第5話 魔法薬
「はええ……なるほど。俺は留守の間にそんなことがあったんですか」
そう納得した声を出したのは、ルイシャの仲間である獣人のヴォルフであった。
彼はルイシャの自室に来ており、そこでここ数日なにがあったのかを聞いていた。
蛇人族の里の場所とそこが男子禁制であることを知ったこと、そこに入るために性転換魔法を使用する必要があること、そしてその魔法のためにマンドラゴラを素材に魔法薬を開発したこと。
ルイシャはそれらを詳細に彼に説明した。
ちなみにヴォルフは修行と魔空艇の操舵の練習をしていて王都を離れていた。そのためここ数日間の間に起きたことは一切知らなかったのだ。
「蛇人族の里に性転換魔法にマンドラゴラ……頭がパンクしちまいそうだ」
「大丈夫? もっかい説明しようか?」
「いえ……心配いりません大将。ようは俺と大将はその女になる薬を飲んで、蛇人族の里に行けゃいいんすよね? 女になるなんて抵抗ありますが……まあ、大将も一緒なんで大丈夫です!」
「あ、そのことなんだけど……」
ルイシャは言いづらそうに口ごもる。
いったいどうしたんだろうとヴォルフが首を傾げていると、ルイシャはついにそれを口にする。
「その……言いづらいんだけど、ヴォルフにはその魔法薬を使えないんだ」
「え、どういうことですか!? 確かに俺は女っぽくないですが、仲間外れはないですよ! 俺だって大将と戦います!」
「仲間外れとかそういうのじゃないんだ。性転換魔法はかなり高度な魔法で、かけられる方にも魔力を操作する技量が必要だったんだ。だから魔法が苦手なヴォルフはこれを使えないんだ」
「なん……ですって……!」
がっくりとうなだれるヴォルフ。
獣人は種族的に魔力の扱いを苦手としており、ヴォルフも例外ではない。
一度できることを増やそうとルイシャに教わって魔法の練習をしてみたことがあるが、簡単な魔法を使うどころかその手前の魔力操作すら上手くできなかった。
獣人の中には簡単な魔法を使える者もいるにはいるが……短期間でその域に達するのは『不可能』と言っていいだろう。
「だからヴォルフには悪いけど里の近くで待機していてほしいんだ。後その里は王都から少し距離があるから魔空挺の操舵もお願いしたいんだけど、いい?」
「もちろんそれくらいお安い御用です! 助けを呼んでくれればすぐに駆けつけるんでいつでも頼ってくだせえ!」
「うん。頼りにしてるよ」
ヴォルフにそう言ったルイシャは、次に部屋にいるアイリスに目を向ける。
ちなみに部屋の中にはシャロも来ており、人口密度は結構高い。
「魔法薬は無事完成したんだよね? 見てもいい?」
「はい、こちらです」
アイリスは持ってきていた鞄の中から、液体の入ったガラス瓶を取り出す。
実験に使うフラスコのような形をしており、口はコルクで封がされている。その中に入っている液体はキラキラと煌めいており、普通の液体でないことが一目で分かる。
マンドラゴラを貰ったアイリスはそれから数日間、部屋にこもってこれの完成に勤しんだ。何回か失敗しマンドラゴラを無駄にしてしまったが、マンドラゴラの在庫は大量にある。素材を大事にするよりも早く完成させてほしいと言われていた彼女は、ヴォルフが修行から帰るよりも早くこれを完成させたのだった。
「まだ実験はしておりませんが、理論的には完成しています。どうしましょう、ここで私が飲みましょうか?」
「いや、僕が使うんだから僕が飲むよ」
「しかしまだ完全に安全と決まったわけでは……やはりここは私が毒味を……」
危険なものは入れていないが、魔法薬の効果が暴発する可能性はゼロではない。
アイリスがまず自分が飲もうとするが、ルイシャはそれを拒否する。
「だったら尚更飲ませられないよ。大丈夫、僕は結構頑丈だから」
「あ……」
ルイシャはアイリスが止めるより早く魔法薬の栓を抜き、一気に飲んでしまう。
まるで風呂上がりの牛乳のようにごくごくと気持ちよくそれを口の中に流し込んだルイシャは、あっという間に瓶の中身を空にしてしまう。
「……ぷは。意外と美味しねこれ。少ししゅわしゅわしてて」
「お、お体は大丈夫ですか? なにか変なところは……いや、なにも変わらなかったらそれはそれで問題なんですが」
「うーん、今のところかはなにも……ん?」
次の瞬間『ドクン』と体内が脈打つのをルイシャは感じた。
そして体内の魔力が動きだし体を作り変えようとするのを感じる。ルイシャは体内の魔力に集中し、それが暴走して体を壊さないよう頑張って魔力を操作する。
もし魔力の扱いが下手なものがこれを飲んだから良くて失敗、悪ければ体が爆発するだろうとルイシャは思った。
「ルイシャ様、大丈夫ですか!?」
「ルイ! しっかりして!」
部屋にいる仲間たちが心配する中、ルイシャの肉体が少しづつ変化していく。
髪が伸び肩にかかるくらいの長さになり、体のゴツゴツした部分は丸みを帯び柔らかそうな見た目になる。背も少し縮み、まつ毛は長くなる。
そしてカチカチに鍛え上げた胸筋は大きく、丸くなっていき……小ぶりながら女性らしい胸になる。
もとから中性的な見た目をしているルイシャであるが、今の彼を見て男性と思う人はいないだろう。どこからどう見てもいたいけな美少女になってしまった。
「あれ……? 成功した?」
「成功したなんてもんじゃないですよ大将! どこからどう見ても女の子ですよ! 大成功です!」
「ほんと? あ、すごい、胸も大きくなってる」
ルイシャは感心したように自分の胸をもむ。
大きさこそないがほどよい弾力があり、触ってて楽しいと感じた。
「なんか不思議な気分だ。……どう? 二人から見てもちゃんと女の子に見える?」
ルイシャはそうアイリスとシャロに問いかける。
その時に初めて彼、いや彼女は二人が自分に送る目がいつもとは違うことに気がつく。
「か、可愛すぎる……これはもう、押し倒しても無罪ですよね。ええ、可愛すぎるのが悪いんですから」
「うっわ、これ襲うなって方が無理な話よね。なんていじめたくなる顔してんのこいつ……ああもう、イライラしてきた……」
まるで二頭の肉食獣に狙われているような感覚に陥るルイシャ。
アイリスとシャロはいつもと違うルイシャの姿を見て、すっかりその気になっていた。
獣の嗅覚でそれを察知したヴォルフはそれを察すると荷物をまとめ、
「じゃあ俺はここで……またなにか決まったら教えてくだせえ」
「ちょ、ヴォルフ!? なんで帰っちゃうの!?」
「後は若い人たちだけで、はは……」
「いやヴォルフも歳は変わらないよね! 待っ……行っちゃった……」
ルイシャの静止虚しく、ヴォルフは部屋を去っていってしまう。
部屋に残ったのは二頭の肉食獣と可愛らしい兎のみ。どうなるかは火を見るよりも明らかであった。
「じゃあえっと、もう夜も遅いし二人も帰……」
アイリスとシャロにも帰ってもらおうとするルイシャだが、次の瞬間、彼の細い手首が両脇から二人につかまれる。
驚いて体を動かすルイシャであったが、女性の体になったせいで筋力も落ちており二人の拘束はびくともしない。
その事実もまた、アイリスとシャロを興奮させてしまう材料になってしまう。
「駄目ですよそんな弱い力じゃ、悪い人に襲われてしまいますよ? ですのでその前に私が襲って差し上げますね……♡」
「そうね。ついでにその体に慣れるよう、私たちが色々教えてあげる……♡」
「ま、待って二人とも……きゃ!」
まるで女の子みたいな声を上げながら、ルイシャは服をひん剥かれてベッドに倒される。
目を潤ませ「ひ、ひどい……」と呟くルイシャは可憐な乙女にしか見えず、アイリスとシャロは罪悪感を覚えながらもそれに比例して更に興奮する。
「ちょ、やめようよ! ねえシャロ!?」
こういう時のアイリスが止まらないことをよく知っていたルイシャは、一縷の望みをかけてシャロを説得しようとするが、
「なに? 誘ってんの? 本当に嫌なら力ずくで抵抗しなさいよ。奴隷紋の力を使えば簡単でしょ?」
「いやこんなことに使えるわけないでしょ!」
シャロはルイシャに出会った日、勝負に負け体に『奴隷紋』を刻まれている。
その力を使えば強制的に言うことを聞かせることができるが……ルイシャの性格的に無理やり言うことを聞かせることなどできなかった。
「あの、せめて優しく……」
「無理ね」
「無理です」
そうキッパリと言い放たれてしまったルイシャ。
彼(彼女)は結局、一晩かけてじっくりと変わった体の良さを教えられてしまうのであった。