第6話 剣王コジロウ
剣士コジロウ、彼はかつて王子ユーリの殺害を試みた人物である。
その刃は彼の喉元まで迫ったが、すんでのところでルイシャがそれを阻止し、彼の王子殺害計画は白紙となった。
不治の病気にかかっている娘を人質に取られ、そのような凶行に及んだ彼だったが、ルイシャのおかげで監禁されていた娘を助けてもらい、更に病気も治してもらうことができた。
自身の行いを悔いたコジロウであったが、いくら強要されたとはいえ王子を殺そうとしたことは事実。殺害未遂の件で牢に入れられていた。
しかし彼はそんな中でも鍛錬を欠かさなかった。
そして他の捕まっている者たちと交流し、彼らの悩みを聞き、その解決に手を貸し続けた。善き人であろうとする彼の周りには人が集まり始め、その強さと気高さに尊敬を集め始めた。
そんな日々を送っていたある日、彼は自身の“剣将”の将紋が、“剣王”の王紋に変わっていたことに気がつく。
コジロウが王紋を宿したことを知っていたエッケルは、今回の戦いに彼を呼んだのだった。
「……さて。刑期を縮めるためにも活躍させてもらおう。娘を待たせているのでな」
コジロウは長刀「弌星」を抜き放つと、大量のレギオンを一瞬にして斬り伏せてしまう。レギオンは物量で彼を押しつぶそうとするが、コジロウの独特の歩法を読み切ることができず中々捕らえることができない。
状況が覆ってしまいそうな気配を感じ取ったレギオンは、連れてきた配下に指示を出す。
「ジャック! あいつを止めなさい!」
「俺もそうしてえが……いで! こいつがそれを許してくれねえよ!」
殺人鬼ジャックは、一人で海賊王バットと戦っている。
もしコジロウの方に行こうとすれば、背中からバットに襲われやられてしまうだろう。とてもコジロウまで相手にすることはできなかった。
「はあ……どいつこいつも、本当に使えませんね……」
レギオンは苛立たしげな様子で呟く。
まさか王都を落とすのにここまで苦労することになるとは想像もしていなかった。最初はジャックとデスワームの力すら借りなくてよいとすら思っていた。
バットとコジロウの助力で勢いづく王国側。
しかしそれでもレギオンは自分たちの勝ちを微塵も疑っていなかった。
「起きなさい。いつまで寝ているんですか」
レギオンは頭部を斬られ、地面に横たわっているデスワームを蹴り飛ばす。
するとその巨体がビクン! と跳ねたあと、再び動き出す。頭がなくなっても動くその様に兵士たちは恐怖する。
「奇怪な……」
まさかまだ動けると思っていなかったコジロウも目を細め警戒する。
さすがに頭部を落としても倒せなかったのは初めての経験であった。
「このアルテミシアンデスワームはテセウスの手によって肉体改造を施された特別性。これくらいでは死にませんよ」
レギオンがそう言うと、デスワームの切断された箇所が再生していき、新たな頭部と牙ができあがる。
時間にして十秒程度。たったそれだけの時間でデスワームは復活してしまった。少しだけ長さが短くなったくらいで後は完全に元通りだ。
「それと……私も少しだけ本気を出します。どれだけ耐えられるか見ものですね」
その数を更に増やすレギオン。
正確な数を数えることはできないが、千人近くはいるように思えた。
数でも質でも王国側が不利。
しかしそれでもエッケルもバットもコジロウも、その顔を僅かも曇らせなかった。
「上等だ。かかってくるといい……全て斬り伏せてくれる!」
コジロウはそう言い放つと、愛刀と共に死地に赴くのだった。
◇ ◇ ◇
「はあああああっ!!」
コジロウの咆哮と共にいくつもの剣閃が放たれ、レギオンを斬り裂いていく。
もう何百人、いや何千人斬り伏せただろうか。
無限に湧き出るエネルギーなどありはしない、斬り続けていればいずれは数が減るはず。コジロウは最初そう思っていた。
しかしいくら斬っても無尽蔵に湧き出るレギオンを見ていると、その考えは間違いだったのではないかと思い始める。
(……弱気になるのは良くないな。いくら考えたところで、拙者には斬ることしかできない。ならばこの命尽きるまで、ひたすら斬り続けるのみ!)
コジロウは頭を振って弱気を吹き飛ばすと、再び刀を振るいレギオンを斬り裂く。
すると離れたところでアルテミシアンデスワームが侵攻を再開し始める。
「くっ、また動き出したか……!」
コジロウは一旦レギオンの群れから離れると、デスワームのもとへ駆けつける。
アルテミシアンデスワームは正門の向こうにいる数多の市民の匂いを嗅ぎ取っていた。食欲旺盛なアルテミシアンデスワームにとって、大量の人はごちそうの山。正門を破ってその向こうの市民を貪り食おうとしていた。
『GYUUU……OOOOO!!』
「させるか!」
正門に突進を仕掛ける直前で、コジロウの刀がデスワームの首を捉え、両断する。
頭部がごとりと地面に落下しデスワームの動きが止まるが、すぐに再生が始まり動き出してしまう。
その再生スピードはどんどん上がっており、コジロウは刀を振るった後の隙を突かれてしまう。
「しま……っ」
アルテミシアンデスワームの鋭い牙が当たるかと思ったその刹那、一人の男が助太刀に現れる。
「おらァ! 蛮殻拳!」
現れたのはキャプテン・バットであった。
彼はその硬い拳で思い切りデスワームの頬(?)に当たりそうな部分を殴り飛ばす。
『GYU!?』
突然のことにデスワームも対処できず、横に吹き飛び地面を転がる。しかしそれほどの力で殴られたにもかかわらず、少しすると起き上がって行動を再開し始める。
その恐ろしい生命力にバットも「おいおい、あれで動けんのかよ」と嫌そうに呟く。
「……かたじけない。助かった」
「ん? ああ、気にすんなよ長髪のあんちゃん。一緒に喧嘩すりゃもう仲間みてえなもんだ。あんたもあの小僧に恩があるらしいし、一緒に頑張ろうや」
「小僧? ……なるほど、貴殿もそうだったか。ならば我らは同士ということだ。背を預けるぞ」
「あァ、任せな!」
二人の強者は背を合わせながらレギオンたちを倒していく。
初対面にもかかわらず二人の息は合っており、レギオンは二人に触れることもできず倒されていく。
しかしいくら強いと言っても、体力の限界がある。
全力で動き続ける二人の動きは次第に遅くなり始めてしまう。
「しぶといですね……仕方ありません。私だけでも中に入って勇者の子孫を仕留めますか」
コジロウたちが手を離せない隙を見て、レギオンの一人が正門に向かう。
兵が数人行く手を塞ぐように立ちはだかるが、その程度では止めることはできない。
「邪魔です」
レギオンは三人に増え、一瞬で立ちはだかる兵を倒してしまう。
そしてそのまま王都内に乗り込もうとするが……
「させません……!」
声と共に頭上から赤い槍が降り注ぐ。
一人のレギオンは咄嗟に回避するが、残り二人のレギオンはその槍に体を貫かれ消えてしまう。
「これ以上行かせません。あなたはここで、私が止めます」
正門の上から落下しやって来たのは、吸血鬼のアイリスだった。赤い槍は彼女の血液魔法によるものであった。その後ろには共に助太刀に来たヴォルフの姿もある。
アイリスを見たレギオンは「ほう……」と感心したように呟く。
「貴女はあの時の吸血鬼……。一度痛い目を見たというのに、また私の前に来れるとはたいしたものです」
「……一つだけ尋ねます。ルイシャ様はどうしたのですか」
アイリスの問いを聞いたレギオンは驚いたように目を丸くした後、くすりと笑う。そしてにこやかな笑顔を見せつけながら、それに答える。
「彼ならしっかりと殺しましたよ。安心して下さい、貴女もすぐ彼のもとに送って差し上げますから」
「――――ッ! 殺すッ!」
激昂したアイリスは、その強い怒りのままレギオンに襲いかかるのだった。





