第11話 逃走劇
「足元に気をつけてください! 私の後をついて来れば大丈夫です!」
再び迷いの森に入った一同。
相変わらず迷いの森には霧が満ちており、視界が悪い。根が露出していて足元も不安定で歩きづらい。
しかしそんな場所にもかかわらず、蛇人族のルビイはするすると進んでいく。
「凄いですね、霧なのに見えてるんですか?」
「蛇人族には蛇と同じく熱を感知する器官が備わってます。そして魔力を探知する能力も高いです。これらの能力を駆使すれば、霧の中や光が一切ない場所でも歩くことができます」
ルイシャの問いにルビイは答える。
彼女の言う通り、蛇人族は感覚器官が非常に発達した種族であった。
エキドナが未来を視ることができたのも、この発達した感覚器官のおかげといっても過言ではない。
優れた感覚器官、高い魔力、情報を処理する脳、そしてそれらを補助する王紋。それらが相乗効果を発揮することで未来を視るという神業は成り立っていた。
「凄いですね。この調子なら来た時よりもずっと早く森を抜けられそうです」
ルビイの先導もあり、一同は迷いの森を順調に進んでいた。
そうしてあと数分で森を出られるところまで来るが……そこでルビイが突然なにかに気づいたように後ろを見る。
「そ、そんな!?」
「どうしたんですか、ルビイさん」
「私たちの後方に追って来ている人がいます! この歩き方と体温、蛇人族じゃありません。ということは……」
「あのレギオンって人か……早いですね」
走りながら険しい表情をするルイシャ。
レギオンが追って来ているということは、既にエキドナと他の蛇人族たちはやられたことになる。
自分たちを逃すため犠牲になった彼女たちを思いルイシャは歯噛みする。
そんな悔しそうにするルイシャを見て、ルビイはある決心を固める。
「後もう少しで森を抜けられます。みなさんは逃げてください。私がここで一秒でも時間を稼ぎます……!」
「そんな、危険すぎますよ!」
「私たち蛇人族はずっとあなた方を待っていました。今まで表舞台に姿を現さず、隠れて過ごして来たのも今日この日のため。私ひとり逃げたらエキドナ様や仲間のみんなに申し訳がたちません」
「ルビイさん……」
ルイシャは彼女の決意の固さを感じ取った。
なにを言っても決意が揺らぐことはないだろう。
「行ってください! 後は任せました!」
ルビイは振り返ると、その場に立ち止まる。
ルイシャたちは再びその場に残りたい衝動に駆られるが、ここで立ち止まったらエキドナたちの犠牲も無駄になってしまう。振り返りたい気持ちをこらえ、彼らは進む。
「はあ、はあ、もう少し、だ……!」
ルビイと別れ、先に進むととうとう霧が薄くなってくる。
方位磁針を頼りにし、走り続けた彼らは遂に、迷いの森から脱出に成功する。
「出れた……!」
「はあ、はあ……さすがに疲れたわね」
「休んでいる暇はありません。魔空艇に急ぎましょう」
彼らの少し先には魔空艇が変わらず停泊していた。
起きているかは分からないが、そこにはヴォルフもいるはずだ。
相手は得体の知れない相手ではあるが、空を飛べるようには見えない。一度飛び立ってしまえば追ってくることは不可能だろう。
三人は魔空艇に向かって走り出す。しかし、
「やれやれ……思ったより逃げられてしまいましたね。蛇人族の再生能力を舐めていました」
背後から聞こえる声。
振り返るとそこには羊の獣人、レギオンの姿があった。
服には返り血がついているが、疲れている様子もダメージを負っている様子もない。
あまりの速さに絶句するルイシャたちに、レギオンは右手に持っているものを見せつける。
「これ、落としものですよ」
そう言って地面に投げ捨てたのは、先ほど別れたルビイであった。
彼女の体にはいくつもの打撲痕が痛々しく残っており、綺麗な鱗も何枚か剥げ落ちていた。息こそまだあるが、かなり衰弱している様子だ。
レギオンはそんな彼女の頭部を踏みつけ、更に痛めつける。
「うっ、ぐ……」
「元蛇王はそこそこ強かったですが、他は全然駄目でしたね。まあこんなカビ臭い森の中に引きこもっていてはそれも仕方ありませんが」
明らかな挑発。
乗るべきでないのは三人とも頭では理解している。魔空艇はすぐそこであり、逃げるのを優先するべきだ。
しかし自分たちに親切にしてくれた人をまるでボロ雑巾のように扱われ、これ以上は我慢できなかった。
「あんただけは許さない……!」
剣を握り、レギオンに斬りかかるシャロ。
それと同時にルイシャとアイリスも駆け出し、レギオンに挑むのだった。