第8話 不死のテセウス
「超位火炎!」
ルイシャの手から放たれた巨大な炎が、テセウスの体を飲み込む。
鉄すら溶かす超温度の炎。しかし不死王の王紋を持つテセウスはその炎が消えるとその中から悠然と姿を現す。
確かに魔法は当たっている。現にテセウスの体の表面は炎により炭化している。
しかしまるで時が戻るかのように彼の体は元に戻っていってしまう。その異常な光景にルイシャたちは顔をしかめる。
「炎も駄目か……これはちょっと参っちゃうね……」
「どうすんのよルイ。氷魔法も雷魔法も斬撃も打撃ももう試したわよ」
「再生している、というよりダメージをなかったことにしているように見られます。復活する時に魔力を消費しているようにも見えませんし、このまま攻撃を続けても押し切れなさそうですね……」
戦いながらテセウスの能力を分析するルイシャたち。
純粋な戦闘力だけならばルイシャたちはテセウスに勝っていた。しかし不死の力のせいでいくら戦っても勝ちの目が見えなかった。
次はどの手を試そうと頭を回していると、エキドナがルイシャたちのもとにやってくる。
「おそらく奴は再生系の能力ではなく、概念系の能力を有している……正しい対処法をいくら攻撃しても無駄だ」
「エキドナさん。ではどうすればいいんですか?」
「そういった手合いにはこちらもそれ以上の『特殊な能力』で対処するしかない。……しかし私も予知能力に力のほとんどを割いているゆえ、あれを無効化できる能力は持っておらん」
「特殊な能力……ですか。残念ながら僕たちもあの不死を突破できるような能力は持っていません」
喋りながらルイシャは焦燥感を覚える。
まさか不死の能力を持っている敵と戦うことになるとは思わなかった。
テスタロッサからそのような存在がごく稀にいることは聞いていたが、そういった相手と戦う方法よりも基礎の力を上げる特訓を優先してしまっていた。
そのおかげで今まで強敵と渡り合うことができていたとも言えるが、ここに来て詰みのような状況に陥ってしまった。
少しでいいからそっちの特訓もしておくべきだったと後悔する。
「…………」
険しい表情をするルイシャの横顔を見るエキドナ。
彼女はなにかを決心したような顔をすると、ルイシャにある提案をする。
「私に不死を突破する能力はないが……奴を倒す手段がないわけではない」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、しかし少しだけ時間がかかる。お主たちに時間を稼いでもらいたいのだが……やれるか?」
「はい! 任せてください!」
ルイシャはシャロとアイリスに目配せすると、テセウスの方に突っ込んでいく。
彼らが足止めをしているのを見ながら、エキドナはその手段の準備をする。
「ふっ、どんな方法かも聞かんとは。お人好しなとこまでオーガそっくりだ。だが……いつの時代も世界を救うのはそういった者なのかもしれぬな」
エキドナは自分の服をめくり胸元上部を露出させる。
そしてそこに刻まれている『蛇王』の王紋を右手で握る。
「ぐ……っっ……!!」
痛そうに顔を歪めるエキドナ。
それでも構わず思いきり王紋を握ると、王紋の放つ光は強くなっていき……その光が右手に移ってしまう。
「はあ……はあ……初めてだったが……上手くいったみたいだな」
なんとエキドナの胸に刻まれていた王紋は消えて無くなり、彼女の右手の中に光の塊となり移っていた。
それを手放さぬよう、ぎゅっと強く握ったエキドナは、テセウスと戦うルイシャたちのもとに赴く。
「よくぞ足止めしてくれた! 後は私に任せろ!」
エキドナは物凄い勢いで地面を這い、テセウスに接近する。
そして長い尻尾を器用に動かし、テセウスの体に巻きつけてその動きを封じる。
「捕らえた! 貴様の狼藉もここまでだ……!」
「凄い力ですが、いくら強く締め付けたところで私を殺すことはできません。我慢くらべでもするつもりですか?」
「ふふ、時間をかけるつもりはないよ」
エキドナはニッと笑みを浮かべると、光をつかんでいる右手を見せつける。
それを見たテセウスは、最初は理解できず首を傾げたが、すぐにそれが意味することに気づき、表情を一変させる。
「ま、まさか……!? 正気ですか!?」
驚愕し顔面蒼白になるテセウス。
その様子を見てエキドナは「くくっ」と楽しげに笑う。
「ようやく焦ったか。良かったよ、これなら貴様にも効くみたいだな」
「馬鹿な真似は良しなさい! それをすれば貴女の『力』も消えるのですよ!!」
「構わんさ。どの道ここで死んでは意味がない。この力が惜しくないといえば嘘になるが……私の犠牲は、後に続く者の道となる。ならば悔いは微塵もない」
エキドナは一瞬だけ、自分の手の中を惜しそうに見つめたあと、決意を固める。
そして右手を上に振り上げると、拳を握り思いきり振り下ろす。
「食らえっ! 紋章対消滅!」
「やめろおおおおおっっ!!!!」
テセウスの必死の抵抗むなしく、光り輝く拳は命中する。
その拳が当たった瞬間、テセウスの額には『不死王』の王紋が浮かび上がる。
「はあああああっっ!!」
エキドナが更に力を込めると、彼女の拳が王紋にめり込んでいき……そして『不死王』の王紋にヒビが入る。
周囲には激しい衝撃波が飛び散り、それをゼロ距離で受けているエキドナの体には至る所に生傷ができている。筋肉が断裂し、蛇の鱗も剥げてしまっている。
しかしそれでもエキドナは力を緩めず拳を押し込む。
「これで、終わりだっ!」
最後の力を振り絞り、拳を押し込む。
するとパリン! というガラスが砕けるような音と共に、テセウスの王紋が砕ける。
砕けた王紋は周囲に散らばると、光の粒子になって空気に溶けていく。
「私の、不死が……!」
消えていく自らの王紋を見て、テセウスは絶望的な表情を浮かべる。
そして消えいく光の粒子に手を伸ばしたまま、がくりと意識を失う。
「見たか我が友よ。未来を、守ったぞ……」
テセウスが能力を失ったのを見届けたエキドナは、満足そうにそう言うと、自らもその場に倒れ込むのだった。