第26話 別れの時
その宴は夜通しで行われた。
海賊たちは存分に食べ、飲み、歌い、踊り、語り合った。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、水平線の向こうから太陽が姿を現し始める。
それを見たバットは「さて、そろそろだな」と立ち上がると、グロウブルー号から自分の船に戻ろうとする。
「ひいじいちゃん……?」
それに気がついたシンディも立ち上がる。
彼女は胸にざわざわとした感情を覚えた。
「楽しかったぜシンディ。お前に会えてよかった」
「そ、そんな! もう行っちゃうの!?」
「俺らは本来いちゃいけねえ存在だ。未練ももう無えしな」
「そんな……」
悲しそうな顔をするシンディ。
するとバットは恥ずかしそうにぽりぽりと頭をかいた後、腕を広げる。
それ見て察したシンディは、ぽすと彼の胸の中に飛び込む。
「お前は強くて立派な一人前の海賊だ。百年前だってお前くらい凄え船長はいなかった。お前は……俺の誇りだよ」
「うん……うん……」
胸に顔を埋めながら、シンディは涙を流す。
二人が一緒にいた時間は短い。しかし確かに二人の間には家族の絆が出来ていた。
「おら! お前らも目を覚ませ! 船を出すぞ!」
バットが叫ぶと、あちらこちらで寝ていたスケルトンたちが動き出し、ブラック・エリザベス号の出発準備を始める。それにつられてシンディの部下たちも片付けを始める。
「行かれるのですね」
「おお、ルイシャか。お前にも世話になったな」
バットは一旦シンディから離れ、ルイシャに向き合う。
「お前みたいな骨のある奴も、俺の生きていた頃にゃそういなかったぜ。俺が生きていた頃に出会えてたならふん縛ってでも仲間にしたんだがよ」
「ふふ、それは光栄ですね。海賊王の船員は楽しそうです」
お互いの力量を認め合っている二人は、固く握手を交わす。二人の間にも仲間としての絆が芽生えていた。
「お前の背負ってるもんがデケえことはなんとなく分かる。きっとこれからも大変な戦いが待ってるんだろう。だがお前なら大丈夫だ。なんせこの海賊王が認めた漢なんだからよ」
「……ありがとうございます。本当にお世話になりました」
二人は最後に拳を合わせて、別れる。
ブラック・エリザベス号に戻ろうとするバット。するとそんな彼に近づく者がいた。
「ありがとうございましたキャプテン・バット。貴方と共に戦えたこと、誇りに思います」
そう話しかけたのは、シンディの船の副船長マックであった。
彼を見たバットは、驚いたように目を見開く。
「お前……名前は?」
「私は副船長のマック・エヴァンスと申します」
それを聞いたバットはしばらく固まり……そして「ハハッ!」と上機嫌に笑う。
「誰かに似てると思えば……律儀な野郎だぜ。百年も言いつけを守るなんてよ。船長命令はもう終わりだ。好きに生きろよ」
「好きに生きてますよ。あの人についていくのは退屈しませんので」
「そうかい。なら結構だ。あいつをよろしく頼むぜ」
そう言ってバットは、かつての仲間の面影を持つ彼の肩をポンと叩く。
そして今度こそブラック・エリザベス号に乗り込み。最後の船出をする。
「錨を上げろ! ヘマすんじゃねえぞ、ブラック・エリザベス号、最後の船出だ!」
帆が張られ、海賊王の海賊旗が面を上げる。
その船の姿はとても百年以上昔のものとは思えないほど、威厳に満ちたものだった。
「じゃあなお前ら! 元気でな!」
日が昇り、太陽の光がブラック・エリザベス号を照らす。
すると船上のスケルトンたちの体が光り、次々とただの骨に戻り倒れていく。
そして同時にブラック・エリザベス号はゆっくりと海中に沈んでいく。役目を終えたその船もまた、船員と同じく眠りにつくのだ。
「キャプテン・バット! あんたの事は忘れない! あんたの伝説は絶対に語り継ぐから!」
シンディの言葉に、バットは右の拳を上げて答える。
それに返すようにシンディも天高く拳を振り上げる。するとバットは満足したように笑い、海の中に沈んでいった。
こうして伝説の海賊、キャプテン・バットは本当に眠りについたのだった。