第10話 未来を守る者たち
「逃げろっ!! ここは私が抑える!!」
エキドナは髪を逆立たせ牙を向きながらレギオンを威嚇し、叫ぶ。
もはや倒すという目標は彼女の頭の中にはなく、「なるべく時間を稼ぐ」ということしか考えられなかった。
(こいつはやばすぎる、今勝つことは絶対に不可能だ。王紋も無くした今の私でどこまで時間を稼げるか……!)
エキドナの脳裏に浮かぶのは自分の死のビジョン。
しかしそれでも未来を守るため、彼女はレギオンに襲いかかる。
一方それを見ていたルイシャは、今自分はなにをするべきなのかと逡巡していた。
このまま見捨てていいのか。一緒に戦った方がいいんじゃないか。そう思い助太刀しそうになるが……その足を止める。
(相手の狙いは僕じゃない、シャロだ。だったらまずはシャロを逃がすことを第一に考えないと……!)
最初に現れたテセウスは未来視の能力を持っているエキドナと、勇者の末裔であるシャロが目標だと言っていた。
未来視を失った今、エキドナは彼らの目標から外れたはず。となればレギオンの狙いはシャロのみになる。
もしルイシャが残って戦うと言ったら、シャロも必ず残ると言い出すであろう。もしそうなったら命を賭して残ることを選択したエキドナの顔に泥を塗ることになってしまう。
それだけは避けなくてはいけない。
「……シャロ、アイリス。ここはエキドナさんに任せよう。逃げるんだ!」
「え、いいの!? 私たちも戦った方がいいんじゃ……」
「分かりました。ルイシャ様の決定に従います」
シャロは残ろうとしたが、アイリスはルイシャの案に賛同した。
反対一に賛成二。シャロは性格的に逃げたくはなかったが、信頼する二人の選択を信じることにした。
「……分かったわ。そうと決まったら急ぎましょう!」
シャロが先頭を切って駆け出し、ルイシャたちもそれに追随する。
それを見たレギオンは彼女たちのもとに行こうとするが、その行手をエキドナが塞ぐ。
レギオンは複数いるためエキドナを避けて進もうとする者もいるが、他の蛇人族たちがそれを許さない。
「行かせはしない。あやつらは希望なのだ」
「やれやれ……もう貴女に用はないんですけどね」
◇ ◇ ◇
エキドナと別れたルイシャたちは、全力で蛇人族の里を駆け抜けていく。
蛇人族たちは総出でレギオンを食い止めているため、里の中に蛇人族の姿はない。
今こうしている間にも蛇人族たちは戦っている。ルイシャは戻って加勢したい気持ちになるが、歯を食いしばって我慢する。
レギオンと相対した時間はわずかであったが、ルイシャはレギオンから得体のしれないものを感じていた。
個人の戦闘力はそれほど高く感じなかったが、それなのに勝てる予想図が見えなかったのだ。
「ねえルイ! 逃げるのはいいけど、あの森ってどうやって抜けるの!?」
「あ、そうだった。迷いの森の抜け方を聞いておくべきだったね……」
蛇人族の里は霧に閉ざされた森に囲まれている。
入るのに苦労した分、出るのにも苦労するはずだ。どうしたものかと考えていると、一つの影がルイシャたちのもとに近づいてくる。
「みなさん! 無事ですか!?」
近づいてきたのはルイシャたちの案内役をした若い蛇人族、ルビイであった。
急いで走ってきたのか服や鱗が擦り切れ汚れている。
「ルビイさん! どうしてここに!?」
「エキドナ様からみなさまを手助けするように言われました。ここに来る時に使っていた方位磁針は持ってますか?」
「はい。ここにあります」
ルイシャはこの里を指し示す方位磁針を取り出す。
「よかった。その方位磁針はこの里を指しています。その針の指す逆方向に進めば森を抜けられます。この里の入口から出れば、最短で森から出られるはずです、私が先導しますので着いてきてください!」
「分かりました、ありがとうございます!」
こうしてルイシャたちはルビイと共に、森からの脱出を計るのだった。