第7話 逃れぬ破滅
「ふん……っ!」
鋭い剣閃が走り、ジャックの持つ巨大包丁が真ん中のところで両断される。
その一撃を放ったのは剣王コジロウであった。
無限に出現するレギオンと何度も再生するデスワームは、いつ倒せるのか分からない。なら先に確実に倒せる殺人鬼のジャックを倒そうと考えたのだ。
「てめえ! よくも俺の肉切り包丁を! ぶっ殺してやる!」
「残念だが……それは不可能だ。トドメは任せたぞバット殿」
コジロウがそう呟くと、キャプテン・バットがジャックの背後に出現する。コジロウの存在に意識が持ってかれていたジャックは、それに気づくのが遅れてしまう。
「んな……っ!?」
「もう十分暴れただろう。また逝ってもらうぜ」
バットは強く拳を握りしめると、ジャックの胴体に思い切りそれを叩き込む。
「蛮殻拳・波濤!」
バットは殴ると同時に、衝撃の塊をジャックの体内に打ち込む。
それは『波打ち』と呼ばれる技術を利用したものであり、体内に打ち込まれたその衝撃はジャックの体内を暴れ回りズタズタに切り裂いてしまう。
頑丈に作られたジャックの肉体であったが、その攻撃を耐えきることはできずその場に倒れて動けなくなってしまう。
「はっ……ここまで……か……」
がはっ、とジャックが呻くと、仮面の隙間から赤い血が流れ落ちる。
その様子は騙しているようには見えない。バットは横に立ち、ジャックを見下ろす。
「あれを食らってまだ喋れるとはな。しぶとい野郎だ」
「へ、へへ……少し暴れたりねえが、お前にやられんなら、悪くねえ」
仮面の奥の赤い目が、バットを捉える。
バットはその目をしっかりと見返す。
「俺は先に行ってるぜ。せ、せいぜい長生きできるよう頑張るんだな。お前らの相手は、ばけもんだ、ぜ……」
そう言い残し、ジャックは完全に活動を停止する。
死亡を確認したバットはジャックから視線を外し、コジロウの方を見る。
「どうだ。まだやれるか」
「無論だ……と言いたいところだが、長くは持たなそうだ」
コジロウは疲れを顔に滲ませながら答える。
とっくに体力は尽き果て、手や足の感覚がなくなっている。少しでも気を抜けば倒れて気を失ってしまうほど、彼は疲労していた。
それはバッドも同じであり、気力のみで立っている状態であった。
「どうやら……本当に終わりみたいですね」
レギオンは柔和な笑みを浮かべながら言う。
コジロウとバッドだけではない、エッケルや王国兵士、そしてアイリスとヴォルフも体力の限界を迎えていた。
ジャックこそ倒せたのの、無数のレギオンと短くなったが元気なデスワームがまだ残っている。王国側の勝利は絶望的だった。
「あなたたちはよく頑張りました。しかしそれもここで終わり……残念、でしたね」
レギオンはアイリスに近づくと、右手て彼女の首をガシッとつかむ。
「うぐ……っ」
そしてそのまま上に持ち上げる。
アイリスの体が宙に浮き、苦しそうに呻く。抵抗しようとするが、疲労のせいで力が出ず抜け出すこともできない。
「まずは貴女から。愛する人のところに送ってあげるのですから感謝してくださいよ」
「ぐ……あ……っ」
レギオンはアイリスの首を強く締め上げる。
ヴォルフが彼女を助けようとするが、他のレギオンが立ち塞がりそれを阻止する。
「くそっ! 邪魔だどきやがれ!」
ヴォルフは狼男の姿になりレギオンを蹴散らすが、その数の多さに苦戦し前に出られない。
そうしている間にどんどんアイリスの意識は遠のいていく。
手足に力が入らなくなり、ぶらんと下に垂れ下がる。
(このままここで死ぬのでしょうか……最後にもう一度ルイシャ様に会いたかった……)
薄れゆく意識の中、アイリスは愛する主人のことを思う。
死が眼前に迫る感覚。その中に落ちていくその寸前で、ある人物が姿を表す。
「その手を離しなさい!」
正門の上から飛び降りてきた人物が、そう叫ぶ。
その人を見たレギオンは驚いたように「ほう……」と呟く。
「まさか貴女が来るとは思いませんでしたよ。勇者の末裔」
やって来たのは、王城で拘束されているはずのシャロであった。
ようやくお目当ての存在に会えたレギオンはつかんでいたアイリスを放り投げ、捨てる。
解放されたアイリスは「ごほっ」とむせながらも息を吸い、なんとか意識をはっきりと取り戻す。そして城で拘束されているはずのシャロに目を向ける。
「シャロ……なぜ、貴女がここに……あの手枷は外せないはず……」
「そうね。だからちょっと無理したわ」
シャロは枷がつけられていた手を見せる。
その手は複数箇所の骨が折れ、ところどころ皮が剥け出血していた。
それを見たアイリスはシャロがどうやって枷を外したのかを察してしまう。
「貴女まさか、自分の手を壊して……」
「悪いわね。あんたの気持ちは分かるけど、やっぱり黙って守られるわけにはいかないの。だって私は……勇者の血を引いてるんだから」
シャロは堂々とそう言うと、レギオンの前に行く。
レギオンは楽しげに彼女のことを見ながら尋ねてくる。
「それで、どうしてここにやって来たのですか? まさか一人でこの状況を覆せると?」
「私もそこまで驕ってないわ。手も壊れてるこの状態で、あんたを相手にするのは無理ってことくらい分かってる」
「ほう、よく分かっているじゃないですか。ではなぜなおさらここに?」
レギオンがそう尋ねると、シャロは緊張した面持ちで一度深く呼吸しする。
そして決意のこもった視線をレギオンに向けると、その覚悟を口にする。
「私の命を、あんたらにあげる。だからここから手を引いて」





