第1話 植物の正体
海賊王の足取りを追い、彼が隠したお宝を見つけるという大冒険を経たルイシャ。
しかし……そんな経験を経てもなお、彼の日常は変わっていなかった。
「~~~~♪」
機嫌良さそうに鼻歌を歌うルイシャ。
彼は寮の裏側にある畑に生えている植物に水をあげていた。その畑はルイシャが一から作ったものであり、そこにはかつて戦った帝国の剣士、クロムから貰った種を植えていた。
夏休み中甲斐甲斐しく育てたおかげで、その種は芽を出し、すくすくと育っていた。しかし……
「ルイシャ、これさすがに育ち過ぎじゃない?」
ルイシャの同級生のチシャが呆れたように呟く。
彼の前には明らかに巨大な植物が育っていた。ルイシャはいくつも種を植えたが、その内の一つだけ、明らかに異常と呼べるほど育っていた。
他のものが地上に出ている葉が数十センチほどなのに対し、それは葉の長さが二メートルはある。育ちがいいと呼ぶには明らかに成長しすぎている。
チシャのそのまっとうな突っ込みにルイシャは「はは……」と反応する。
「そうだね。成長期なのかな?」
「いやそれだけじゃこんなに成長しないでしょ! 明らかにおかしいって!」
チシャは変わらずそう突っ込むが、ルイシャはとぼけて芯のくわない返答を続ける。
口にこそしないがルイシャはその異常な成長に心当たりがあった。それは芽が出た当初、育ちの悪い芽に『自らの血』を一滴、垂らしたこと。
ルイシャの体内には魔族と竜族の血が混ざっている。当然その血液には莫大な力が宿っており、それを分け与えられたその『芽』は異常に成長してしまったのだ。
血を与えたから成長しました……と言えないルイシャはとぼけることしかできなかった。
まさかそれだけでこんなに成長したと言ったら、引かれてしまうだろう。
「ところでこの植物がなんて種類なのかは分かったのかい?」
そう尋ねてきたのは上級生のシオンであった。
彼は寮に住んでいるわけではないが、頻繁に寮を訪れルイシャたちとよく行動を共にしていた。
「それがまだ分からないんです。ここまで成長したのに図鑑と照らし合わせても同じのが見つからなくて……。だから今日、一本抜いてみようと思ってるんです」
「へえ、それは楽しみだね。ぜひ見てみたいよ」
「じゃあ試しに一本抜いてみますね……」
ルイシャは育った植物の根元を握り、えいと引き抜いてみる。
するとその太く立派な根が地面の中から顔を出す。
「え?」
そう、顔を出した《・・・・・》。
比喩ではなくその植物の根には『顔』がついていた。
そのような事態を想定していなかったルイシャたちは唖然としてその植物を見る。すると、
『きゃ』
「え?」
『KYAAAAAAAAAAA!!!!!!』
「いっ……うるさっ!?」
突然その植物は大きな声で絶叫する。
耳をつんざくその音にルイシャたちは苦しげな表情を浮かべる。
このままでは鼓膜が破れてしまう。そう感じたルイシャはその植物を持ってない方の手の指を伸ばし、
「うるさいっ!!」
思い切り手刀を放った。
目にもとまらぬ速さで放たれたその手刀は植物の顔の部分をスパッ!! と切り裂く。
するとその植物は『ゔぇあ……』という断末魔を上げながら声を発しなくなる。それを見てルイシャは一安心して額を拭う。
「ふう、びっくりした」
「ナイスルイシャ。でもなんかグロいね。植物なのに」
苦悶の表情を浮かべながら動かなくなったその植物を見て、チシャは「うげ」と嫌そうな顔をする。
一方シオンはその植物を興味深そうにしげしげと観察する。
「この形と、なにより今の特徴的な『声』。間違いない、これは『マンドラゴラ』だよ」
「マンドラゴラってあの伝説の植物ですか?」
ルイシャの問いにシオンは「ああ」頷く。
マンドラゴラ、その名前だけはルイシャも聞いたことがあった。
「古い時代に現存していたと言われる伝説の植物マンドラゴラ……その根から作れる薬は万病を治すとされ、人間に狩り尽くされた、と本で読んだことがあります」
「そう、よく知ってるね。実際マンドラゴラの根は高い薬効を持っている。優秀な魔法薬の素材になり、古い時代の権力者は不老不死の薬を作るために大量に集めた……と、聞いたことがあるよ」
「凄い、詳しいですね。僕が読んだ本にはそんな詳しく書いてありませんでした。シオンさんの知識は本で知ったんですか」
「さあ……どうだったかな。たぶんなにかで読んだんだと思うけど」
シオンは言葉を濁す。
謎が多い人だ。とルイシャは不思議に思う。
「でもまさかクロムさんがくれた物がマンドラゴラだったなんて。これ凄い貴重なものだよね……なにに使おう?」
「しかもそのデカく育ったやつなんて、かなり効果高そうじゃない? 凄い魔法薬とか作れそうだね」
チシャの言葉にルイシャは「確かに」と呟く。
ただ大きく育ったわけじゃない。その中に秘める力も他のマンドラゴラより大きかった。
気の扱いをマスターしているルイシャは、それを感じ取ることができたのだった。
「さすがに不老不死は無理かもしれないけど、面白ものは作れそうだね」
「あ、じゃあ背を大きくしたりするのは作れる?」
「できるんじゃないかな? 魔法薬の中には体を作り変えることができる物もあるみたいだし」
それを聞いたチシャは「ほんと!?」と目を輝かせる。
ハーフリングという小柄な種族である彼の身長は、女子よりも低い。その事は彼にとってコンプレックスであり、身長を伸ばすために牛乳を飲んだり早く寝たりなど様々な努力をしていた。
もし薬一つで叶うのならば、飛びつくに決まっている。
「うん……でも効果はずっとは続かないかな。長くても三日とかが限度だと思う」
ルイシャの言葉にチシャはずっこける。
夢の高身長はどうやら簡単には手に入らないようだ。
「そんなおいしい話はないか……うう」
「あはは……期待させてごめんね」
ルイシャたちは落ち込むチシャを慰める。
そうしていると彼らのもとに、見知った人物が駆け寄ってくる。
「おーいルイシャ! ここにいたか!」
「へ?」
名前を呼ばれ振り返ると、そこにはクラスメイトのベンがいた。
ルイシャのもとに駆け寄ってきた彼は肩で息をしている。どうやらかなり急いでやって来たようだ。
「どうしたの? 僕に用?」
「ああ……やっと見つかったんだ『蛇人族』のことを知っているって人が!」
「え、ほんと!?」
ベンの言葉にルイシャは驚く。
ルイシャは以前『蛇人族』のことを博識なベンに聞いたことがある。しかし文献にもほとんど載っていない蛇人族のことをベンはあまり知らず、力になれなかった。
そのことを悔やんだベンは個人的に蛇人族のことを調べ続けており、そしてついにとある人物とコンタクトを取ることに成功したのだ。
「その人は今、王都にいる。しばらくはここで休むらしいけど気が変わる前に話を聞いた方がいい」
「うん、そうするよ。それとありがとね。助かったよ」
蛇人族の情報は、勇者オーガに繋がるとても大事な情報だ。それを自分のためにわざわざ見つけてくれたクラスメイトに、ルイシャは深く感謝する。
「力になれたみたいで良かった。ルイシャには恩があるからな」
「そんな、恩だなんて。たいしたことはしてないよ」
謙遜するルイシャ。
しかしベンはルイシャに深い恩義を感じていた。その恩を少しでも返せるなら、これくらいの労力は安いものであった。
「それじゃあ行くとしよう。本当ならみんなにも会ってほしい人物ではあるんだけど、有名人だからルイシャ一人だけ来てくれると助かる。大勢で行くと迷惑がかかるからな」
「分かった。それじゃあみんなには悪いけど行ってくるね」
「うん、僕たちは気にしないで行ってきな」
「行ってらっしゃい。僕も興味があるからぜひ後で話を聞かせてほしいな」
クラスメイトたちに別れをつげたルイシャは、ベンに続き走り出す。
突然手に入った謎多き『蛇人族』の情報。
この情報は平和に過ごしていたルイシャを、再び冒険に引きずり込むことを、まだルイシャは知らないのであった。