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第18話 海厄ク・ルウ

『ルアアアアアアアッッッ!!』


 静寂とした海に、恐ろしい咆哮が響く。


 海に住む生き物たちは怯え逃げ惑うが、声の主は逃走を許さなかった。


『イアッ!』


 何十本もある触手は海に生きる生物たちを次々と捕まえ、胴体部にある口へ獲物を放り込んでいく。口腔にびっしりと生えた歯はその一本一本が名剣のように鋭く、硬い生き物も容易く噛み砕き養分に変えてしまう。


『ルル……イア……!』


 満足そうに食事を続けるその怪物の名前はク・ルウ。

 かつて海に住む者全てに恐れられた、海の災厄。


 驚異的な生命力により、数百年の間まともに食事を摂れなくても生きながらえていたク・ルウ。もともと大食漢であったク・ルウは、長い絶食を取り戻すかのように生き物を食い続けていた。


 食べても食べても飢餓感は消えない。

 このままでは海の生き物全てを食らい尽くしてしまうのではないか、そう思われたその時ク・ルウの動きがピタリと止まる。


『……?』


 海が揺れ、何か巨大なものが動いている気配がする。

 皮膚全体が鋭敏な感覚器官であるク・ルウはそれの正体に気がつく。


『ルル……』


 あれは自分を閉じ込めていた、忌まわしい島だ。

 あの島が再び海上へと戻ってきたのだ。


 ク・ルウは不快そうに顔を歪める。

 もともとあの島にはク・ルウを信仰する信者たちが住んでいた。彼らはク・ルウへ生贄を捧げており、ク・ルウはその島をいい餌場だと思っていた。


 しかしある日、そこにとある一行が現れる。

 勇者オーガ率いる、勇者パーティだ。


 彼らは奮闘の末、ク・ルウを弱らせ封印するに至った。その苦い記憶はク・ルウの脳内に深く焼き付いていた。


 そしてもう一つの忌まわしい記憶が、海賊王キャプテン・バットがやって来た日のことだ。

 封印されながらも力を蓄えていたク・ルウは、もう少しで封印を解けそうな所まで来ていた。しかしバットの再封印によりその企みは失敗に終わった。


『ふぐるむ……』


 ク・ルウの内に、強い怒りが巻き起こる。

 目覚めた直後は封印が解けた喜びで、過去のことなど忘れていた。しかし少し落ち着いた今、その怒りが強く噴出した。


 冷静に考えれば島にいた彼らと戦うメリットはない。

 今は一旦距離を取り、体が完全に回復してから戦った方が良いだろう。


 しかしク・ルウには自分が海の支配者であるというプライドがあった。人間などという下等な生き物から逃げるなど許せなかった。


『ブオオオオオオッッ!!』


 ゆえにク・ルウはえた。

 自分はここにいるぞと、逃げも隠れもせず貴様らを蹂躙すると宣言するために。

 その宣戦布告は、百年ぶりに海上を走る黒い船の主にも届いていた。


「……そうだよなあ。逃げるなんて真似しねえよなてめえは」


 黒い海賊船、ブラック・エリザベス号の主キャプテン・バットは楽しげに笑う。

 彼はこの百年間ずっとク・ルウの側にいた。自分が海上に行けば逃げずに襲いかかってくると彼は分かっていたのだ。


「お前とも長い因縁だ。ここで終わらせようじゃねえか」


 海を切るように突き進むブラック・エリザベス号のすぐ後ろには、シンディの乗るグロウブルー号も追従している。

 この二船とそこに乗る者たちがク・ルウに挑める全戦力。もし彼らが負ければ海には恐怖の時代が再来する。それだけは絶対に阻止しなければいけなかった。


「おめえらしっかり働けよ! 最後の喧嘩に相応しい戦いをしやがれ!」


 バットはスケルトンとなった船員たちに乱暴に命令を飛ばす。

 すると船員たちは作業をしながらも軽口を叩き合う。


「キャプテン、孫が見てるからいつもより張り切ってんな」

「まあいいじゃねえか、カッコつけてえんだよ」


 会話が聞こえていたバットが二人を睨むと、二人の船員は「ひい!」と逃げる。

 それを見たバットは、まるで自分が海賊だった頃に戻ったかのように感じ、一人楽しそうに笑う。


「キャプテン! 前方にでけえ怪物が! ク・ルウだと思われます!」

「てめえら全ての砲門を開け! 火薬はしけってねえだろうな!」


 ブラック・エリザベス号の船体につけられた扉が開き、いくつもの大砲が姿を現す。

 特に船首から現れた主砲は大きい。いくつもの船を海の藻屑へと変えたその大砲は、狙いをク・ルウにつける。


「主砲発射準備完了しました!」

「これが開戦の合図だ! 派手にかませ!」


 船長の命に従い、巨大な砲口が火を吹く。

 放たれたその一撃は海上に弧を描き、ク・ルウに命中する。


 辺りに爆音を響かせながら、砲弾は爆発する。

 その一撃を受けたク・ルウは一瞬よろめくが、すぐに体勢を立て直し向かってくる船を睨みつける。


『ルル……イア!』


 目を爛々と赤く光らせ、邪悪な牙を剥く。

 お互いの存亡をかけた戦いが、幕を開ける。


『ルアアアアアアアッッッ!!』


 ク・ルウは大きな触手を振り上げると、正面から向かってくる黒い船体めがけて振り下ろす。

 海賊船ブラック・エリザベス号は木製の船。その一撃をまともに食らえば簡単に海の藻屑となってしまうだろう。


「来るぞ野郎ども! 面舵いっぱぁい!」

「ヨーソロー!!」


 船長の命令に従い、船員たちが阿吽の呼吸で船を動かす。

 右方向へと進路を変えた船は、ク・ルウの触手を間一髪で回避する。触手が当たった海は割れ、渦潮が巻き起こる。当たっていれば沈没は免れなかっただろう。


「はっはあ! 懐かしい感覚だなオイ!」


 触手が起こした波しぶきを被りながらバットは楽しげに笑う。

 化物と戦ったことがあるのは一度や二度ではない。その度に彼らは死線をくぐり抜けて来たのだ。


「左舷大砲準備ィ! 引き付けて……えええぃ!」


 船の左舷に設置された大砲が火を吹き、ク・ルウの体に砲弾の雨が降る。

 一発一発はたいしたダメージを与えることは出来ないが、何十発、何百発と当たれば話は別。ク・ルウは鬱陶しそうに触手で体を防御する。


 その様子をルイシャたちはシンディの船グロウブルー号から見ていた。


「凄い……」


 まるで生き物のように海を駆けるブラック・エリザベス号を見て、ルイシャはこぼす。

 百年のブランクを感じさせない航海術は、彼らが海を制覇した海賊であることの何よりの証明であった。


 それを見たシンディたちも黙ってはられなかった。


「お前たちも負けるんじゃないよ! 砲門を開け、えッ!」


 シンディの号令により、船から多数の砲弾が放たれる。ブラック・エリザベス号からの砲撃に意識を持ってかれていたク・ルウはその攻撃に気づかず、もろに食らってしまう。


『ルル……』


 ギロリ、とシンディを睨みつける。

 新たな獲物を見つけたク・ルウは触手の一本をシンディの乗る船に伸ばす。


「ぎゃあああ! こっちに来た!」

「慌てるんじゃないよ!」


 叫ぶ船員を叱責し、シンディは駆ける。

 長い航路の果てにここまで来た。祖父と話したいことは山ほどある。こんなところで死ぬわけにはいかなかった。


「邪魔するんじゃないよこのタコが!」


 右手でサーベルを抜き、シンディは跳ぶ。

 そして向かってくる触手めがけ、サーベルを振るう。


「必殺、海竜三枚おろし!」


 触手を真ん中から横に切り裂き、最後に縦に切り落とす。

 綺麗に切り裂かれたその足は、飛沫を上げながら海に落ちる。


「……っと」


 器用に船に着地するシンディ。

 刃についた粘液を服で拭き取りながら、ク・ルウを見る。


「足を落としゃあちっとは堪えるかと思ったけど、そうでもなさそうだね。どうすればあいつは倒せるんだい……?」


 依然ク・ルウは暴れまわっていた。

 無数に生えているその足は、一本切り落としたくらいではたいしたダメージにはなっていなかった。


 舌打ちしたシンディは同じ船に乗っているシャロに尋ねる。


「シャロ! あんた勇者の遺産貰ったんだろ? それでどうにかならないのかい?」

「……試してはいるんだけど効果はなさそう。どうやら耐性がついてしまっているみたい」


 勇者の遺産『微睡翠玉ドミトールサファイア』。

 それには強い封印の力があるが、長くその効果を受けていたク・ルウには封印への耐性がついてしまっていた。

 今のク・ルウにはあらゆる封印が効くことはない。倒す以外に道はないのだ。


 どうしたものかと思っていると、シンディの乗る船の横にバットの海賊船ブラック・エリザベス号がつく。

 そしてその船の主であるキャプテン・バットが、シンディの乗る船に飛び移ってくる。


「よう、邪魔するぜ!」


 陽気な様子で入った来たバットは、シンディたちのもとへやって来る。


「ひいじいちゃん、どうしてこっちに?」

「お前も俺の孫なら気づいてんだろう? あれは普通に殴っても倒せねえ。だから作戦会議に来たんだよ」


 バットが乗り移ると、ブラック・エリザベス号はシンディの船から離れて戦闘を再開する。バットが作戦会議している間は船員だけでク・ルウを食い止めるつもりのようだ。


「でもひいじいちゃん。作戦を立てるにしたってあいつの情報が少なすぎるよ。普通のタコなら目と目の間を刺せばいいけど、そんなんで死ぬあいつじゃないだろう」

「くく、案ずることはねえ。そろそろあいつがいい案をくれるだろうぜ」


 そう言ってバットは顎をクイと動かし、ある人物を指す。

 そこにいたのはルイシャだった。

 彼は魔眼と竜眼を発動し、ク・ルウのことを観察していた。


 船上での戦いで活躍できる機会は少ない。なら他の方法で役に立てばいい。ルイシャはク・ルウの攻撃の対処をシンディたちに任せ、自分はひたすら相手の解析に力を注いでいた。


 魔と竜。二つの瞳で相手を丸裸にしたルイシャは、遂にその弱点を見ぬく。


「ク・ルウには魔腑まふがありません。勇者が破壊したのか封印されている時に壊れたのかは分かりませんが、今奴の体内にそれがないのは確かです」

魔腑まふがない? なんでそれで生きていられるのさ」


 シンディは不思議そうに尋ねる。

 魔腑まふというのは魔力を作るための臓器である。人間や亜人だけでなく、魔獣などにも備わっている器官だ。

 ほとんどの生き物は生きるために魔力を必要とする。魔力がなくなれば魔力欠乏症を起こし、すぐに衰弱し死に至る。それはどの生き物でも避けられない運命さだめなのだ。


魔腑まふがない状態であんなに動き回れるのは不自然です。だからよく調べた所、あることが分かりました」

「あること? なんだそりゃあ」


 バットの問いにルイシャが答える。


「ク・ルウは取り込んだ人間を自分の魔腑まふとして代用・・しています。ヴィニスと、そしてもう一人。その二人をあいつの体内から引き剥がせば奴は生きてはいられません」


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