第7話 闖入者
「誰だお前は!? なぜエキドナさんを攻撃した!」
ルイシャは竜王剣を構えながら、
警戒する。
彼らがいるのは『男子禁制』の蛇人族の里。いくら蛇人族の多くがこの広場に集まっているとはいえ、外からの侵入者を許すとは思えない。
そもそもこの里の存在は外の世界に知られていないはず。それなのになぜこのタイミングで……。ルイシャは頭を巡らすが答えはでなかった。
「ふむふむ、君があの方のお気に入りで、その桃色の髪の娘が勇者の子孫ですね? そっちの金髪は……吸血鬼の娘か。こっちは無視でいいでしょう」
「ずいぶんな物言いですね……」
男の言葉に、アイリスが不快感をあらわにする。
一方ルイシャは、警戒しながらもその男に問いかける。
「あなたは何者ですか? なぜ僕たちのことを知っているのですか?」
「名乗りが遅れたね、我が名はテセウス。なぜ私が君たちのことを知っているかについては、教える必要がない。なぜなら……君たちにはここで死んでもらうのだから」
「……っ!!」
ルイシャたちは武器を強く握り、戦闘に入ろうとする。
すると腹部を刺され倒れていたエキドナが起き上がりルイシャたちの前に出る。
「エキドナさん! 動いたら傷が……」
「問題ない……この程度かすり傷だ」
エキドナは刺さっていた刃物を抜き、地面に放り投げる。
栓をしていた刃物が抜けたことで傷口から血が噴き出るが、すぐにその血は止まり、傷も塞がっていく。蛇人族の再生能力は人の比ではなく、その長であるエキドナの再生能力は蛇人族の中でも突出して高かった。
痛みこそあるがこれくらいの傷ならまだ戦闘可能であった。
「テセウスと言ったな。お前のことは一回も未来視には映らなかった。つまり貴様は創世教の者。しかもその中でも上の立場の者だ……違うか」
「ご明察。さすが勇者の仲間エキドナ、素晴らしい洞察力です。やはり始末に来て正解でした」
「なるほど、私の未来視を恐れての行動だったか。そしてついでに勇者の末裔も始末する……と。ずいぶん欲張りなのだな」
「我々も表舞台じゃ目立って動けないのでね。しかしこの里であればどれだけ派手に動いてもバレることはありません。助かりましたよ……こんな辺境の地に引きこもってて下さって」
「抜かせっ!」
エキドナが吼えると、蛇人族たちが曲剣を二本、彼女に向けて投げる。どうやら話をしている間に用意していたようだ。
エキドナはその曲剣を握ると、テセウスに斬りかかる。
「おっと、危ない」
テセウスは後ろに跳び、その攻撃をかわす。
するとその着地地点に武器を持った蛇人族の兵たちが襲いかかる。
「おや」
「死ね! 侵入者!」
蛇人族の兵たちは手にした槍を突き出し、テセウスの体に突き刺す。
鋭い穂先が体を貫通し、辺りに血が飛び散る。致命傷を与えた感覚を覚える兵士たちであったが……テセウスはそんな状況にあっても表情ひとつ崩していなかった。
「退屈な攻撃だ。その程度では私を足止めすることも叶いません」
「な……っ!?」
テセウスな何もない空間に手を入れると、その中から大きな刃物を取り出す。
そして体に何本もの槍が突き刺さったまま、その刃物を振るい蛇人族たちを切りつけ、倒す。
蛇人族の兵を倒したテセウスは、体に突き刺さった槍を抜き、エキドナに向き直る。彼の体に空いている穴はすぐに塞がり、血も止まる。
エキドナは高い再生能力で傷を治したが、テセウスのそれは彼女のそれとは全く違うように見えた。そもそもダメージを受けているようにすら感じられない。
「なによこいつ!? 不死身なの!?」
「察しがいいですね、勇者の子孫。その通り……私は『不死』なのですよ」
テセウスが服を引っ張り胸元を露出させると、そこに光り輝く『王紋』が現れる。
「かつて医者であった私は、永遠の命を欲して様々な実験をしていました。しかしいくら体を改造しても不死を手に入れることはできませんでした」
彼の体にある手術跡は、自分自身を手術してついたものであった。
「しかし創世教と出会い、私は変わった! この『不死王』の王紋……主よりこれを賜った私は、念願の永遠の命を手に入れました」
テセウスは恍惚とした表情を浮かべながら、エキドナを見る。
「どんな強い者だろうと、殺せない者を殺すことはできません。蛇王エキドナ、そして勇者の末裔シャルロッテ。貴女たちには創世教のため、尊い犠牲となっていただきます!」
テセウスはそう宣言すると刃物を手にしエキドナに襲いかかる。
医者である彼が手にしている刃物は巨大なメスであった。彼の扱う刃物は生物の体を裂くことに特化しており、軽く触れただけで容易く肉を裂いてしまう。
そのメスエキドナは手にした曲剣でそれを迎え撃ち、両者は互いの得物を押し付け合う。
二人の体の大きさは開いている。腕力ではエキドナが圧倒的に優位なように見えたが、エキドナはテセウスを押し返すことができなかった。
「こやつ、なんて力だ……!」
「私の体は改造され尽くされています。獣人の筋繊維に魔族の魔力回路、牙や爪は飛竜種のもの……他にも多数のモンスターの細胞が私を構成しています。もはや人間である部分は残っていないと言ってもいいでしょう」
「その上『不死』か。厄介なことこの上ないな……!」
エキドナは尻尾を振ってテセウスを攻撃し、わずかに後退させる。
彼女の尻尾による攻撃は木造の家屋程度なら一撃で倒壊させる威力がある。しかしその一撃をもってしまてもテセウスはわずかに怯んだだけであった。
(駄目だ! 奴を倒せる未来が視えぬ! このまま戦っていてもこちらが消耗するだけだ……!)
いくら未来を視ようとしても、霞がかかったようになってしまい未来を視ることができなかった。エキドナは最悪のケースを回避すべくルイシャたちに言葉を放つ。
「逃げろ! お前たちだけは死んではいけない! こやつは私が抑える!」
長い髪を逆立て、鋭い牙を剥きテセウスを威嚇するエキドナ。
鬼気迫る恐ろしい形相であったが、テセウスは涼しげな顔を崩さなかった。
「無駄ですよ。既にこの里は結界魔法で囲っています。虫一匹逃げるのは不可能……私を倒さなくてはね」
「くっ、準備は万端というわけか……」
エキドナは憎々しげにテセウスを睨む。
テセウスはメスの刃先をエキドナに向けると、再び襲いかかる。すると、
「させるか!」
鋭いメスの刃先を、黄金の刀身が止める。
エキドナとテセウスの間に割って入り、刃を止めたのは竜王剣を出したルイシャであった。
彼がテセウスの攻撃を止めると、すぐさまシャロとアイリスも動き、強烈な蹴りをテセウスにお見舞いする。
「ほう、これはなかなか……!」
二人の攻撃を受け、テセウスはよろけるが楽しそうに笑う。
全くダメージを負ってないその様子にシャロとアイリスはドン引きする。
「なによこいつ!? どうすれば倒せんの!?」
「斬っても叩いても駄目となりますと……燃やすとかでしょうか?」
「考えても答えは出ない。色々試してみよう!」
ルイシャの言葉にシャロとアイリスは頷く。
不死の強敵のいる檻に閉じ込められているにも関わらず、彼らに絶望の色は微塵もなかった。
そんな彼らに、エキドナは問いかける。
「あやつの狙いは私だ。お主たちは戦う必要はない。結界魔法が張られてはいるが、お主たちならそれを破ることも可能だろう。早く逃げるんだ」
「それはできませんエキドナさん」
「なぜだ! 今日知った私のことなど見捨てればいいだろうが!」
そうエキドナは吠えるが、ルイシャは首を縦には降らなかった。
彼はまっすぐエキドナのことを見ながら言葉を続ける。
「確かに僕は貴女に会ったばかりです、まだ完全に貴女のことを信用できてはいません」
「ならば……」
「ですが僕たちのために自分の身を犠牲にしようとしている貴女を置いて逃げるなんてできません。僕たちも戦います!」
ルイシャはそう言うとシャロたちと一緒にテセウスに向かっていく。
その背中を見たエキドナは、かつての自分たち……勇者パーティのメンバーの背中とその背中を重ねる。
「時代は変わっても……か。もう次の世代に託す時なんだな、オーガよ」