第22話 ク・ルウ攻略戦
「アイリス……ありがとう」
足を切り落とし、船へと落下していくアイリスを見ながらルイシャは呟く。
彼女の献身がなければ海に叩き落されていただろう。彼女のおかげでルイシャは無事ク・ルウの胴体に着地出来たのだ。
「浸っている暇はねえぞ! 急いで他の足を切断しねえと回復しちまう!」
「……はい。急ぎましょう!」
バットに声をかけられ、ルイシャは急ぐ。
こうしている間にも切り落とされた足は再生されていく。太い足が全て切断された状態にしないと取り込まれた二人の人間を出すことは出来ないのだ。
『ルル……!』
ギロリ、とク・ルウの瞳が動き、体に乗る二人の敵を睨む。
残った七本の足を使い攻撃しようとするが、それを思いとどまる。ク・ルウは自分の足が狙われていることに感づいたのだ。
足を使った攻撃を諦めたク・ルウは、ルイシャたちに向かって大きく口を開く。口内から強い魔力を感じたルイシャは険しい表情になる。
「バットさん!」
「分かってる! あれが来るんだな!?」
バットの言うあれとは、ク・ルウの持つ唯一の遠距離攻撃手段である水の大砲のことだ。
口内で高圧縮した水の塊を思い切り吐き出す。言葉にすればたいしたことないが、それをこの大きさの怪物が行えば、それはもはや災害に等しい。
大型のガレオン船ですら粉々に砕くその攻撃を生身で受ければ、いかに鍛え抜かれた戦士でも原型を保つことは不可能だろう。
(逃げ場がない……! 海に落ちれば捕まるのがオチだしどうすればいいんだ!)
ルイシャは焦る。
防御魔法では防ぎきれない可能性が高い。奥の手である『魔竜モード』を使えばなんとかなるかもしれないが、かなりの体力を消耗してしまうだろう。
どうする。今切り札を切っていいのか――――
ルイシャが葛藤していると、聞き馴染みのある声が彼の耳に入ってくる。
「させるかよっ!」
そう雄叫びを上げたのは、ヴォルクであった。
彼は太い腕の一本に掴まりながら『人狼モード』へと移行する。
全身の筋肉が膨張し、肉体が狼へと近づく。
爪と牙はナイフのように鋭くなり切れ味を増す。
「この足が減りゃあ力が無くなるんだろ? くらいな狼爪・禍爪切り!」
大きくなった腕を思い切り振るヴォルク。
その重い一撃はク・ルウの強靭な足を両断してしまう。
ク・ルウは痛そうに表情を歪めるが、口に溜め込んだエネルギーは残ったままだ。どうやら一本だけではそれを止めるに至らなかったようだ。
「チッ! じゃあそっちは任せたぜ姉御!」
「姉御言うな!」
ヴォルクが叫ぶと、違う足に掴まっているシャロがそう返事をした。
不安定な腕の上で必死にバランスを取りながら、シャロは手にした剣に力を込める。
(あたしにはアイリスやヴォルクみたいな特別な力はない。だったら力を積み重ねるまでよ……!)
シャロは突出した力こそないが、様々な力をバランスよく習得している。
ある意味ではルイシャに一番近いのは彼女なのかもしれない。
「超位身体強化! そして……気功術攻式四ノ型『才気煥発』!」
魔法と気功術。二つの身体強化術の重ねがけでシャロの肉体は一時的に跳ね上がる。
しかしその負荷は凄まじく、視界がぼやけ体は痛み意識が遠のく。
しかし歯を食いしばり彼女は耐える。愛する者を守るため、今限界を超える必要があった。
「桜花勇心流、摘蕾一閃!」
目にも留まらぬ速さで放たれる、桜色の剣閃。
それは一部の乱れもなくク・ルウの足を切り落としてみせた。
『ルルッ!?』
一気に二本の足を失ったことで、ク・ルウのエネルギーはかなり消耗され、攻撃は中断される。
それを見たシャロは頬を緩める。
「やっ……た……」
全ての力を使い果たしたシャロは、力なく落下する。
すると狼モードへと変身していたヴォルクが彼女を背中でキャッチする。
「大丈夫ですかい姉御」
「……次行ったら毛をむしるから」
「へへ、そりゃおっかねえ」
ヴォルクはそう笑いながら船へと帰還する。
もう戦闘する力は残っていない。後は信頼する者に託すしかなかった。