第9話 会議
――――王城、王政会議室。
王城内に存在するその部屋に、国王と宰相、そして王政に関わっている複数名の貴族が集められていた。
国王の命令で急遽集められた彼らが話し合っているのは、現在王都に接近しているというある人物についてだった。
「第一本当なのですか!? 王都を滅ぼせるような者が接近しているなど……到底信じられません!」
「しかも創世教の者だなんて……まずは法王国に書簡を送り確認を取るべきでは?」
貴族たちは口々に疑問を口にする。
王国は長年帝国と小競り合いをしてきたが、大きな戦争はここ数十年行われていない。このような事態への対応には慣れていなかった。
危機が迫っていると言われても現実味がなく、どうしても保守的な案ばかり出てしまう。
しかし国王であるフロイは、その意見を真っ向から否定する。
「この話が嘘である可能性を議論している暇はない。もし来ないのであれば来ないで構わない。今一番大事なのは来た時にどう対処するかだ。嘘と断定して本当に来てしまったらどうする。責任が取れるのか?」
「そ、それは……その、申し訳ございません」
「お前もだ。法王国に書簡を送ったとして、返事がいつ返ってくる? 一週間後か? その時に王都が滅んでいたら誰が受け取ると言うのだ」
「え、えー……それは……すみません」
フロイは配下の弱気な意見を次々と潰していく。
ここで下した判断に、王都の存亡がかかっている。消極的な案を採用するわけにはいかなかった。
「しかし陛下。もしこの話が全て事実であったとして、創世教の者と事を構えるのはまずいのでは……」
「そうだな。しかしだからといってその者の狼藉を見過ごすことはできない。今すぐ兵をかき集め、最大戦力をもって防衛体制を敷け。これは命令だ」
「は、はいっ! かしこまりました!」
配下の一人が急いで部屋を出ていく。
すると部屋に残っている配下の一人が、おずおずと一つの案を口にする。
「あ、あの、陛下。恐れながら申し上げます。その者が勇者の末裔シャルロッテを狙っているのであれば、彼女をその、匿っているのは良くないのでは……」
それを聞いたフロイは、配下の方に鋭い視線を送る。
「す、すみません! 差し出した方がいいと言っているのではなく、その、せめて王都の外に移動させた方が良いのではと思いまして! ここに匿っていては王都に住む者全員に被害が及んでしまいますので!」
「……よい。お前を責めはしない」
「え?」
叱責されると思っていた配下は、フロイの言葉に目を丸くする。
「非情と捉えれるかもしれないが、国を治める者として王都に住む全ての民と彼女を天秤にかければ、前者に傾く。しかしその手段を取るつもりはない」
フロイは良く通る声で配下たちに胸中を語る。
「勇者はこの国の象徴だ。我が国は過去何度も勇者に助けられ、その威光のもとで発展してきた。もしそれを差し出したとなればこの国の名誉は地に落ちるだろう」
王国は勇者が生まれた国であり、その伝説がもっとも残っている地である。
王国を敵に回すということは、勇者を敵に回すに近い行為でありそれを望む国はいない。王国は勇者という存在を抱えているおかげで長い間平和を保つことができた。
その恩を忘れ、勇者の末裔を差し出したと知られたら王国の名誉や信頼といったものは失墜するだろう。
「そしてなにより……一人の少女を、息子の大切な友人を犠牲になどできはしない。どうか力を貸してくれ」
「と、当然です陛下! 頭を上げてください!」
頭を下げるフロイを見て、配下たちは慌てた様子でそれをやめさせる。
「感謝する。それではすぐに各自防衛体制を整えてくれ」
フロイがそう命じると、配下たちは「かしこまりました!」と返事をして会議室を出ていく。
それを確認したフロイは「……ふう」と短く息を吐くと、後ろで待機していた騎士に声をかける。
「エッケル。王国騎士団の指揮は任せたぞ。厳しい戦いになるかもしれないが、頼む」
「はっ。お任せください陛下。この命に代えても王都は必ずや守り抜いて見せます」
王国騎士団長、エッケル・プロムナードは力強く答える。
いつもと変わらぬその返事にフロイは少しだけ心が軽くなる。
「陛下、防衛の準備を進めるにあたり、提案があるのですがよろしいでしょうか」
「もちろんだ。申すがいい」
「ありがとうございます。今回の相手は得体が知れません。少しでも戦力を増やすべきと思います」
「そうだな。冒険者には声をかけようと思っているが、なにか他にアテがあるのか?」
「はい。二人ほど」
エッケルはそう言うと、思い当たるその人物の名を口にする。
それを聞いたフロイは驚き、目を丸くする。
「……なるほど、それは思いつかなかった。反対する者もいるだろうが……いいだろう。私の権限でそれを許可する。好きにやるといい」
「ありがとうございます陛下。それではそちらの方も進めておきます」
エッケルは深く頭を下げた後、会議室を出ていく。
それを見送り、部屋にはフロイがただ一人残る。
「さて、私にできるのはここまでか。ルイシャ君、無事でいてくれよ……」
かつて王都を救った少年のことを思いながら、フロイは呟くのだった。