第5話 アルテミシアンデスワーム
「おい、なんだあれ……!?」
「見たこと無いぞあんな化け物!!」
突然現れた謎のモンスターに戸惑う王国の兵士と冒険者たち。
経験豊富な騎士団長エッケルでさえも、その異形のモンスターを見て言葉を失っていた。
「な、なんなんだあれはいったい……」
「ふふ。アルテミシアンデスワームを見るのは初めてですか?」
エッケルの呟きに答えたのは、彼と相対しているレギオンであった。
「アルテミシアンデスワーム? 聞いたことないぞそんなモンスター」
「まあこちらではマイナーな生き物かもしれませんね。法王国アルテミシア、その南部にあるナビ砂漠に生息する生き物です。性格は非常に獰猛、馬より早く砂の中を移動し、動くもの全てを食べてしまう習性があります」
レギオンの言葉通り、アルテミシアンデスワームは大量の兵を見るとヨダレを流しながら牙をワキワキと動かし始める。
どうやら空腹のようだ。
「本来アルテミシアンデスワームは人には懐かないのですが、アレは他よりも知性の高い特殊個体でしたので力で分からせ配下にしました。複雑な命令は理解できませんが、単純な破壊作業でしたら適任です」
「貴様……アレに王都を襲わせるつもりか? そんなことをしたら……」
「ええ。住民は全員彼の胃に収まるでしょうね。ああ見えて彼は鼻が利きますので誰も逃げられないでしょう」
「貴様ァ! そんなこと許すと思うか!」
「あなたが許そうが許すまいが関係ありません。唯一その権利を持つのは、主ただ一人なのですから」
アルテミシアンデスワームを止めようとするエッケルの行く手を塞ぐレギオン。
エッケルは無数に湧き出るレギオンの相手に苦戦し前に進むことができなかった。その間にデスワームは円状に生えている牙を開き、王都の門を守る兵たちに襲いかかってしまう。
「あの子の力は王紋クラス。あのむさ苦しい冒険者は予想外でしたが……王都にあのレベルの実力者はもういないでしょう」
「…………」
押し黙るエッケル。
勝ちを確信するレギオンであったが、エッケルの口元が僅かに緩んでいることに気が付き眉をひそめる。
「なにがおかしいのですか?」
「ふふ……いや、なに。備えはしておくものだと思ってな」
「言っている意味が分かりませんね」
「ああ、理解しなくてもいい。すぐに分かるのだからな」
エッケルは行く手を塞いでいたレギオンを斬り伏せると、正門の方に視線を向ける。
「頼んだぞ。お前だけが頼りだ」
◇ ◇ ◇
――――正門前。
王都に続くその門を守る王国兵たちは浮足立っていた。
彼らは訓練を受けているとはいえ、その実力は一般的な水準を大きく超えてはいない。
無限に出現する獣人、人外じみた速度と力を持った殺人鬼、城並みに巨大なモンスターなどといった常識外の化け物と戦う力は持ち合わせていない。
しかしそんな彼らより弱い存在が門の後ろで生活している。
生まれ育った場所を守るため、彼らは逃げるわけにはいかなかった。
「く、来るぞ! あのデカいワームだ!」
アルテミシアンデスワームが大きな口を開けながら襲いかかってくる。
まるで塔が動いているかのごとき大きさ。鍛えられた剣もデスワームの前ではつまようじ程度の大きさしかない。
とてもではないが兵が束になっても勝てる強さではない。
絶体絶命の状況。しかし……彼らにはある備えがあった。
「このままでは全滅だ、頼めるか?」
「ああ……任せてくれ」
そう言って兵の前に出たのは、三十歳くらいの男性だった。
長い髪を一つにまとめ、薄汚れた服を身にまとっている。両の手首が長方形の頑丈そうな手枷にはめられており、それを体の前に垂らしている。
「刀を、お願いする」
その男が言うと、兵の一人が男の所有物である刀を持ってくる。
久しぶりに再会する愛刀を見て、男は僅かに笑みを浮かべる。
兵はそんな彼に刀を渡そうとして、その直前であることに気がつく。
「っと、手枷を外さないと刀を持てないよな。鍵は……」
「不要だ」
「え?」
男は手にはめられている枷を指先でトン、と叩く。
するとキン! という金属音と共に手枷の中心部が切断され、手枷としての役割を喪失する。
その様子に兵士が唖然としていると、更に男は手枷を数度指先でなぞり、完全に手から切り落としてしまう。
「こりゃあいったいなにが……?」
「真の剣士であれば剣がなくともこの程度は斬れる。それより刀を」
「あ、ああ……」
兵士は困惑しながらも刀を手渡す。
男はその柄をしっかりと握ると、様々な想いがこもった視線を愛刀に向ける。
しかしそんな彼の想いを中断させるかのように、アルテミシアンデスワームが襲いかかってくる。
『GYAAAAAAAAAA!!』
「やれやれ……物思いにふける暇もないか」
男は腰を低くすると、その長い刀を構える。
久しぶりに刀を握ったにもかかわらず、その構えは非常に堂に入っていた。
『GYAOUUUUUUUURYYYYY!!』
危機を感じ取ったのか、アルテミシアンデスワームは真っ先にその男に狙いをつけ、ひと飲みにせんと襲いかかってくる。
もし食べられるのを回避できたとしても、その超重量の突進にわずかにでも当たれば、人間の体など簡単にバラバラになってしまうだろう。
しかしその男は、正面からデスワームを迎え撃った。
「来い」
柄を握り、脱力する。
全身から余計な力を全て逃し、深く深く集中する。
そして完全に集中しきったその瞬間、男は刀を抜き不可視の剣閃を放つ。
「秘剣・燕返死」
放たれた剣閃は一度だけクイッと軌道を変えながら、デスワームの首を両断する。
その独特の軌道は視界で捉えるのが困難である。デスワームは自分が斬られたことにすら気づかないまま、その場に倒れ込む。
ズシン! という音と共に動かなくなるアルテミシアンデスワームを一瞥したその男……剣士コジロウはチン、と刀を鞘に収めると、自分の恩人のことを考えながら一人呟く。
「ルイシャくん。ようやく恩を返せるな」





