閑話9 我が名は
「くそつ、くそっ、くそっ……!!」
ルイシャ達が王国に着いた頃、エレナは憎々しげな表情を浮かべながら街を歩いていた。
まだ蹴られた顎がジンジンと痛む。その度に自分を打ち負かしたピンク髪の女の顔が頭に浮かび、更にイライラが募る。
シャロの攻撃を受け気絶したエレナだったが、持ち前のタフネスですぐに意識を取り戻した。
もう少しで商国の警備兵に連行されるところだったが、すんでのところで目覚めた彼女は警備兵を力づくで振り切り商国を脱出したのだ。
現在エレナがいる国は商国から南に位置する国『法王国アルテミシア』。
ルイシャ達が拠点とする『エクサドル王国』は商国の北に位置するため、エレナはルイシャたちとは真逆の方向に行っていた。
「あのピンク女は絶対に殺すとして……まずは宿ね」
エレナは特定の拠点を持たずあちこちを移動しながら生活しているため法王国にも来たことがあった。
なのである程度は街のことも知っているため宿屋の位置も把握していた。
既に暗くなった街の中を一人歩くエレナ。
しかしその間もルイシャとシャロの顔が頭の中に浮かんでは消え……その度にエレナの心にどす黒い炎が燃え盛る。
「今こうしてる間にもあの女にルイシャは穢されて……許せない……」
嫉妬の炎に身を灼かれたエレナの目は正気を失っていた。
彼女のそんな異様な様子に通行人は怖がり誰も近づこうとしない。
しかしそんな中で一人だけエレナに話しかけてくる人物がいた。
「もし、そこのお嬢さん少しよろしいですかな?」
話しかけてきたのはパリッとしたスーツに身を包んだ紳士的な男性だった。
年は20代なかばくらいだろうか。高そうなスーツにシルクハットも特徴的だが、なにより見事な黒いアフロヘアーとそこから横に少しだけ出てる小さな二本の角が特徴的だった。
「……あんた獣人? 獣人が私になんの用?」
「ふふふこれは手厳しい。法王国では差別発言は重罪ですよ?」
「だから何だってのよ。この国はダサいナンパは禁止されてないの?」
「これはこれは口が達者なお嬢さんだ。しかしそれでこそ声をかけた甲斐があるというもの」
「回りくどいやつね。さっさと用件を言いなさいよ」
かったるそうにエレナがそう言うと、獣人の男性は少し慌てながら自己紹介をする。
「これは失礼しました。我が名は『レギオン』。迷える子羊を導くものです」
「……怪しすぎるわね。あんたに話すことなんてなにもないわ、私は疲れてるの。じゃ」
そう言ってレギオンに背を向け歩き出すエレナ。
そんな彼女の背中にレギオンは声をかける。
「憎い相手……そして取り返したい人がいる。違いますか?」
その言葉を聞き、エレナはピタリと立ち止まる。
そしてゆっくりと振り返りレギオンに勢いよく詰め寄りその襟を掴む。
「あんた……なんでそれを?」
エレナの恐ろしい腕力で襟を掴まれながらもレギオンは涼しい顔をしながら答える。
「私は牧師でしてね。何千人もの悩める方を見てきたので分かるのですよ。そして私なら、いえ私達ならあなたを救えることも分かります」
「私を救える……ですって?」
「はい。こう見えて私はある大きな組織の偉い立場にあります。もしあなたが我々のお手伝いをして下さるならその見返りとしてあなたの悩みを解決して差し上げます。一人では解決できない問題も我々なら解決できるでしょう、我々は大勢ですからね」
エレナは悩む。
目の前の人物は怪しい。しかしルイシャの手がかりが無いのも事実だ。
だったらこいつを利用するのも悪い手ではないのかもしれない。
なに、最悪ぶん殴って抜け出せばいい。この男は強そうには見えないし。
「……分かったわ、乗ってあげる」
「おお! あなたなら受けてくださると思ってましたよ! では早速我らの拠点に行きましょう」
嬉しそうに歩き出すレギオンの後ろをエレナはついていく。
少し歩いてエレナは聞き忘れてたことがあると気づき、歩きながらレギオンに質問する。
「そういやあんたの言う組織ってなんて組織なの?」
「おおそうでした! そういえばまだ言ってませんでしたね」
レギオンはエレナに振り返り、満面の笑みでその質問に答えた。
「我々の偉大なる組織の名前は『創世教』です! きっとあなたも気に入りますよ!」