閑話4 祝商祭
二人の目的地『商国ブルム』は王国から馬車で二日ほどかかるほど遠い。
しかしそれは馬車での話。なんの荷物もない二人にとってその距離はたいしたものではない。
大地を蹴り、木を飛び越え、岸壁を走り抜けることができる二人にとってその道のりはハイキングに等しいものだった。
そして王国を出て2時間も経った頃、二人の前にお目当ての国が現れてくる。
「見えてきたわね。あれが『商国ブルム』よ」
「あれが……!!」
二人の目の前に広がるのは陸に鎮座する多数の船、船、船。
それらの船は座礁してる訳でなく、ある船は商店に使われ、またある船は民家として使われている。
家を船として使う風習のあるこの国は『陸の港』とも呼ばれている。
「すごい! こんなたくさんの船初めて見た!」
年相応にはしゃぐルイシャ。
楽しそうにするルイシャを見てシャロも嬉しそうに微笑む。
「ふふ、こんなので驚いてたらキリがないわよルイ。なんたって今は一年の中で一番盛り上がるお祭りの真っ最中だからね」
「お祭り!? お祭りなんて参加するの初めてだよ! うわー楽しみだなあ!」
お祭りと聞いてルイシャのテンションは高くなる。
昂ったルイシャは堪えきれずシャロの手をガシッと掴む。
「ほら! 早く行こうよ」
突然力強く掴まれたシャロは驚いて「ひゃ、ひゃい!」と返事してしまう。
しかしルイシャはそんなこと気にせず走り出す。
ルイシャに手を引かれながらシャロは心の中で思った。
ああ、本当に来てよかった――――――――、と
◇
商国の中は人でごった返していた。
それも当然だ。この日は大陸中だけでなく他の大陸からも人の集まる『祝商祭』の初日だからだ。
良い物は早く売れてしまう。
なので目利きの商人達は目を光らせながら掘り出し物を探す。
もちろんただ楽しみに来てる人もたくさんいる。
ルイシャ達もそうだ。
「うわーすごい人! 王国でもこんなたくさんの人見たことないよ!」
「まあ普段は王国の方が人は多いんだけどね。祭りの日はいつもの3倍は人が増えるらしいわよ」
「そうなんだ。じゃあまずどこから行く? ていうか何があるの?」
「ふふふ。まあ落ち着きなさい」
そう言ってシャロはポケットから何かが書かれた紙を取り出す。
「昨日ルイが好きそうなお店をピックアップしといたわ。これを回りましょ」
そこには珍しい魔道具を置いてる店や、勇者に関連する物が置かれてる店。他にも魔法に関する本の店などルイシャが興味を引きそうな店がたくさん書かれていた。
昨日の夜、シャロは寝る間も惜しんでルイシャの好きそうな店を探していたのだ。
その紙に書かれたラインナップを見たルイシャは目を輝かせる。
「す、すごいよシャロ! こんなに楽しそうなお店がたくさんあるなんて! 早く行こうよ!」
「しょうがないわねえ。付き合ってあげるわよ」
しょうがないと言いつつもシャロの口元は緩みっぱなしだ。
最近はあまり二人きりになる機会がなかったので楽しくて仕方がないのだ。
――――――――しかし楽しい時間は長くは続かなかった。
「……ルイシャ?」
楽しそうに歩く二人の背後から、突如ルイシャを呼ぶ声。
その声が耳に届いた瞬間、ルイシャの足が止まる。
喉が渇き、足が痺れる。
焦点が定まらなくなり、思考がまとまらない。
ルイシャの急な変化に気づいたシャロは「ねえルイどうしたの!?」と声をかけるがルイシャは回復しない。
しかしそんなこと気にせず声の主は二人に近づいてくる。
「……やっぱりルイシャだあ。探したよ本当に」
ゆっくりと近づいてくる声の主。
ルイシャはゆっくりと深呼吸して体を整えると、意を決し振り返る。
振り返ったその先には――――よく知った人物がいた。
「久しぶりだね……エレナ」
ルイシャがそう懐かしい名前を呼ぶと、最悪の幼馴染みは悪魔のような笑みを浮かべたのだった。