第19話 八本
「ヴィニスはまだ生きているのですか……!」
ルイシャの言葉にそう反応したのはアイリスだった。
彼女の従兄弟であるヴィニスは、ク・ルウの触手に捕まり井戸の中に吸い込まれそれ以降姿を見せていない。
食べられたと考えるのが普通であり、生存は絶望的と思われていた。
「うん。あいつの中にヴィニスの魔力を確かに感じる。彼はク・ルウにとっても大切な存在なんだ。体の奥で大事に生かされているよ」
「よかった……」
胸に手を当て安堵するアイリス。
絶対に助けてみせる。彼女はそう決意する。
「大将、タコの中に感じる魔力は二人分なんだよな? そいつは誰なんですかい?」
「バットさんは僕たちが来るより速く島に来た人がいるって言ってた。きっとその人だと思う。その人もヴィニスと同じくク・ルウに操られたんだろうね」
「なるほど。にしても操った奴に封印を解かせただけじゃなくて取り込むとは太え野郎だ」
ヴォルクは苛立たしげに言う。
一連の話を聞いたバットは少し考えるような素振りを見せたあと、発言する。
「つまり奴の体内にいる人間二人を出せばいいんだな。だがそれは簡単なことじゃねえぞ、奴の胴体は硬え。砲撃を何発浴びても傷すらつかねえ。接近した所で胴体を切って中の人間を取り出すなんざ出来ねえぞ」
「それについても考えました。ク・ルウの触手には細いものと太いものがありますよね? 八本ある太い触手……今は『足』と呼びますね。その足は大事な器官らしくて一本一本にかなりの量のエネルギーを割いているみたいなんです」
ルイシャの持つ竜眼は、生物の持つ『気』つまりエネルギーを可視化することが出来る。
それによりルイシャはク・ルウの体の構造を読み解いていた。
「他の触手と違ってその八本の足を再生するのはかなりのエネルギーを消費します。つまり……」
「その足を全部ちょん切っちまえば、奴は再生にエネルギーを持ってかれて胴体が柔らかくなる、そういうことだな?」
バットの言葉にルイシャは頷く。
それはかなり困難な戦いと言えた。太い八本の足はとても頑丈でありちょっとやそっとの攻撃では傷すらつかない。そんなものを八本、しかも同タイミングで切断するなど容易ではない。
しかし今ここにいる面々の中に、その程度のことで弱音を吐く者はいなかった。
「足を切りゃいいんだな? 分かりやすくて助かるぜ」
「そうね。私が綺麗にぶった切ってあげる」
「ヴィニスを助けるため。私も全力を尽くします」
「今まで何匹も海竜を斬ってきたんだ。足の一本くらいわけないよ」
「ガハハ! 楽しくなってきたじゃねえか!」
そこにいる六人は互いを見ながら、頷き合う。
ルイシャ、シャロ、アイリス、ヴォルク、シンディ、そしてバット。
単独でク・ルウの足を切断できるほどの実力を持つのはここにいる六人だけ。もし一人でも失敗すればこの作戦は成り立たなくなるだろう。
「ク・ルウの足は八本。ブラック・エリザベス号の主砲で一本は飛ばせると思うが、それでも一人一本じゃ全ては落とせねえ。誰か一人が二本は切り落とさねえといけねえ」
「はい。全員が二本落とすくらいの心持ちでいるのがいいと思います」
ルイシャの言葉にバットが「だな」と返す。
あの人に任せておけばいい、そういう考えは危険だと思われた。そもそも誰かが失敗する可能性も高いのだから。
「じゃあ俺の船にはルイシャと……吸血鬼の嬢ちゃん、あんたが来い。そっちは任せたぜ、シンディ」
バットの言葉にシンディは驚いたような表情を浮かべた後、「ああ、任せてくれキャプテン・バット」と力強く返す。
孫娘としてでなく、対等の海賊として頼ってくれたことが彼女はとても嬉しかった。
バットは照れくさそうにシンディから離れると、小型の銃を取り出し上空めがけて放つ。それは信号弾だったようで、空中で破裂して強い赤い光を放った。
「すぐに俺の船が来る。準備しとけよ!」
「はい! 分かりました!」
ルイシャはそう返事をした後、シャロのもとに行く。彼女と次に会えるのは全てが終わった後だろう。最後に別れの言葉を言っておきたかった。
「シャロ、気をつけてね。無茶はしないでよ?」
「無茶苦茶な状況で言ってくれるわ。でも……わかった。お互い生きてまた会いましょう」
そう言ってしばらく見つめ合ったあと、二人はガバっと熱い抱擁を交わす。その温もりをしっかりと体に刻み込んだ二人は、名残惜しむように離れる。
そしてルイシャは次にヴォルクの方を見る。
「ヴォルク。こっちは任せたよ」
「ああ、大船に乗ったつもりでいてくれ大将。終わったらなんか旨いもんでも食おうぜ」
その言葉に頷いたルイシャは、アイリスと共に右舷の方へ駆け出す。
そちらには既に黒い海賊船ブラック・エリザベス号が近づいていた。
「行こうアイリス。絶対にヴィニスを救うんだ!」
「はい。絶対に……!」
そう短く言葉を交わした二人は、海賊王キャプテン・バットの船に飛び移るのだった。





