第7話 迷いの森
「空の女帝着陸体制! 少し揺れやすぜ!」
魔空艇を操りながらヴォルフが叫ぶ。
ルイシャたちが手すりにつかまり備えると、魔空艇がズン! と一回揺れ着陸する。
下は城と違い舗装されているわけではない普通の地面だが、揺れはそれほど強くなかった。空の女帝の性能が高いのもあるが、ヴォルフの操舵技術が上がった効果が大きかった。
そのおかげもあってか、彼らは想定よりも早く目的地に到達していた。
「……あれが迷いの森」
甲板から外を見て、ルイシャは呟く。
視線の先には大きな森が広がっている。その鬱蒼とした森には霧がかかっており、中の様子を微塵も外に出さない。
森からは魔力も発せられており、それを感じ取ったルイシャは、まるで自分が『拒否』されているかのように感じた。
「確かに普通の森じゃないね。中に入られるのを嫌がっているみたいだ」
「そうね。確かに変な感じ。でもここまで来て諦めるわけにもいかないわよね」
「うん……行こう」
ルイシャたちは魔空艇から降りて、地上に立つ。
彼らが着陸したのは森の近くの平原。自然豊かな場所であるが不思議と動物は見当たらなかった。
「それじゃあ口惜しいですが俺はここまでですかね。ご武運をお祈りしてます大将」
「うん、ここまでありがとうねヴォルフ。すぐ戻ってくるから」
ルイシャはヴォルフと握手を交わし、そう約束する。
迷いの森に入ればもうそこは蛇人族の縄張り、男であるヴォルフが中に入れば襲われてしまう。そうなれば平和的に村に入ることも叶わない。
なのでヴォルフは空の女帝と共に森のそばで待機することになる。
「なにかあったら信号弾を出してくださいよ。蛇人族をなぎ倒して助けに行きますんで」
「うん、その時はよろしくね」
ルイシャたちは一つずつ信号弾を持っていた。
それは使い捨ての魔道具で、魔力を流して投擲すると上空に打ち上がり、煙と音で助けを求めることができる。
「よし。それじゃあ……行こう!」
ルイシャは意を決すると、霧が満ちる森の方向へ、シャロとアイリスと共に歩き出すのだった。
◇ ◇ ◇
「凄い霧だ……全然奥が見えないや」
迷いの森にやって来たルイシャは感心したように呟く。
遠くから見ても凄い霧なのは分かっていたが、近づくとその霧は更に濃く感じられた。
見えるのは手前に生えている木だけで、少し奥は白くてなにも見えない。これでは数歩中に入っただけで方角が分からなくなってしまうだろう。
「それじゃあ予定通り魔力の糸を繋いでおこう。切れないように注意してね」
「ええ。はぐれたら目も当てられないからね」
ルイシャたちはお互いを見えない魔力の糸で結び合う。
魔力の糸は普段は物をすり抜けるが、魔力を込めれば重い物を引っ張ることができる強度になる。これがあれば万が一はぐれたとしても合流できるだろう。
「よし、じゃあ次は……」
「お薬の時間ですね」
「う……」
アイリスに魔法薬を渡され、ルイシャは少しためらう。
その薬は『性別反転』の効果がある。男子禁制の里である『アルゴス』に行くにはこの薬を服用しなければいけないが、
「ま、まだ飲まなくてもよくない?」
「なにを言ってるのですか。迷いの森の中に入ったら、いつ蛇人族に見つかるか分からないのですよ? ケビンという冒険家も急に襲われたと言っていたじゃないですか」
「それはそうだけど……」
ルイシャはもごもご言いながらも、薬を受け取る。
その薬の必要性はルイシャもよく理解していたが、女性になるのはまだ抵抗があった。
恥ずかしい、ということも大きな理由だが、テストと称して何度も飲まされ、その度にアイリスたちに襲われ恥ずかしい目に遭わされていた。
その過程で飲むことに抵抗感を抱くようになってしまっていたのだ。
「ささ、早くしないと日が暮れてしまいますよ」
「うう……しょうがないか」
ルイシャは渋々魔法薬に口をつけると、一気に飲み干す。
するとすぐに魔法薬の効果が現れ、彼の体に変化が訪れる。髪とまつ毛が長くなり、手足は細く、体や顔の輪郭が丸みを帯びる。
時間にして約一分ほどで、黒髪の美少女が誕生する。彼(女)を見たアイリスは一瞬で距離を詰めるとルイシャの細くなった手首をつかむ。
「……少しだけそこの茂みに行きませんか?」
「なに馬鹿言ってんのよ」
暴走するアイリスの頭をバチっと叩くシャロ。
女性となったことでいつもよりルイシャは抵抗力が弱くなっている。ここで止めなければ本当に事に及んでしまうかもしれない。
「……冗談ですよ」
「あんたのは冗談に聞こえないのよ。ほら、準備もできたしとっとと行くわよ」
ずるずると引きずられるアイリス。
ルイシャはそんな二人を見て「はは……」と苦笑しその後を追うのだった。