第4話 同窓会
王都正門前。
無数のレギオンが押し寄せたその場所で大きな爆発が起き、レギオンたちは吹き飛んでいた。
そんな爆発の中心部には、ある男が立っていた。
「はっは! 間に合ったみたいだな!」
立派なヒゲに、二メートルを超す巨躯。
豪快に笑うその人物は、伝説の海賊キャプテン・バットその人であった。
認識変化の魔道具により、今はスケルトンではなく普通の人間に見えているが、その実力は変わっていない。
海賊王の王紋を持つ彼の戦闘力はエッケルよりも高い。この場においてはもっとも高い実力を持っていると言っていいだろう。
彼のその高い実力を見抜いたレギオン、バットのことを嫌そうに睨みつける。
「……まさか王国があなたのような実力者を抱えているとは知りませんでしたよ。いったいどこの何者ですか?」
「俺は昔からミステリアスな漢だった……それは今も変わらねえ。俺がどこの誰かなんてどうでもいいじゃねえか」
バットは足を振り上げると、ドン! と地面を強く踏む。
たったそれだけの動作で地面に大きな亀裂が走る。
「大事なのは俺がお前の『敵』ってことだけだ。それさえ分かりゃあ他のことはどうでもいいじゃねえか。違うか?」
「やれやれ、むさ苦しいのは苦手だというのに。面倒臭いですね……」
計画の変更を考えなくては、とレギオンは思考していると、バットのもとに複数の人が集まってくる。
「先走らないでくださいよバットの旦那ぁ! 俺たちもいますってば!」
正門の隙間から現れやって来たのは、冒険者パーティ「ジャッカル」のメンバーだった。
それだけじゃない。王都で活躍している冒険者たちが二十名ほど加勢に現れた。抜きん出た実力者こそ少ないが、それでもこれだけ数がいればかなりの戦力になる。
「わりーわりー、お前らの足が遅えからよ」
「そりゃないっすよ旦那! 俺たちだって覚悟決めて来たんですから!」
「分ーってるよ。お前らも頼りにしてるって」
短い間ですっかり打ち解けた冒険者の面々にそう言ったバットは、レギオンに向き直る。
得意げに笑うバットとは対照的に、レギオンは不機嫌そうに眉をひそめている。
「残念だったな誰かさん。俺たちが来たからにゃあ簡単にここは通らせねえ。俺様の硬い拳骨を食いたくなきゃとっとと帰るんだな」
「……仕方ありませんね。私一人で終わらせる予定だったんですが」
レギオンの不穏な言葉に、バットは「ん?」と反応する。
「これに頼ってしまうとあの方を失望させてしまうかもしれませんが……失敗するよりはマシです。後悔しなさい、もう楽には死ねませんよ」
レギオンは冷たい目をしながらそう言うと、指をパチンと鳴らす。
すると次の瞬間、空から黒い塊が落下してきてレギオンの隣に爆音と共に激突する。その黒い塊はゆっくりと起き上がるとレギオンの隣に並び立つ。
「なんだァ? 俺は今回留守番なんじゃなかったのか?」
振って来たのは恐ろしい仮面をつけた人間だった。黒ずんだ肌、短く太い手足、体にはいくつもの縫合跡がある。
その人物は高所から落下して来たのにもかかわらず、ダメージを受けているようには見えない。手には巨大な包丁のような刃物を持っており、異様な出で立ちをしている。
「事情が変わったのですよジャックさん。そこの大男の相手をお願いします」
「ん? あいつか」
ジャックと呼ばれた男は、バットに目を向ける。
仮面の奥からギロリと覗く赤い双眸は恐ろしく、近くにいた冒険者たちは僅かに後ずさる。
一方ジャックはジロジロとバットを舐めますように眺めると、「いいねえ」と仮面の下で舌なめずりをする。
「中々の上玉じゃねえか。確かにこりゃお前じゃ骨が折れそうだ」
「いいから早くやって下さい。主を失望させる気ですか?」
「へいへい。分かったよ……っとぉ!」
ジャックと呼ばれた人物は突然駆け出すと、手にした大包丁を振り上げ、バットに斬りかかる。
バットは咄嗟にサーベルと引き抜くと、その一撃を受け止める。
ガキィン! という金属音と共に衝撃波が飛び散り、両者は睨み合う。
今の一撃でジャックという人物が強者であるとその場にいる者は理解した。
「やるじゃねえか、何者だ?」
「俺はジャック・ブッチャー様だ。覚えておきな!」
「ジャック・ブッチャーだって? お前まさか肉切りジャックか?」
バットの言葉にジャックは「ん? 俺を知ってるのか?」と反応する。
「たりめえだ。まさかてめえまで生きてるとはな……どんな因果だこりゃ」
「言ってる意味が分かんねえな。俺のファンか?」
「馬鹿野郎。声で分かんねえか? 俺だよ、海賊王キャプテン・バット様だよ」
「キャプテン・バットだあ? なに言ってんだ。あいつならとっくに死んだだろうが」
ジャックは馬鹿にしてんのかとその言葉を笑い飛ばす。
するとバットはほんの一瞬だけ認識変化の魔道具の効果を緩め、スケルトンの顔をジャックに見せる。
その顔を認識したジャックは仮面の下で驚き絶句する。
「おいおい……マジかよ。同窓会かよこりゃ」
「こっちの台詞だよ。まさか俺の時代の有名人とやりあうことになるとはな」
“肉断ち”ジャック・ブッチャーは海賊王キャプテン・バットと同じ時代に暴れた『犯罪者』であった。
昼は精肉店の店主をして、夜は無差別に人を切り裂く通り魔。
何度も捕まりそうになったがその度に返り討ちにして逃げ仰せていた。
一度キャプテン・バットとも戦っており、その時は途中で邪魔が入ったせいで勝負はつかなかった。
「俺はスケルトンになったから生きてるが……てめえはなんで動けてんだ」
「安心しな、俺も一度死んでんぜ。だがこいつらが俺の力が必要だっつって生き返らせてくれてな。俺は人が切れりゃあなんでもいいから協力してやってんのよ」
「なるほど。だったら……遠慮なくぶっ飛ばせるな!」
バットは拳を固く握りしめると、ジャックの顔面を殴り飛ばす。
ジャックは吹き飛び地面をゴロゴロと転がるが、途中で体勢を立て直し、地面を滑りながら立ち上がる。
「くく、たまんねえ。レギオン、邪魔すんじゃねえぞ」
「ええ、分かってますよ。あれはあなたに任せます。残りは彼にやってもらうとしましょう」
そう言ってレギオンは再び指をパチリと鳴らす。
すると地面が揺れ、その中から巨大な物が姿を現す。
『GYAAAAAA!!』
地面から現れたのは巨大なミミズのようなモンスター、ワームだった。
数百メートルはある巨大な体。建物を丸ごと飲み込むことのできる巨大な口。口からは大剣のように大きく鋭い牙が円状に生えており、その隙間からは絶えずヨダレがこぼれ落ちている。
土色の表皮は岩のようにゴツゴツしており、生半可な攻撃は通用しないように見える。





