第5話 カザハ
『キチチ……』と威嚇音を出しながら鎌に続いてカマキリの頭部もカザハの背中から姿を表す。
そしてその長い鎌を振ると刃の付いてない部分で男の側頭部を殴りつける。
「あがっ!?」
突然の衝撃に呆気なく男は気を失いその場に崩れ去る。
よく見れば少しお漏らしもしてしまっている。
その間にもカマキリはカザハの服から体を外に出し、やがてその全身を外に晒す。
体長にして約2m。鋭利な二つの鎌が特徴的な虫型の魔物ビッグマンティスだ。。
「起こしてすまんなマンちゃん。すぐ終わらせるからなあ」
そう言ってカザハがビッグマンティスの頭部を撫でると、ビッグマンティスは甘えた様に『キチ、キチチ』と高い声を出す。
一連の様子を見たシオンは興味深そうに「へえ、面白いね。あんなのを飼ってたんだ」と感心する。
冒険者たちは突然現れた魔物に慌てているが、まだ戦う気は残っている様だ。
「お、落ち着け! ビッグマンティス一体だったらたいした障害にはならない! あんなガキに負けてられっか!」
ビッグマンティスの危険度ランクは「C」。
これは銅等級の冒険者とほぼ同じ戦闘力だ。
なので確かに彼らに勝てない相手ではない。
もしこれが一対一の戦いであるのならば。
「ほなマンちゃんも目ぇ覚ましたことだしみんなも起きよか」
カザハがそう言うと、彼女の服の隙間からドサドサドサ! と大小様々の虫が転がり落ちてくる。
いったいどこにこれだけの数が入っていたのだろうか。その虫たちの大きさは足したら確実にカザハの大きさを超えるだろう。
更にその虫型の魔物たちはいずれも危険な能力を持ち冒険者が戦闘を嫌がる癖のある魔物ばかりだ。そんな魔物が大量に現れ冒険者たちは一様に顔を青くする。
「キラーホーネットにポイズンフライ……あれはファイタービートルか!? なんであんな魔物が人間と一緒にいるんだよ!!」
一体一体はそれほど脅威にはならない。
しかし虫系の魔物は群れることで何倍にも危険度が増すのだ。
「これで人数差は五分ってところやなぁ。ほな、始めましょか」
シオンのゴーレムと並ぶ様に、カザハの虫達が冒険者の前に立ちはだかる。
子供に負けたくないというプライドから逃げ出しはしないが、既に多くの冒険者は戦意を喪失していた。
そんな彼らにゴーレムと虫達が襲いかかる。
戦力差は歴然。冒険者達はゴーレムに殴られたり、虫に刺されたりして次々と倒れていく。
「く、くそっ! やってられるか!」
絶対に勝てないことを悟った冒険者の一人が逃げ出そうとするが、その先に既にカザハが回り込んでいた。
「喧嘩売ってきといて逃げるとはええ度胸しとるわ。もちっとウチと遊ばへんか?」
「ガキが! 調子乗んなよ! 中級火炎!!」
少女一人なら勝てると踏んだ冒険者は火球を放つ。
その魔法はカザハに真っ直ぐ飛んでいき、命中し爆発する。
「ざまあみやがれ!」と勝ち誇る男だが、爆発が収まりカザハの姿が見えると一気にその顔は絶望に染まる。
なんとカザハの周りに巨大なムカデが纏わり付き、火炎から彼女を守っていたのだ。
「ふう、サンキューなムーちゃん」
そう礼を言って相棒のムカデを撫でるカザハ。
その後彼女は男の方に目を向けるとムカデのムーちゃんに命令を出す。
「さて、そろそろ終わらせよか。ムーちゃん、やっておしまい!!」
カザハがそう命令を下すと、ムーちゃんは百本以上ある足を高速で動かし超スピードで男に接近する。
必死に武器を振り回し抵抗しようとする男だが、そのスピードに全く付いていくことはできずあっさりと捕まってしまう。
そしてそのままムーちゃんは男の体にグルグルと巻きつくと、物凄い力で締め付ける。
まるで万力に絞められたかの様な締め付けに、男は「あぷ……」と情けない声を出して一瞬で気を失う。
それを見届けたムーちゃんはドサっと男を解放する。
彼らはカザハの優秀な兵であり命じられなければ無益な殺生はしないのだ。
もちろん主人であるカザハの命を脅かす様な輩がいれば容赦なくその命を奪いにかかるが。
「お、向こうも終わったみたいやな」
カザハがシオン達の方を見るとちょうど最後の冒険者がゴーレムに殴られて近くの壁にめり込んでいた。
「ほな行こか」
カザハの言葉にムーちゃんは『ギュイッ!』と嬉しそうに鳴いて返事をするのだった。