第3話 逃避行
「もっと……もっと速度を上げられないのですかヴォルフ!」
「分ってる! こっちだって精一杯やってんだ! あんま急かさねえでくれ!」
額に汗を浮かべながら、ヴォルフは魔空艇の舵輪を操る。
その姿をアイリスは落ち着かない様子で見守る。
更にその背後には意識を失ったシャロがおり、動けないように柱に縄で縛り付けられていた。アイリスはそんな彼女を心配そうに見た後、ヴォルフの近くに行く。
「ふう……なんとか風に乗れた。じゃあそろそろ説明してもらえるか? なんでお嬢が気を失ってんだ? そんでもって大将がなんでいねえのかもな」
「……はい。全てお話します」
数分前。
アイリスは意識を失ったシャロを連れ、魔空艇にやって来た。
そして待機していたヴォルフに急いで王都に戻るように言い、今に至るのだ。
「私たちは無事、蛇人族の里に行くことができました。多少のトラブルはありましたが、蛇王のエキドナ様にも会うことができ、お話を伺うことができました」
「そりゃ凄えじゃねえか。目標は達成できたんだな」
「ええ、そこまでは良かったのですが……」
アイリスはそれから起きたことを全てヴォルフに話した。
不死王に襲われ、それを撃退したこと。そのせいで未来予知の能力は消えてしまったこと。そしてレギオンと名乗る謎の人物に襲われたこと。
そして……ルイシャは一人残り、生存は絶望的なこと。それら全てを聞き終えた時、ヴォルフの表情は驚きと困惑に染まっていた。
「う、嘘だろ? あの大将が負けるわけ……」
「ですが事実です。あの者はこの世の法則から逸脱したような存在でした。勝つとか負けるとか以前に、勝負のテーブルに立てている気すらしませんでした」
「な、ならなんでそんな奴のところに大将を残した! 大将が死んでもいいと思って……」
ヴォルフはそこまで言って、アイリスの様子がおかしいことに気がつく。
血が流れるほど唇を噛み、強く拳を握りしめるアイリス。その目は充血し、表情からは強い怒りと苦悩、そして悲しみが見て取れる。
「わ、わた、私、だって……」
アイリスの目に涙が溢れ、こぼれ落ちる。
感情が溢れその場に崩れ落ちる彼女を見て、ヴォルフは感情的になってしまった自分を恥じる。
「悪い、謝る。お前が大将をどれだけ大切に想っているのか知ってるってのに。そうだよな、それだけどうしようもねえ状況だったってことだよな」
「……いえ、私がルイシャ様を見捨てたのは事実です。どれだけ責めていただいても構いません」
「やめてくれ、今は俺たちで傷つけ合っても仕方ねえ。それよりも……お嬢がまじいな」
ヴォルフは後方で意識を失っているシャロを見る。
「お嬢が目を覚ませたら凄えことになるぞ。大将を助けに行くって暴れるに決まってる。気持ちは痛えほど分かるが……そうなったら相手の思う壺だ。大将が一人残った意味もなくなっちまう」
「そうですね……それだけは避けなくてはいけません」
アイリスは涙を拭うと、シャロの体をキツく縛り上げる。
普通の縄では心許ないが、しないよりはマシだ。
仕事を終えたアイリスはヴォルフの横に立ち、進路を見る。
「風は追い風だ。日が暮れるまでには王都に着くだろうよ」
「……かしこまりました。それにしてもヴォルフはこんな状況でも冷静ですね、頼りになります」
「まあ俺はそのレギオンって奴を見てねえからな。いまいち実感がわかねえっつうか。それに……」
「それに?」
「大将が死んだなんて……やっぱり思えねえんだよな。レギオンって奴がヤベえ奴だってのは重々承知してるが、やっぱりそれでも信じられねえ。あの人は今もどこかでひょっこり生きてて、俺たちを助けるために頑張ってる気がすんだ」
ヴォルフは笑みを浮かべながら言う。
彼とルイシャは出会ってからそれほど長い時間を過ごしたわけではない。しかしそれでも両者には固い信頼関係が結ばれていた。
「それはあなたの勘ですか?」
「あァ。でも獣人の勘は当たるって言うぜ。信じても悪かねえと思うぜ」
「……そうですね。では私も信じます。ルイシャ様、どうかご無事でいて下さい」
目を閉じ、祈るアイリス。
こうして一行を乗せた魔空艇空の女帝は、王都を目指し突き進むのだった。