第2話 里長
ルイシャたちが案内されたのはアルゴスの奥にある、一際大きな屋敷であった。
蛇人族は頭から尻尾までの長さは人間より大きいとはいえ、体を起こして蛇の部分を這わせながら歩行している時は人間と背丈はそれほど変わらない。
たまに大きめな蛇人族を見かけることはあったが、それでも人間の倍の大きさもないほど。
しかし……その屋敷は巨人用に建てられたのかと思うくらいデカかった。
扉も階段も手すりも、全て普通のものの倍以上、ルイシャはまるで巨人の国にでも迷い込んでしまったように錯覚する。
「い、いったいどんな人なんだろう……?」
こんな変わった屋敷に住んでいるその『里長』とはどんな人物なのだろうとルイシャは緊張する。そんな彼の感情を感じ取ったシャロは、彼の脇腹を肘で小突く。
「しっかりしなさい。ここまで来たのにここで里長の気を損ねたら台無しよ」
「う、うん」
「いざとなったら私が勇者の子孫だって明かすわ。蛇王エキドナは勇者の仲間だったらしいし、悪いようにはされないでしょ」
「そうだね……ありがとう。その時はお願いね」
シャロの言った通り、蛇王エキドナはかつて勇者オーガの仲間であった。
ここに住む蛇人族全員がその事実を知っているかは分からないが、里長であればその事実を知っている可能性は高い。
ならば仲間の子孫であるシャロに敵意を向ける可能性は低いと考えられる。
「里長、お客人三名をお連れしました」
屋敷の大広間につくと、案内していた蛇人族が扉の奥にそう告げる。
すると巨大な扉がゴゴ……と響きながら開き、その奥から蛇人族の里の長が姿を現す。
「な……っ!?」
その姿を見たルイシャはたちは驚き唖然とする。
美しい金髪と人目を引く美貌、そして下半身を覆う燃えるように赤い綺麗な鱗も目を引くが、それ以外の部分に彼らは驚いた。それは彼女の大きさ。その姿は明らかに他の蛇人族より巨大であった。
上半身だけでも10メートルは超えてそうな巨躯。下半身まで含めた体長は20メートル以上あるだろう。
「そなたたちが客人か?」
「は、はい。お会いできて光栄です、蛇人族の里長様」
「ふむ……かしこまらなくてもよい。この里に客人が来るのは稀。歓迎しようではないか」
里長の言葉にルイシャは「ありがとうございます」と頭を下げる。
見た目こそ強烈だったが、思ったよりも友好的でルイシャは内心ほっとする。
蛇王エキドナのことや勇者オーガのこと、聞きたいことは色々あるが、今日は親交を深めるだけにとどめ、ゆっくり聞き出そうとルイシャは考える。
敵対すれば情報を聞き出すことは困難になる。ゆっくり距離を詰めるべきと考えた。
「里長様、それではまず……」
「その里長様という呼び方はまどろこしくていかんな。名で呼ぶことを許そう」
里長はそう言うと、その大きな胸に手を当て名乗りをあげる。
「我が名はエキドナ。ここアルゴスの里長にして、ただ一人『蛇王』の名を持つ蛇の王だ」
「――――っ!!」
その名を聞いたルイシャたちは絶句する。
なぜならその名はかつて勇者オーガと旅をした蛇人族の名前と同じだったからだ。
ただの同名。もしくはその名を継いだという可能性も考えられるが、蛇人族が長命であるということ、そして『ただ一人蛇王の名を持つ』という発言から考えるに、目の前の人物こそかつて勇者の仲間であったエキドナと考えるのが自然であった。
(その可能性も考えなかったわけじゃないけど……まさか本当にそんなことがあるなんて……!)
若い蛇人族であるルビイですら100年の時を生きている。
ならば300年前に生きていたエキドナが今も存命であるのはあり得る話だ。
だがそんな都合のいい話があるわけないと、ルイシャたちはその可能性を深く考えていなかったため、その驚きは大きかった。
そんなルイシャたちのリアクションを見たエキドナは、おかしそうにくすりと笑った後彼らに問いかける。
「どうした? 私の名前がなにか変だったか?」
「い、いえ……なんでもありません、エキドナ様。そうだ、私たちの自己紹介がまだでしたね」
ルイシャたちは驚きを一旦胸の内にしまい込み、自己紹介をする。
勇者オーガのことをよく知る人物が目の前にいる。ルイシャたちは突然訪れた思わぬ出会いに緊張と高揚を覚えながらも、それを表に出さないよう気をつけながら自己紹介をした。
「ふむ、ルイシャにシャロにアイリスか……覚えたぞ。それでは挨拶も済んだことだ、そろそろ始めるとしよう」
蛇王エキドナはゆっくりと体を起こす。
屋敷の中に大きな影が落ち、ルイシャたちのいる場所が日陰になる。
辺りの空気が冷たくなるのを感じ、ルイシャは身震いする。
「始める……? いったいなにを始めるのですか?」
ルイシャが尋ねるとエキドナは恐ろしい笑みを浮かべ、答える。
「ふふ……『粛清』に決まっているではないか。ここは男子禁制の里、いかなる理由があろうと男がこの里に入ることは許されていない。性を偽りここまで入りこむとはたいしたものだが……その報いは受けてもらうぞ」
「な……っ!!」
性別を偽っていたことを看破され、ルイシャたちに緊張が走る。
そんな彼らの隙を突くように、エキドナの尻尾が鞭のように振るわれる。
「くっ!!」
ルイシャたちは間一髪のところでその場から後ろに跳躍し、その一撃を回避する。
目標を失ったその攻撃は床に命中し、石畳を粉々に打ち砕いてしまう。魔力も込められていない、ただ尻尾を振っただけの攻撃に過ぎないが、その威力は絶大であった。
ルイシャは撤退を考えるが、その瞬間入ってきた扉が案内役の蛇人族によって外側から閉じられてしまう。他に空いている窓や扉はない。一人だけならまだしも全員で逃げるのは不可能だろう。
「やるしかないのか……!」
「そうだ、それ以外に道はない。見せてもらおう、お前たちの実力を……!」
エキドナはそう言うと魔法を発動し、なにもない空間から二振りの曲剣を取り出しルイシャたちに襲いかかるのだった。