第1話 蛇人族の里、アルゴス
「右手にありますのがアルゴスの中央広場です! 私は暇な時はあそこでよく日光浴するんですよ! そしてこちらが里の鍛冶屋です! 私たち蛇人族の使う武器のほとんどがここで作られるんですよー! 次は……」
ルビイと名乗った蛇人族は、蛇人族の里『アルゴス』をルイシャたちに紹介しながら移動する。
その表情に敵意といったものは一切なく、むしろ乗り気、それどころか勢いが空回っている様子だ。
アルゴスは男子禁制の里。なので先にこの里に入ろうとした冒険家のケビンは攻撃を受けた。それを回避するためにルイシャは性転換魔法をかけたのだが……ここまで歓迎されるとは思っていなかった。
里の中では他の蛇人族たちにも出会ったが、みな興味深そうにルイシャたちを眺めるだけで敵意を向けてくるような者はいなかった。
本当にここは安全なのか? 騙されているわけじゃないのか? 不安に思ったルイシャは前を歩くルビイに話しかける。
「……この里には滅多に人は来ないんですか?」
「はい! 前に来たのは確か100年くらい前でしたね! その人は森に迷い込んで偶然ここにたどり着きました! まあその時はまだ子どもだったのであまり覚えていないんですけどね」
「へえ……って、100年前の話ですよね? ルビイさんはその時もう生まれてたんですか?」
「あ、そっか。人間さんはそんなに長く生きれないんでしたっけ。私たち蛇人族は他の種族と比べたら長命らしいですよ。長生きの人は500年とか生きます」
「そうなんですね……」
謎に包まれた蛇人族の生態を知るルイシャ。
彼がそもそもこの里にやって来たのはかつて勇者オーガの味方であったとされる『蛇王エキドナ』のことを調べるためだ。
エキドナがオーガとパーティを組んでいたのは300年も前の話。エキドナのことを知っている人物がもういないことも危惧していたが、彼女たちが長命種であるならば知っている者もいるかもしれない。
ルイシャは心の中で少しの希望を抱く。
「じゃあこの100年間は誰もこの里には入ってないんですね」
「はい! あ、男ならそれ以外にも何人か来ましたが、全員撃退しました! この里は男子禁制で、男は絶対に入れちゃいけない決まりがあるんですよ。古くさいしきたりではあるんですけど、これは絶対に守らなきゃいけないんですよね」
「……ちなみにもし、男が侵入していてたらどうなるんですか?」
「あはは、そんなこと絶対にありえませんけど……もしそうなったら、殺すしかありませんね」
ルビイは呟きながら、一瞬だけ爬虫類のような獰猛な目になる。
それを見たルイシャは背中に寒いものを感じる。ルビイは若く天真爛漫な少女のような性格をしているが、優秀な蛇人族の戦士一人であり獰猛で冷酷な一面も併せ持っていた。
もっともそれは彼女だけではなく、この里に住む蛇人族全員が当てはまる特徴だ。蛇人族は生まれながらにして優れた戦士なのだ。
「さ、着きました! ここはお客人用の家ですので好きに使ってください! 疲れが取れましたら里長に会ってくださいね! きっと驚きますよ!」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえ! 後でで外の世界のこと教えてくださいね! それでは!」
ルビイは元気よく言うと去っていく。
ルイシャたちはそのスピード感に困惑しながらも、ひとまず案内された一軒家の中に入る。
その家はなんの変哲もない、いたって普通の家であり、中には4人程度が寝泊まりできる家具が揃っていた。
一行は魔法などで盗聴されていないかを確認した後、椅子に座って今後のことを話す。
「で、どうすんのルイ。里長っていうのに会うの?」
「ひとまずそうするしかないと思う。せっかく友好的なのに、向こうの機嫌を損ねることはしたくないからね」
一度敵対してしまえば、関係を再構築するのは難しいだろう。
ルイシャは多少時間がかかってでも穏便に事を運ぼうとしていた。
「先ほどの会話に出た里長なる人物……いったいどのような者なのでしょうか。ここの長であるなら蛇王エキドナについても知っているでしょうか」
「知っている可能性は高いと思う。でも蛇王エキドナは一般の人には隠された情報だから、それを僕たちが知っていると知られたらまずいと思う。迂闊に聞くことはできないね」
ルイシャの言葉にアイリスは「そうですね」と頷く。
勇者オーガの三人の仲間『三界王バルムンク』『妖精王ティターニア』そして『蛇王エキドナ』の情報は勇者の子孫のみが入れる地下遺跡に隠されていた貴重な情報。
ルイシャたちがそれを知っていると蛇人族に知られたら、どこでそれを知ったのだと敵対される可能性がある。
「なるべく自分たちのことを話さないで情報を聞き出さないと。大変だけど頑張らなくちゃね」
ルイシャの言葉にシャロとアイリスは頷く。
三人は里長に会うまでの間、今後どう動くのかを綿密に話し合うのだった。
◇ ◇ ◇
蛇人族の里の最奥には、一際大きく立派な屋敷がある。
家だけでなく扉や通路も大きなその屋敷の廊下を、一人の蛇人族が進んでいた。
蛇人族の体用に作られた鎧を身につけたその蛇人族は、屋敷の中にある扉の前に着くと、手にした槍を床に置き、その場に首を垂れる。
その蛇人族の体躯は立派で、体長は他の一般的な蛇人族の倍近くあった。長く生きた蛇人族は脱皮を繰り返すことで大きく成長する。
しかしそんな彼女でも、この大きな屋敷の中では子どものように小さく見えた。
「里長。女の三人組が里にやって来ました」
蛇人族の兵士は緊張を声に滲ませながら、扉の向こうの里長に報告する。
歴戦の兵士である彼女ですら、里長と話すのはかなりの緊張を用した。
「……そうか。報告ご苦労。決めていた通り事を運ぶとしよう」
「はっ! かしこまりました!」
兵士の蛇人族はそう言うと、逃げるように扉の前から去る。
屋敷の中に再び静寂が戻ると、里長の蛇人族は部屋の中で一人楽しげに呟く。
「――――来たか、予言の子よ。その力、未来を託すに相応しいか、しかと見定めさせてもらおう」