閑話5 神童
『″神童″エレナ・バーンウッド』
ルイシャが村を出て無限牢獄に迷い込むキッカケを作った張本人だ。
長く艶やかな黒髪と整った顔立ちこそ昔のままだが、他のところは変わっていた。
革鎧に動きやすそうな服装に、腰に刺さった数本のナイフと無骨な剣。
そして手足に見える細かい生傷。そして首からぶら下がる……冒険者の証である銀色のタグ。
「見ない間に変わったねエレナ。まさか冒険者になってるだなんて」
「お金も稼げるし色んな国に入れる冒険者は都合がよかったのよ……あんたを探すにはね」
そう言ってまるで獲物を見つけた捕食者のような目つきでルイシャを睨み付けるエレナ。
ルイシャはその目つきに、まるで蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。
「あんたを探して色んな国を回ったわ……それで行く先々で依頼をこなしていたらいつの間にか銀等級冒険者になっちゃった」
冒険者のランクは鉄等級から始まり、銅等級、銀等級、金等級、白金等級と上がっていく。
ちなみに銀等級はベテラン冒険者と言えるランクだ。とても10代の少女が、しかも数ヶ月でなれるものではない。
「自分でも回り道してるんじゃないかと思ったけど……まあまた会えたからいいわ。さあルイシャ、こっちに来なさい」
そう言ってエレナはルイシャに手を差し伸べる。
しかしルイシャはその手を取ろうとはしない。
「どうしたのルイシャ? 私と一緒に来なさい。あんたに外の世界は過酷すぎるわ。私が守ってあげる」
「守る、だって?」
今まで黙って聞いてたルイシャだったがその言葉には黙ってることができなかった。
「『守る』じゃなくて『支配する』の間違いだろ?」
「ふふ、その二つはどちらも本質的には同じよ。お子ちゃまには分からないかしら?」
「違う。『守る』の原動力は『愛』だよ。でもエレナの行動に愛なんてない。あるのは『支配欲』だけだ」
「何ですって……!?」
図星を突かれたエレナは額に青筋を浮かべキレる。
彼女も心の奥底では理解していたのだ。自分がルイシャにこだわる理由は「支配欲」であり「独占欲」。
才能ある自分に支配され付き従う、まさに奴隷のような存在を欲していた。
しかし金で奴隷を買うのではその欲は満たされない。
金銭の関係を超えた心からの服従。エレナはそれを望んでいたのだが……想定していたよりもルイシャの心は強く、あと少しのところで反発され逃げられてしまった。
エレナはこの時のことを深く反省し、心に決めた。
『次会えたら、反発する余裕なんて与えない』
「こっちに来なさいルイシャ。誰があんたのご主人様か思い出させてあげる」
一歩。また一歩と近づいてくるエレナにルイシャは身構える。
実力で言えばルイシャの方が上だろう。しかし精神面で言えばトラウマがあるルイシャより狂気的な独占欲を持つエレナに分がある。
「ふふ、たっぷり可愛がってあげるわ……!」
そう言ってルイシャに触れようとするエレナ。
しかしそんな二人の間にある人物が割り込む。
「ちょっと待ちなさいよ。その話、私も混ぜてもらえる?」
そう言って敵意剥き出しで割り込んできたのはもちろんシャロだ。
エレナはルイシャに夢中でシャロがいたことに気づいていなかったので突然の割り込みに少し驚く。
「……あら、どちら様かしら? もしかしてルイシャのお友達? だったらごめんなさい、二度と彼と会わないでもらえますか? ルイシャの面倒は私が一生見るので」
「うわ、こんなイカれた奴に付き纏われてたのねルイ。同情するわ」
その言い草にエレナは眉をひそめる。
ちなみに引っかかったのは「イカれた奴」ではなく「ルイ」と親しげにルイシャを呼んだことに対してだ。
「……あなた一体ルイシャのなんなの? 答えようによってはただじゃ済まさないわよ」
「あら気になる? じゃあ教えてあげる」
殺意を込めた視線を全身に浴びながらもシャロは怯まない。
そして挑発するようにルイシャの肩に腕を回すと、ぎゅっとルイシャを引き寄せ言った。
「私はルイシャの可愛い可愛い彼女よ。今はデート中なの、分かったらどっか行っててくれる?」