第2話 呪いの鎧
「それで……出会ってからはどうしたんですか?」
「私は勇者オーガとエキドナを見て、奴らがただならぬ力を持っていることを感じ取った。こやつらならば、この『呪い』を解くことができるのではないか。そう思った」
呪いはかけるのも難しいが、それを解くのはもっと困難である。
鬼族は凄まじい怪力の持ち主だが、魔法や呪いといった特殊な能力に恵まれているといった話は伝わっていない。呪いに対する耐性は普通の人間よりも低いのかな、とルイシャは考えた。
(だからこの人は鬼王という立場ながら、呪いを自力で解くことができなかったんだ……)
呪いは無理やり解くと、かけられていた呪いより強い反動が起き、悲惨な結末をたどる。ゆえに鬼王サクヤは呪いを受け入れ、静かに過ごすことしかできなかった。
「オーガとエキドナは呪いの鎧を脱ぐことができなくなった私を憐れみ、呪いを解く手伝いをしてくれた。しかし見て分かる通り……呪いを解くことはできなかった」
「勇者でも解けなかったなんて……! そんなに強力な呪いなんですね……」
確かにその呪いからは禍々しいオーラのようなものを感じる。
近くにいるだけで気が滅入りそうになるのに、これを着て無限牢獄の中にずっといたなんて凄まじい精神力だ……。普通の人なら一年も持たず精神をおかしくしてしまうだろう。
「呪いを解くことができなかった二人は私に謝罪し、ある提案をしてきた。それは私を無限牢獄に幽閉し、呪いを解ける者が現れた時に解放する、というものだ」
「なるほど。それで無限牢獄に……」
テスタロッサとリオは突然オーガに封印されたが、鬼王はそうではなかった。
むしろ呪いを解いてもらうために自発的にこの空間に入ったと言う。いったいオーガの狙いはなんなのか、ルイシャは混乱する。
「エキドナは遠い未来、私の呪いを解ける者が現れると予言した。ゆえに私はこの空間に座し、待っているのだ。この呪いを解く者が現れるのを――――」
「そうだったんですね……」
目の前の人物の事情を知り、ルイシャは鬼王サクヤに対する警戒を緩める。
圧倒的な強者であることに間違いはないが、話を聞く限り敵対することはなさそうだ。それどころか利害が一致すれば手を貸してもらえる可能性もある。
次はなにを話そう……とルイシャが考えていると、サクヤがじっとこちらを見ていることに気がつく。
兜を被っているためその瞳を視ることは叶わないが、なにかを期待しているような視線に感じられた。
いったいどうしたんだろう? ルイシャが考えると、彼はその視線の意味するところに気づきハッとする。
「あの、もしかして僕が『呪いを解く者』だと思ってますか!?」
「む、違うのか?」
残念そうに聞き返す鬼王に、ルイシャは慌てたように返す。
「も、申し訳ないんですけど、僕も呪いには詳しくないんです。なのでご期待には沿えないと思います」
ルイシャの返事を聞いたサクヤは、しばらく沈黙した後「……そうか」と残念さを滲ませながら呟く。表情こそ兜で隠れて見えないが、明らかに落胆している。
(しょうがないよね。この人は外の世界で三百年。無限牢獄の中では更にその三百倍近い時を過ごしているんだから……)
無限牢獄の中では時が緩やかに流れる。
中で一年過ごせば、外では一日時が流れている。おかげでルイシャは自分の寿命より長い時をこの空間で過ごし、強くなることができた。
その期間、サクヤは呪いを解いてくれる存在をひたすら待ち続け……そしてルイシャが来た。待ち人が来たと期待して当然であった。
「少年、名前は?」
「すみません、申し遅れました。僕はルイシャと言います」
「ルイシャか、いい名だ」
サクヤは兜の奥からルイシャを見定めるようにじっと見つめる。
その鋭い視線にルイシャは思わず身震いする。
「見れば分かる。その闘気、ただの少年というには大きすぎる。いったいルイシャはなぜここに来たんだ?」
「……そうですね。少し長くなりますが、僕のことをお話しますね」
鬼王サクヤのことを信用したルイシャは、自分が無限牢獄で過ごし、魔王と竜王から鍛えられたこと、そして二人を救うため外の世界で行動していたこと、そして……謎の敵に惨敗し、気づいたらここにいたことを説明した。
「――――ということがあったんです。なんでまた無限牢獄に来たのかは分かりま……鬼王さん?」
サクヤの様子がおかしいことに気が付き、ルイシャは一旦喋るのを止める。
今まで黙って聞いていたサクヤは俯き、震えていた。なにか怒らせるようなことを言ってしまったかとルイシャは焦るが、
「……そん……」
「そん?」
「そんな大変な道を歩んできていたとは……! お主は強い男だなルイシャ。私は感動したぞ……!」
「うわわ!?」
サクヤはいきなりルイシャを抱きしめると、ぐわんぐわんと体を揺らす。
突然のことに困惑するルイシャ。鎧の尖った部分が刺さって痛い。抜け出そうとするが鬼王の力はかなり強く、少し力を入れたくらいではビクともしなかった。
「しかし外の状況が心配だな。そのレギオンなる者は、ルイシャの恋人を狙っているのだろう?」
「そうなんですよ。なんでここに来たのかは分かりませんが、早く行かないと……!」
無限牢獄の中では時間がゆっくり流れるとはいえ、いつまでシャロたちが無事かは分からない。
鬼王のこと、無限牢獄のこと、そしてなぜルイシャの傷が治っているのかなど、気になることは多々あるが、今はそれよりも外に出ることの方が大事に思えた。
「出るアテはあるのか?」
「はい。僕の技『次元斬』なら無限牢獄から出られるはずです。今剣を出して……」
そこまで言ってルイシャは気がつく。
彼の剣『竜王剣』は普段は邪魔にならないよう、ピアスの形となって彼の耳についている。
しかしいつの間にか彼の耳からそのピアスがなくなっていた。
「竜王剣が……ない!?」
焦るルイシャ。
竜王剣はリオから貰った大切な物である。そして剣がなければ『次元斬』を使うこともできず、無限牢獄から脱出することもできない。
「もしかしてレギオンとの戦いの中で落としちゃった……とか? どうしよう、まったく記憶がない……」
ルイシャは意識を失っても戦い続ける気功術『不落城』を使っていた。
それを使っている間の記憶はすっぱり抜け落ちているため、竜王剣を使っていたかさえ覚えていなかった。
「どうしよう、リオに顔向けできないよ……」
「どうしたルイシャ。なにか無くしたか?」
「はい。あの、この近くで金色の剣か、牙の形をしたピアスを見ませんでしたか? 大切な物で……」
「ああ、あれのことか。知っているぞ」
「そうですよね、知らな……って、え!?」
サクヤの思わぬ言葉にルイシャは驚く。
まさか知っているとはつゆほどにも思わなかった。
ルイシャは目にも止まらぬ速度で鬼王に詰め寄ると、竜王剣について詳しく問い詰める。
「ど、どこにあるんですか!? あれは大事な物なんです!!」
「お、落ち着け。私は持っていない。それを持っていったのは、ルイシャを治した人物だ」
「僕を……治した人? 誰が僕を治したのか知っているんですか!? それにここには鬼王以外にも人がいるんですか!?」
「左様。ここには私の他に、もう一人住人がいる。そやつは私と違い器用で、魔法などといった術に精通している。瀕死……いや、もう完全に死んでいると言っていい状態だったルイシャを治したのはそやつだ。私にはそのようなことはできない」
サクヤの口から語られる衝撃の事実。
正体こそ分からないが、その人物は間違いなくルイシャの命の恩人であった。しかし、
「なんで竜王剣を奪ったんだろう? 危険だから? いや、それほどの魔法の使い手なら、そんなことしなくても大丈夫そうだけど……」
本当にルイシャを危険視しているのであれば、結界魔法などで閉じ込めておけばいい。
剣だけ取り上げ、放置しているのは不思議に思えた。
(剣がなかったら次元斬は使えない。それに命の恩人にちゃんとお礼を言っておかないと……)
そう考えたルイシャは、鬼王にその人物について尋ねる。
ここから出るためにも、その人に会わなくてはいけない。
「すみません、その人はどこにいるのですか?」
「あやつならすぐそこにいる。よく見てみるといい」
サクヤはある一点を指差す。
しかしその指の先にはなにもなく、真っ白な空間が広がっているのみであった。
最初はからかわれているのかと思ったルイシャであったが、そっちに意識を集中させてみてあることに気がつく。
(……なんだろう。なにもないはずなのに、違和感がある)
目に全神経を集中させ、その空間を凝視する。
すると段々その空間が歪んで見え始める。ルイシャはゆっくりとそちらに手を伸ばすと、なにもないはずのその空間を掴んだ。
そして掴んだそれを引き剥がすと、今までなにもなかったその場所に、一軒の小さな家が出現する。
レンガを積んで作られた、円柱型の小さな家。三角錐の形をした屋根からは煙突が生え、煙が出ている。
「こんなところに家が……まったく気がつかなかった」
物を隠す魔法はあるが、感覚の鋭いルイシャがこれだけ近くにいて気付かないなど普通はありえない。
それだけこの家の中にいるものの魔法的技量は高いということになる。
いったいどんな人物がいるのか、ルイシャは緊張しごくりと喉を鳴らす。
「それじゃあ僕はその人に会ってきます」
「ああ。私はいつまでもここにいる」
「色々お話を聞かせていただきありがとうございました」
ルイシャは鬼王サクヤに頭を下げると、自身の傷を治してくれた謎の人物に会うため、その家に向かうのだった。