をしていいのか分からず、言葉にならない声を出す。
不意に、出口の無い思考の闇の中から現実に戻された。――船に大きな衝撃が加わったらしく、振動と共に船体が傾いたのが原因だ。
何かが爆発したのとは違う。船体が何かにぶつかったような感じだ。
誰かの悲鳴が食堂に響く。食器やグラスが割れる音が耳障りな不協和音のように鼓膜を叩く。恐らく船内のあちらこちらから悲鳴が上がっているのだろう。彼等は何かが起きたのは理解しても、何が起きたのかは分かっていない。それはソロモン達も同じだ。
「何かあったんでしょうか……?」
怯えるように同行者達へと視線を送るベルティーナと目が合った。
「事故かな……。取り敢えず落ち着こう。大丈夫大丈夫」
当然大丈夫だという証拠は無いが、パニックを起こさない為に声を掛けるのに証拠も理屈も必要無い。
現状ではパニックを起こして騒ぐ乗客はこの場に居ない。むしろ様子を窺うように口を閉ざし、一時の静寂が食堂内に留まっている。しかしその意図しない静寂は、数分で消え去って行った。落ち着き始めた乗客達を再び恐怖させる、二回目の衝撃が船を襲った。
「どうやら只の事故では無いようですね。座礁や何かに衝突したのなら、続けて二回も振動するとは考えられません」
「さっきよりも傾いてきたな……。これは脱出することを考えた方が良いかもしれない」
ソロモンの提案に反対意見は出なかった。




