第2話 浄化計画
「な……っ!?」
ルイシャのみならず、その場にいる者全員が絶句する。
それほどまでにシオンの宣言した計画は恐ろしいものであった。
彼はこの大陸にいる生物を『一掃』すると宣言した。
それは全ての生命を滅ぼすということに他ならない。ここにいる者たちはもちろん、なにも知らず平和に過ごしている市民も、動物も、悪人も、善人も、全てを平等に殺すとシオンは言ったのだ。
想像もしていなかったシオンの計画を聞き、一同はしばらく言葉を出すこともできなかったが、ルイシャはなんとか声を張り上げる。
「そんな勝手なこと……許されると思っているんですか」
「許されるさ。僕は全ての命を生み出した創世神なんだから。君たちは僕が戯れに生み出した存在に過ぎない、戯れに滅ぼしても別にいいだろう?」
「そんなことない!!」
激昂したルイシャの声が、夜の王都に響く。
怒りをあらわにした彼の様相に、シオンは少し驚いたようで眉をぴくりと動かし彼を興味深そうに見る。
「たとえあなたが全ての生命を作ったというのが本当だったとしても、それがみんなの命を奪っていい理由になんてなるはずがない。みんなそれぞれが自分の考えを持って、一生懸命生きてるんです。あなたの気まぐれでそれを奪っていいわけがない……!」
ルイシャはこの数ヶ月で、色々な人と出会った。
善人に悪人、弱者に強者。それぞれの立場や生き方は違えど、その誰もが懸命に生きていた。
彼らを知っているからこそ、ルイシャは怒った。
そしてルイシャの言葉は仲間の心を動かした。
彼らは恐怖を乗り越え、シオンを睨みつける。彼らにもそれぞれ大切な者がいる。その人たちを守るためにも、戦わなければならない。
彼らの覚悟が決まった顔を見たシオンは「やれやれ……」と面倒くさそうに首を横に振る。
「人の不合理なところは嫌いじゃないけど、今は面倒くさいね」
シオンはそう言うと、ルイシャの方に再び視線を向ける。
「どうだいルイシャくん。君だけでも僕のもとに来ないかい? 新しい世界にも管理者は必要だ。僕はそのために僕を崇拝する『優れた者』を集めている。君が倒したレギオンやテセウスもその一員だ。彼らを倒した君もその一員……神選者になる資格がある。僕は寛容だからね、神選者になるなら追加で何人か生き残らせてあげてもいいよ。残念ながら勇者の末裔であるその子は無理だけど、吸血鬼くらいなら許してあげる」
シオンはシャロとアイリスを順に指差し、そう提案する。
これは彼なりに、かなり譲歩した提案であった。他の神選者たちは家族や手下を全て捨てて彼のもとについていた。
しかしその提案は、ルイシャの怒りを買ってしまう結果となる。
「断る! 僕の大切な人は、誰も死なせない! あなたが神だろうと……僕はあなたを倒して、この世界を生きる!」
「……そうかい。残念だよ」
本当に残念そうに、シオンはため息をつき目を閉じる。
どうやら本当にルイシャを気に入っていたようだ。
「じゃあ殺すしかないみたいだね」
再び開けた彼の目はとても冷たいものになっていた。
人の命などなんとも思わない、上位者の目。
そんな彼に、肉薄する者がいた。
「神を騙る愚か者め。我が漆黒の刃で切り裂いてくれる!」
建物の壁を蹴り上がり、ヴィニスは手にした短剣をシオンに突き出す。
同時に騎士のエッケルが跳躍し、シオンめがけて剣を振るう。
「……」
二つの斬撃に挟まれる形となったシオン。
しかし彼は一切慌てること無く、その攻撃を退屈そうに観察する。
「くらえっ!!」
エッケルが吠えると同時に、二つの刃がキンッ! とシオンに命中する。
しかしその刃はシオンの皮膚を斬ることはできず、皮膚の上で止まってしまう。
「馬鹿な……ッ!」
「いったいなにが……!?」
困惑するヴィニスとエッケル。
二人は手を抜かず本気で攻撃した。魔法や武器により防がれたのなら分かるが、シオンはなにもしていない。ただその場にいただけだ。
彼はその皮膚だけで攻撃を受け止めきってしまった。
「退屈な攻撃だね。神には通用しない」
そうシオンが腕を横に振ると、ヴィニスとエッケルはその場から吹き飛び、壁に激突する。
そのまま地面に落下した二人はその場に倒れて動けなくなってしまう。
「いったい、なにが……」
「ここまでとは……っ」
苦しそうにもがく二人。
命こそあるが、これ以上の戦闘は無理そうだ。
シオンの人智を超えた力に、ルイシャたちは戦慄する。
「分かっただろう? 君たちじゃ僕には敵わない。大人しく死を受け入れるんだ」
「ふざけないでください……僕たちはただ死を待つだけの存在じゃない! どんなに絶望的な状況でも、最後まで抗って見せる!」
ルイシャはそう言うと全身に力を込め、奥の手である『魔竜モード』を発動する。
普段の数倍の力を発揮したルイシャは高速で飛翔すると、シオンの眼前に移動し思い切り拳を振るう。
「魔拳・竜王ッ!」
魔力と気功を織り交ぜた、渾身の正拳突き。
それを見たシオンは両手を前に出し、神の力を行使する。
「神創造・アイギスの盾」
そう口にすると彼の手から先から銀色の美しい盾が出現する。
まるで鏡面のように磨き抜かれたその盾は、ルイシャの拳と激突し、それを受け止めきって見せる。
「な……っ!?」
魔竜モードによる攻撃がいともたやすく受け止められ、ルイシャは驚く。
シオンの創り出した盾には、ヒビ一つ入っていない。これほど堅牢な盾を一瞬で創り出すなど魔法では不可能だ。
ルイシャは危機感を抱く一方、シオンもまた表情を変えていた。
「……へえ」
盾を構えた腕に、ピリッと走る衝撃。
アイギスの盾は衝撃を完全に吸収しきることはできず、わずかにシオンの腕に衝撃を伝えた。
「いいね。やっぱり君はいいよルイシャくん」
シオンがそう言って盾を消すと、ルイシャは一旦離れて距離を取る。
すぐに反撃が来るかと思ったが、それはいつまで待っても来なかった。
「どうしたんですか? 僕なんて相手にすらしてくれないんですか?」
「……ふふ、ここで君たちを殺すことは簡単だ。だけど、それじゃ面白くない」
シオンはそう言うと高度を上げ、更にルイシャたちを高くから見下ろす。
夜の王都は暗いが、彼の頭上に輝く光の輪が、ルイシャたちを不気味に照らす。
「君たちに『一週間』あげよう。一週間の後、僕はまずこの王都に侵攻し滅ぼす。そしてそれが終わったらこの大陸を洗い流して全ての命を一掃する。僕を倒してそれを防ぐことができたら君たちの勝ちというわけだ。どうだい、分かりやすいだろう?」
「……ゲームのつもりですか?」
「そうだ、ゲームだ。何事も面白くないより面白い方がいいだろう?」
「ふざけてる……いくらなんでも傲慢すぎます」
「傲慢は強者の特権だよルイシャくん」
不敵に笑うシオン。
そんなふざけた提案、蹴ってしまいたい衝動に駆られるルイシャであるが、今ここで挑んでも勝てるビジョンが見えなかった。
ルイシャは拳を強く握り衝動を抑える。
「その提案をしたことを、後悔させてみせます。あなたの下らない野望は僕たちが止める」
「ふふ……いいね。とても面白い。君たちとの戦いを、楽しみしているよ」
シオンはそう言うとシュン、という音と共に一瞬で消えてしまう。
気配を探っても、どこにも感じられない。原理は分からないが、どうやら今の一瞬で遥か遠くに行ってしまったようだ。
シオンが消え、一同は肩に入っていた力を一旦緩める。
ひとまず、今死ぬということはなくなった。
しかし一週間の後に、再びシオンと戦う必要がある。その事実が彼らの胸に重くのしかかる。
そんな中、シャロは痛む体を動かしながらルイシャに近づく。
「ルイ……これからどうする? 時間がないわ」
「うん、そうだね。でも僕に考えがある」
絶望的な状況。
しかしそんな中にも希望があった。
とても大きく、強い希望が。
「鍵は揃った。無限牢獄を解放する。テス姉とリオに力を貸してもらうんだ」





