第1話 鬼功《グイゴン》
無限牢獄第二層。
鬼王サクヤと妖精王ティターニアが捕えられているその空間では、ルイシャが猛特訓を行なっていた。
「はあああああ!」
ルイシャは咆哮しながら目の前の動く岩の塊、ゴーレムを拳で砕く。
ゴーレムの体は非常に硬いことで有名だ。しかしルイシャの拳はそれをやすやすと砕いていた。次々にゴーレムの群れがルイシャに突っ込んでいくが、ルイシャはそれを意に介さず次々と砕いていく。
彼の拳には赤い線のようなものが浮かんでおり、そこには凄まじい気が宿っていた。
「おい妖精王、ルイシャがここに来てから何日経つ?」
「そうだな、二週間といったところだろうか」
「そうか……二週間で鬼鉄肌を完全に会得したか。凄まじいな」
鬼の秘技『鬼鉄肌』。
それは鬼族のみが持つ特別な気功、『鬼功』を体に流し肉体を硬質化させるものだ。
発動時には肉体に赤い線が走り、鋼の如き硬度を手に入れることができる。
気功術にも体を硬くする「鉄纏」や「金剛殻」があるが、硬度はそれらのものよりも上。更に同時使用も可能になっている。
硬い体は防御だけでなく攻撃にも有効。ルイシャの格闘能力はこの二週間で飛躍的に上昇したと言えるだろう。
ルイシャは鬼鉄肌を習得するまでに二週間の時を要していたが、無限牢獄の中では時が非常に遅く流れる。
外の世界ではまだ一時間程度しか経っていなかった。
もしシャロたちが無事に王都まで逃げられたのであれば、どんなに速くてもレギオンが王都に着くまで一日はかかるはず。
なのでルイシャは外の世界で一日の時が流れる、一年間だけこの空間で過ごすことにした。
「魔王と竜王に鍛えられた下地があるとはいえ、驚異的だ。あいつならなにかを変えてくれる……最近は強くそう思う様になった。お前もそうなんじゃないか?」
「私が?」
ティターニアの言葉にサクヤは「ああ」と答える。
「最初は乗り気じゃなかったのに、最近はやけに熱心に教えているじゃないか」
「ふんっ、私はご主人様にご褒美を貰うために教えているだけだ。勘違いするでない」
「すっかりキモいのを隠さなくなったなお前は……」
呆れたようにサクヤは言う。
最初こそ少年好きを誤魔化していたティターニアであったが、ルイシャにご褒美を貰う内に欲望を隠さなくなっていた。
昨夜の情事を思い出しはあはあと恍惚な笑みを浮かべるティターニアだが、サクヤが気持ち悪い目で自分を見ていることに気がつき、こほんと咳払いして誤魔化す。
「ただまあ……ご主人様の成長を見るのが楽しくなっているのは事実だ。我が妖精郷でも使える者がごく僅かだった妖精魔法を、あっという間に使えるようになったのだからな。私の持つ技術をどこまで継承できるか……正直楽しみだ」
「ふふ、それは強者として当然の感情だ。まさかこのなにもない地でこのような楽しみに巡り会えるとはな」
談笑する二人の王。
するとちょうどルイシャが最後のゴーレムを倒し、一息つく。
「お前の作ったゴーレムを全部倒したみたいだな。それじゃあ愛しの弟子のもとに行くとするか」
サクヤはゴーレムを倒して一息ついているルイシャのもとに近づく。
彼女の接近に気づいたルイシャは背筋を伸ばす。
「どうでしたかサクヤさん。上手くできてましたか?」
「ああ、見事だ。鬼鉄肌は習得できたと言っていいだろう」
「ありがとうございます! サクヤさんの教え方がいいおかげです!」
「……っ!」
ルイシャの屈託のない笑顔を向けられ、サクヤは僅かに赤面し顔をそらす。
外で生きていた時は色恋など無縁で戦いしかしてこなかった彼女にとって、ルイシャの存在は劇薬であった。
(この弟子、可愛すぎる! 鬼族はゴツいのしかいなかったから尚更そう感じるな。やれやれ……これではあの変態を笑えないな)
サクヤはルイシャにバレないように心を落ち着ける。
ティターニアの様に見下されて興奮する趣味はない。師匠として尊敬される立場でいたかった。
「おべっかはいい。それより……私に隕鉄拳を打ってみろ」
サクヤは右の手の平をルイシャに向ける。
どうやらそこに攻撃しろと言っているみたいだ。
「え、でも……」
「いいからやってみろ。ルイシャの拳でダメージを食らうほど私はやわじゃないから安心しろ」
「そこまで言うなら……分かりました」
サクヤの言葉に少しむっとした様子のルイシャ。
彼は腰を低くし、拳を構える。そして体に流れる気を操り右の拳に集中させる。
「気功術攻式一ノ型……隕鉄拳!」
鉄のように固めた拳で殴りつける気功術、隕鉄拳。
気功術の基本となる技であるがその威力は非常に高く、熟練した者の放つそれはまるで隕石の如き威力を誇る。
ルイシャの隕鉄拳も凄まじい威力を持っており、石積みの城壁程度であれば一発で大穴を開けるほどの破壊力がある。
しかしサクヤはその一撃をバシィ! と片手受け止めてしまう。
「いい拳だが……まだまだ改善の余地があるな」
「ええ!? ぜ、全然効いてない……」
鬼鉄肌すら使わず隕鉄拳を受けたサクヤを見て、ルイシャは驚愕する。
サクヤは気による肉体強化のみで隕鉄拳を受け切ってしまったのだ。
彼女はつかんだルイシャの拳を放つと、今の一撃を受けてのアドバイスを始める。
「気の操作は見事だ。鬼族でもこれほど上手く気を扱えるものは少ない。肉体もよく鍛えられている」
「あ、ありがとうございます」
「だが気功術の使い方があまい。構えてみろ」
「え、こうですか?」
ルイシャは先ほどと同じように腰を低くし、拳を構える。
するとサクヤは彼のもとにしゃがみ込み、姿勢を矯正する。
「腰はそれほど下げなくてもいい。そう、拳はもっと引いて、体もこれくらい起こせ」
「はい、えっと、こうして……こう」
「そうだ。その姿勢でもう一度隕鉄拳を打ってみろ。顎は引いておけよ」
「わ、分かりました」
ルイシャは困惑しながらもサクヤの言う通りなにもない場所に拳を放つ。
すると放った拳からスパァン!! という破裂音が鳴り響く。明らかにさっきの隕鉄拳よりも威力が高くなっている。少し姿勢を変えただけでこれほど変わるなんて、とルイシャは驚愕する。
「ルイシャに気功術を教えたのは竜王だったな。竜王の教えは完璧だったみたいだが、そのせいで『竜』向けの気功術をお前は覚えてしまったんだ」
「竜向けの気功術、ですか?」
「ああ。竜と人の体の構造は違う。竜の体内には人にない器官があるし、なにより翼や尻尾、角がある。同じ技でも微妙に打ち方が違うんだ。私はその差を矯正したんだ」
「なるほど……そういうことだったんですね」
ルイシャは納得したように呟く。
思い返してみれば「魔竜モード」になった時はいつもより気功術がやりやすかった。きっとそれは魔竜モード中は体の構造が竜に近づいたからなんだとルイシャは気づいた。
「これから気功術の十ある型を全て矯正する。そして次は鬼功を使った技だ。これを全て覚えた時、お前の強さは今とは比べられないものになるだろう。大変だろうがついてこいよルイシャ」
「はい! よろしくお願いします!」
まだ強くなれると知り、ルイシャは気合いたっぷりに返事をする。
するとサクヤの後ろからティターニアが現れる。
「おっと少ししたら私との修行だからな? そうしないとご褒美が貰えんからなはぁはぁ」
「えっと……ティターニアさんは次はなにを教えてくれるのですか?」
「うむ。妖精魔法の基礎は教えられたから次は結界魔法についてだ」
特殊な結界を作り出す『結界魔法』は魔法の中でも習得が特に困難な高等魔法だ。
テスタロッサに魔法を教わったルイシャでも、結界魔法のレパートリーは少なく簡単なものしか作ることはできない。
「私は結界魔法のエキスパートでもある。一年もあれば高難度の結界魔法を習得させられるだろう」
「おお……凄いですね! でもあのレギオンに有効な結界魔法があるでしょうか?」
レギオンは無数の体を持つ謎の存在。
結界魔法を覚えたとしても全ての体を閉じ込めるのは難しいと思われた。
しかしそんなルイシャの懸念とは裏腹に、ティターニアは自信満々の顔をしていた。
「逆だ。結界魔法が使えなければそいつを倒すことはできない」
「え、ティターニアさんはレギオンの秘密が分かるんですか!?」
「当然だ。私は妖精王ティターニアだぞ?」
「おお……!」
自信満々なティターニアを見て、ルイシャは感嘆の声を上げる。
レギオンを倒せるかもしれないという光明が見え、体の奥からやる気が湧き上がる。
「しかしこれから覚える結界魔法は、魔法の中でも最上位の習得難易度を誇るもの。それを一年で習得しようと言うんだ、多少の無茶は覚悟しておけよ」
「はい、みんなを助けるためなら、どんな試練でも乗り越えて見せます」
強い覚悟を込めて宣言するルイシャ。
時間制限は約一年。ルイシャの過酷な修行の日々が始まるのであった。





