第15話 死闘
「はああああぁ!!!!」
ルイシャは雄叫びを上げながらレギオンたちのもとに突撃し、剣を振るう。
一撃で五人のレギオンを斬り裂き、倒すことに成功するが、すぐに他のレギオンたちがルイシャに襲いかかる。
「無駄です。貴方では私を倒すことはできません」
レギオンたちが一斉にルイシャに殴りかかってくる。
ルイシャはそれらを回避し、反撃する。しかし三人ほど倒したところで背後から接近してきたレギオンに羽交い締めにされてしまう。
「隙あり、と言ったところでしょうか」
「しま……っ」
ルイシャがわずかに硬直した隙を突き、レギオンたちが殴りかかってくる。その攻撃の一発一発の威力はたいしたことはない。魔力で防御すればほとんどダメージはない。
しかしそのような攻撃でも何百発も浴びせられれば話は別だ。魔力の鎧は次第に薄くなっていき、体にダメージが蓄積していく。
「ぐ、うっ……」
「さすがに硬いですね。でしたら――――」
殴って来ているレギオンの一人がそう呟くと、突然そのレギオンの魔力量が跳ね上がる。
そのレギオンがルイシャの腹部を殴ると、魔力の鎧をたやすく破壊し、ルイシャの腹部に突き刺さる。
「が……っ!」
予想外の一撃を食らったルイシャは吹き飛び、地面に転がる。
口の中に広がる血の味。内臓に負ったダメージを魔法によって回復しなんとか立ち上がる。
(増える能力だけじゃなかったのか……! 原理は分からないけど、自身を強化することもできるみたいだ……)
これまでルイシャは何度も強敵と戦ってきた。
その中で勝ち抜いてこれたのは、彼の持つ手札の多さによるところも多い。
魔法に気功術、そしてテスタロッサとリオに教わった様々な知識。
それらを駆使し、相手の弱点を見極め適切に手札を切る。そうやって今までピンチを切り抜いてきた。
しかし今回の相手はいくら戦っても弱点が見えなかった。それどころかどのような能力なのかすら分からない。
これではいくら手札が多くてもどの戦法を切るべきか分からない。ルイシャは勝機を見出せなかった。
「勢いもここまでですか。早く終わらせて勇者の末裔を追うとしましょう」
大量のレギオンがルイシャに迫る。
普通に戦っていても勝ち目はない。物量にすり潰されるだけ。
これ以上温存して戦うのは不可能。
覚悟を決めたルイシャは奥の手を切る。
「――――魔竜モード、オン」
呟いた彼の全身から魔力が吹き上がり、魔力がマントの形に具現化する。魔族のような角と竜族のような尻尾も生え、彼の体は異形のものへと変化した。
「はああああっ!!」
魔力によって構成されたマントが形を変え、巨大な刃となってレギオンたちに突き刺さる。
そしてそのままマントを横に振るうと、数百人のレギオンを切り裂いてしまう。
「まだこんな手を持っていたとは……!」
予想外の反撃にレギオンも驚く。
『魔竜モード』。
体内に流れる魔族と竜族を解放し、全ての能力を数段階上げるルイシャの切り札。
時間制限こそあるが、その力は絶大。ルイシャはこの力を温存していては勝てないと判断した。
「食らえっ! 極位火炎!」
放たれた火球がレギオンたちを一瞬にして飲み込み、燃やし尽くす。
しかしレギオンたちは自身が燃えカスとなっても一切怯まず、ルイシャに殺到する。
(まだだ、もっと引きつけろ……!)
ルイシャは襲い来るレギオンたちを見ながら、力を溜める。
そして彼らの手が自分に届くそのギリギリで溜め込んでいた力を開放する。
「竜王の吐息!」
ルイシャの口から超高密度の衝撃波が放たれる。
竜の奥義『吐息』。しかもルイシャの技は竜族の頂点に立つ竜王リオの技を再現したものである。
もちろん本物のリオの吐息にその性能は劣るが、破壊力、攻撃範囲共に凄まじく、平原の地形を一瞬にして変え、近くの森を削り取ってしまっていた。
「はあ、はあ……」
大技の連続使用により消耗するルイシャ。
今の数度のやり取りで千人以上のレギオンを倒せたはず。少しはレギオンの数が減ってくれないかと期待するが――――
「驚きました。まさかここまでの力を隠し持っているとは」
悠然と姿を見せるレギオン。
あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、涼しげな顔をしている。
「あるいは、勇者の末裔よりも貴方の方が危険だったのかもしれませんね。ここで貴方の相手ができたのは幸運でした」
レギオンはそう言うと、次の瞬間大量のレギオンが出現する。
その数は百や二百ではきかない。千人は軽く超えているだろう。
「行きます」
レギオンの大群がルイシャに襲いかかる。
ルイシャは魔竜モードの力を解放し、大量のレギオンたちを攻撃する。
一撃放つごとに百人近いレギオンを吹き飛ばし、数を減らしていく。しかし減った分のレギオンはすぐに補充され、絶えず大量のレギオンがルイシャに殺到する。
「がああああっ!!」
ルイシャは力を出し惜しみせず、必死に戦った。
しかし魔竜モードを使ってもレギオンを倒すことはできなかった。最初こそ圧倒していたルイシャであったが、次第にその力も落ちていってしまう。
「羊頭突駆」
力が落ちた隙を突き、レギオンの強烈な頭突きがルイシャの脇腹に突き刺さる。
衝撃が筋肉を貫通し、内臓までダメージが届く。ルイシャはすぐさま頭突きをしてきたレギオンを倒すが、受けたダメージは大きかった。
「この!」
ルイシャはマントを自身にまとわせると、形状を変化させマントからいくつもの刃を外側に生やした。
レギオンたちは何十人も串刺しになり命を落とすが、その後ろから次々と別のレギオンが押し寄せてくる。
「まだ、まだ……!」
倒しても倒しても敵が湧いてくる絶望的な状況。
しかしルイシャは諦めなかった。
どれだけ痛めつけられても挫けずレギオンを倒し続けた。もしここで倒れてしまえば、彼の矛先は愛すべき人のもとへ向いてしまう。
それだけは防がなければいけない。
――――そんな彼の体力が尽き、その場に膝をついたのは戦い始めて一時間が経った時であった。
「ぐ、あ……っ」
魔竜モードが終了したルイシャは、苦しげな声を出しながら地面に手をつき体を支える。
全身が悲鳴を上げ、もう動くなと言ってくる。彼の体にはもはや傷がない場所の方が少なく、戦える状態ではなかった。
指を動かすだけで痛みが走り、苦痛で顔が歪む。
しかしそれでもルイシャは戦うことを選択した。
「ぜえ、ぜえ……気功術、禁式……不落城……!」
痛みで動かないはずのルイシャが動き、立ち上がる。
それを見たレギオンは驚いたように「ほう」と言う。
「もはや動ける体ではないはず。無理やり体を動かす技を使った……といったところでしょうか」
レギオンの推測は正しかった。
ルイシャが使ったのは気功術の禁式の一つ、『不落城』。
その技は気功の力で筋肉を伸縮し、無理やり動かす技だ。
この技を使えば例え全身の骨が折れていようと、動けないダメージを負っていようと、思い切り動くことができる。
しかしもちろんその様なことをすれば体が致命的なダメージを負ってしまう。ゆえにこの技は『禁式』とされ、使用が禁止されている。
この技を教えたリオもルイシャにこの技の使用を禁止していた。
ルイシャは心の中で「ごめん」とリオに謝る。
この技は勝つための技ではない。例え命を失ってでも敵を足止めし、殿を務めるもの。
だがリオがこの技を教えたのは、動けない怪我を負っても逃げられるようにするためであった。今のように命を捨てるためではない。
しかしそれでも……ルイシャはこの技しかすがるものがなかった。
「来い、僕はまだ戦えるぞ……!」
「……敵ながら見事。あの子が夢中になるのも納得です」
レギオンが一歩近づくと、ルイシャは彼に殴りかかる。
「あああああっ!!」
ふらふらの体で何度もルイシャは殴りかかる。
もはや魔法や気功術を使う体力は残っていない。不落城の力でなんとか動けるだけであり、その攻撃も今までのような威力も精度もない。
いくらレギオン単体がそれほど強い存在ではないとはいえ、そんな状態では長くは戦えない。
レギオンはルイシャの攻撃をかわすと、傷ついた体に追い打ちを重ねる。
「ここ」
レギオンの蹴りがルイシャの膝を砕く。
思わずその場に倒れそうになるルイシャだが、『不落城』の力で無理やり膝を補強し、踏みとどまる。
するとレギオンは今度はルイシャの腕を二人がかりでつかみ、強引にへし折ってしまう。
「――――っ!!!!」
あまりの痛みに気を失いそうになるルイシャ。
歯を食いしばり、なんとか意識を繋ぎ止めるが、レギオンの非情な攻撃は止まない。
「殺す気はありません。貴方はあの方のお気に入りですからね。ただ――――二度と刃向かえぬよう、教育させていただきます」
レギオンはまずルイシャの両手足を折り、動けなくしてから執拗に痛めつけた。
拳を握れば手の骨を砕き、魔法を使おうとすれば魔力回路をナイフで切り裂く。そうやって反撃する気力を丁寧に折っていく。
「人は痛みに抗えません。いくら屈強な男でも、痛みを与えれば心を折るのはたやすい。そして一度折れた心は二度と元には戻りません。貴方も我々の仲間になるんですよ」
今までレギオンは『痛み』を使って敵を配下にしてきていた。
今回も同じようにルイシャを仲間に引き入れるつもりであった。そうすればシャロを仕留めるのも容易と考えていた。
「さあ、仲間になると言いなさい。そうすればこれ以上の暴力はやめましょう」
レギオンは優しく問いかける。
今まで何百回とこの言葉をかけてきた。そしてこの言葉に抗えた人はいない。しかし、
「ふ、ざけるな……」
ルイシャは口から血を流しながら、その言葉に反抗した。
それだけではない、折れた腕で地面をつかみ、立ち上がってみせた。
もはや怪我をしていない箇所の方が少ない満身創痍の状態。生きているというより死んでないと言った方が正しい極限状態にもかかわらず、ルイシャは自分の意志を曲げなかった。
「お、前は……ここで……止め……」
「――――っ!」
レギオンは初めて敵に恐怖を覚えた。
そして自分では目の前の人物の心を折ることが不可能なこともまた、同時に理解した。
(この少年はここで殺しとかなくてはいけない。そうしなければ必ず我々の障害になる……!)
初めて出会った、痛みに屈しない人物。
レギオンはルイシャを仲間にすることを諦め、確実にここで殺すことを決める。
「勉強になりました。世界には貴方のような思い通りにならない存在がいることを」
二人のレギオンが両脇からルイシャに近づき、腕をがっしりとつかむ。
ルイシャは身をよじり抵抗するが、力が出せず抜け出すことができない。
「はな……せ……!」
「恐ろしい少年だ。ここで貴方を殺すことができて良かった」
レギオンは拳を固く握り、中腰で構える。
そしてルイシャの左胸めがけて思い切り打ち込む。
「が……っ!?」
ごきっ、という音と共にルイシャの左胸が陥没する。
深々と突き刺さったレギオンの拳は、ルイシャのあばら骨を砕き、その先にある心臓まで達する。
それだけにとどまらず、レギオンは拳をひねりながら更に深く押し込んだ。砕けたあばら骨が体の中で暴れまわり、血管を、肉を、そして心臓に突き刺さり、引き裂いてしまう。
「あ……」
ぽつりと声を漏らすルイシャ。
拳を打ち込まれた直後は視界が赤くなり、全身にカッと熱が入ったが、今は視界がモノクロになり熱が急速に冷めていく感覚だった。
『死』の明確なイメージが脳に浮かび、全身を支配していく。
「寂しくはありませんよ。すぐに貴方の友人も同じところに行きますから」
遠くでレギオンの声が響くが、なんと言っているかは分からない。
体が氷のように冷たく感じ、五感が失われていく。先程までルイシャを苦しめていた痛みも、今はどこにも感じない。
レギオンが拳を引き抜くと、ルイシャはその場にうつ伏せに倒れる。その心臓はもう動いておらず、息も完全に止まっている。
それを確認したレギオンはルイシャに背を向ける。
「安心してください。すぐに貴方のお友達も同じところにお送りします。寂しくはありませんよ」
レギオンはそう言ってシャロたちが消えていった方角に向けて歩き出す。
「…………」
その戦場跡地には倒れたルイシャしか残っていない。
ルイシャの体は完全に活動を停止しており、魔力の流れも止まっていた。熟達した回復魔法使いであっても今のルイシャを蘇生するのは不可能だろう。
そんなルイシャの体に異変が起こる。
徐々に彼の周りの空間が歪み、彼の体が薄くなっていく。周囲には誰もいない。ルイシャの意識もない。しかし彼の肉体はどんどん透けていく。
異変が起こり始めて数十秒後。彼の体は完全にその場から消えてしまう。
こうしてルイシャは完全にこの世界から消失してしまう。その場には凄惨な戦いの跡のみが残るのだった。