第5話 歴史の裏で起きたこと
「ふう……なんとかなった」
瓦礫の中に倒れ、動かなくなったエキドナを見てルイシャは安堵する。
相手は王紋の持ち主、これで完全に倒せたかどうかは分からないが、少しの間動けないだろう。今の一撃で屋敷の壁を壊すことにも成功したし、今なら脱出できる。
「さすがルイ! やったわね!」
「わっ!?」
テンション高くルイシャに抱きつくシャロ。
少しの間彼女の胸に顔を埋められたルイシャは、顔を赤くしながら脱出すると、穴の空いた壁を指差す。
「い、今はひとまず脱出しよう。勇者の情報は欲しいけど……僕たちの作戦がバレた今、この里にいるのは危険だ」
「そうですね、一度作戦を立て直す必要がありそうです」
ルイシャの言葉にアイリスも同意する。
壁が壊れたことでかなりの音が鳴った、おそらくすぐに他の蛇人族がその音を聞きつけてやってくるだろう。
エキドナから話を聞くことができないのは痛手だが、巨躯のエキドナを連れて逃げることは不可能だ。なのでここは一旦逃げて策を立て直すのが最善に思えた。
「よし、それじゃあ一旦魔空艇まで逃げよう。もしはぐれちゃったらそこに集合で」
ルイシャの言葉にシャロとアイリスが頷く。
三人は素早く空いた穴から飛び出し、里から脱出しようとするが、
「な……っ!?」
屋敷から外に出たルイシャたちを待ち構えていたのは、大勢の蛇人族であった。
里に住む多くの蛇人族がそこには集まっており、屋敷に空いた穴を囲うように集まっていた。
「くっ、まさかここまで想定してたなんて……!」
「ど、どうすんのルイ?」
「やるしかない、のでしょうか……」
武器を構えながら表情を引き締める三人。
さすがにこの人数相手に戦わず逃げるのは厳しい。戦うしかないのかと思っていると……
「戦う必要はない。お主らは合格だ」
ガラ、という音とともに瓦礫の山が持ち上がり、その下からエキドナが姿を表す。
まだ動きは緩慢だが、問題なく動けるようだ。あの一撃を食らってもう動けるのかとルイシャは驚く。
「……合格とはどういうことでしょうか?」
「言葉のとおりだ。申し訳ないがお主らのことを試させてもらった。覚悟と強さなき者に話すわけにはいかぬからな」
「話が読めないのですが……『話す』とはなんのことでしょうか」
「決まっている。勇者オーガのことだ」
「っ!!」
ルイシャたちの間に衝撃が走る。
まさか向こうからその話をしてくるとは思わなかった。
いったいなぜその話をしてくれるのか。なにかの罠ではないのか。
ルイシャは警戒するが、その話を聞かずに逃げを選択することはできなかった。
彼の顔を見て聞くことを選択したことを察したエキドナは「来るといい」とルイシャに背中を向け歩き出す。
すると他の蛇人族たちもエキドナの後を追って行く。
必然的にルイシャたちは残される形となる。
「どうすんの、ルイ?」
「……行くよ。話を聞かなくちゃ」
決心したルイシャはエキドナたちの後を追い歩き出す。
エキドナがやってきたのは里の中心部にある、円形の広場であった。中央部がくぼんでおり、外周部は段々になっていて人が座れる様になっている。
エキドナは自分用の大きな台に腰を下ろす。他の蛇人族たちは外周部の階段に座し、ルイシャたちは広場の中央の平らな場所に立ちエキドナと対する。
「それでエキドナさん。勇者オーガの話というのは……」
「慌てなくても話す。その前に一杯だけ飲ませてくれ」
「え?」
エキドナは蛇人族が四人がかりで持ってきた大きな酒樽を片手でつかむと、鋭い爪で穴を開け、そこから豪快に飲む。
ごくっ、ごくっ、とそれを美味しそうに飲んだ彼女は、酒樽を地面に下ろし、語り始める。
「結論から言おう。私は勇者オーガの最期を知らない。そしてなぜあやつが魔王と竜王を無限牢獄に閉じ込めたのかもな」
「え……ッ!?」
エキドナの言葉にルイシャは驚く。
そもそもルイシャが勇者オーガのことを知りたかったのは、自分の恩人であり愛する二人の女性、魔王テスタロッサと竜王リオを無限牢獄の中から救うため。
そのために勇者オーガのことを知りたかったのだが、なんとエキドナはそれを知らないという。
ここまで来たのに……と、ルイシャは強い虚脱感を覚える。
「待て、そんなに残念そうな顔をするな。確かに私は友オーガの最期を知らぬ。しかし奴がなにを成そうとしていたのかは知っておる」
「勇者オーガが成そうとしたこと……?」
「うむ。そもそもの発端は私の予言から始まったのだ」
エキドナは姿勢を崩し、リラックスできる体勢を取ると昔を思い返しながら語り始める。
「私たち勇者一行は悪虐王を倒し、世界に平穏をもたらした。仲間たちはそれぞれ故郷に戻り、平和な暮らしを謳歌していた。私も里に戻り、元の生活に戻っていた。だが……」
語るエキドナの顔が曇る。
その瞳には『恐れ』の色が浮かんでいた。
「私は視てしまった。数百年後、恐ろしい存在がこの地の人間を滅ぼす未来を。私たちが倒した悪虐王など比ではない、恐ろしい存在だった――――」
鬼気迫る表情で語るエキドナ。
それを聞いたルイシャたちにも緊張が走る。
「その者は空を裂き、海を割り、大地を沈めるほどの力を持っていた。更に数百万の軍勢を率い、一切の慈悲はない。その未来を視てしまった私は、すぐに友オーガにその未来を教え、世界を救う術を一緒に考えたのだ」
「そんなことが……」
ルイシャは緊張した面持ちで話を聞く。
エキドナの語る話は世界中のどの文献にも残っていないものであった。彼女たち蛇人族以外でこの話を知ったのは、ルイシャたちが初めてであった。
「私の未来視は起こり得る未来だけでなく、派生する別の未来、そしてその未来に到達するための要素も視ることができる。私が視た破滅の未来を回避するために重要な要素……それこそが魔王と竜王だったのだ」
「な……っ!!」
突然でてきたその名前にルイシャは驚く。
まさかこのタイミングで彼女たちの話が出てくるとは想像していなかった。