第8話 一寸先は霧
「凄い霧だ……もうどこから来たのか分からないや」
迷いの森の中を進みながら、ルイシャは呟く。
辺りは深い霧に覆われている上、太い木が並んでいるだけで景色が変わらない。そのせいで自分が本当に進んでいるのか、それとも戻ってしまっているのかを知ることすら困難だった。
「ルイ、本当にこっちであってるのよね?」
「うん、この針の方向にちゃんと進んでるよ」
ルイシャは手に持った方位磁針をシャロに見せる。
純金でできたそれの蓋には、蛇人族の意匠が彫られている。素材だけでもかなりの値打ちのつきそうなそれは、冒険家のケビンから借り受けた物であった。
「それにしても不思議ね。この森って方位磁針は狂うんでしょ? それなのにそれは普通に使えるの?」
「ケビンさんの話だとこの方位磁針は『磁力』を使ってないみたいなんだ。特殊な鉱石が針の先端に埋め込まれていて、その鉱石の特性を使って里の方向を指してくれるみたい」
ルイシャの言う特殊な鉱石『双子石』は、砕くと細かい破片が大きな破片の場所に集まろうとする特性がある。なのでその鉱石の破片を方位磁針の針に埋め込むと、大きな破片のある方角を針が指すようになる。
つまりこの蛇人族の方位磁針に埋め込まれている双子石の大きな物が、蛇人族の里に置かれていることになる。
「へー、便利な物があるのね。ていうかそんな貴重な物、よく手に入ったわね」
「うん。ケビンさんもかなり苦労したみたいだよ。王国の田舎の骨董屋でひっそり売られてたみたい」
「よくもまあそんな物を見つけられたわね……」
骨董屋では壊れた方位磁針として売られており、更に本物の金でできていると思われていなかったせいで破格の値段で売られていた。
埃を被り、誰の目にも留まらず長い間放置されていたが、それを一目見たケビンはそれの価値を見抜き、手に入れたのだ。
「せっかくそんなお宝を譲ってくれたんだ。なんとしても蛇人族の里にたどり着かないと……」
ルイシャは言いながら足元に注意し、迷いの森を奥に奥にと進む。
霧は足元にもあるため、足元の視界も悪い。地面からは太い根がいくつも出ているので転びやすくなっている。
ルイシャたちは怪我をしないよう注意を払いながら、そしてなるべく迅速に進んでいく。
無言のまましばらく進んでいると、シャロがルイシャに話しかけてくる。
「そういえば前に闘技大会に出るって話をしてなかった? あれってどうなったの?」
「その話ならアイリスの仲間の人たちにお願いしたよ。ヴィニスも参加してくるみたいだし、なんとかなると思う」
シャロが言った『闘技大会』とは賭博の国ヴェガで行われる大会のことであった。
そこの優勝賞品が勇者がかつて使っていたベルトと聞いていてため、ルイシャたちはその闘技大会に参加するつもりであった。
しかしその大会が始まる直前で蛇人族の情報を知ったため、ルイシャは闘技大会の方はアイリスの仲間に頼んだのだった。
「闘技大会はハイレベルなものらしいですが、本気の吸血鬼に勝てる者はいないでしょう。特に最近のヴィニスはかなり強いです、私でも勝てるかどうか分かりません。心配いらないでしょう」
「そ。まあアイリスがそう言うなら任せて大丈夫そうね。私たちはこっちに集中するとしましょうか」
そんなことを話しながら一行は歩を進める。
しかし進めど進めど辺りは霧が広がるだけで景色は一向に変わらなかった。
「結構進みましたが……本当に景色が変わりませんね。日が暮れるまでに着くといいのですが」
「ケビンさんの話だとそれほど遠いわけじゃないみたいだけど……ん?」
歩いていたルイシャたちの足が止まる。
それを見たアイリスとシャロを足を止め、周囲を警戒する。
「二人とも……なにかいる。気をつけて」
耳を澄ますと、周囲から「しゅるしゅる……」となにかが擦れるような音が聞こえてくる。その音は一つではなく、複数聞こえており彼らを囲むように鳴っていた。
ルイシャはそれらの音に集中し、その正体を探る。
「……来る! 上だ!」
次の瞬間、複数の影が一斉にルイシャたちに襲いかかってくる。
一箇所に固まっていては囲まれる。三人は散るように距離を取る。すると、
『ジュアアアア!!』
けたたましい鳴き声を上げながら、大きな蛇がルイシャたちのいた場所に噛み付く。
体長十メートルはありそうな巨大な『蛇』。それらが群れをなしてルイシャたちに襲いかかってきた。
人一人くらい簡単に飲み込めそうな大きな口には鋭い牙が生え揃っていて、その牙からは紫色の毒液が流れ落ちている。噛まれたら痛いじゃ済まさそうだ。
「ちょ、なにあれ!?」
「……蛇、みたいだね。この森に生き物が住んでいたなんて」
言いながらルイシャは拳を構える。
相手が蛇人族なら話が通じるかもしれないが、普通の蛇では話を聞いてもらえないだろう。戦う他切り抜ける道はない。
「いくよ二人とも!」
ルイシャはそう叫ぶと、大蛇たちに向かい駆け出すのだった。