第17話 封印解除
「お前ら出港だ! 船出の準備をしろ!」
スケルトンのマーカスが叫ぶと、どこからともなくスケルトンが現れ作業を始める。
すると森の中から黒い船体が現れ、海へと着水する。
海の女帝。
かつてそう恐れられたその船の名前は『ブラック・エリザベス号』。
キャプテン・バットを海賊王へと導いた、最強の海賊船だ。
「こりゃあ壮観だね……!」
伝説の海賊船が海に浮かぶ様を見ながら、シンディは呟く。
まるで絵本の世界に迷い込んだみたいだ。そう思っていると、
「船長~!」
後ろから声が聞こえる。
そちらを振り返ってみると、そこには駆け寄ってくる自分の船員たちの姿があった。
「お前ら! 生きてたのか!」
嬉しそうに顔をほころばせるシンディ。
仲間たちは多少疲れているが、大きな怪我をしている様子はない。どうやら全員無事のようだ。
船員たちの先頭にいた副船長であるマック・エヴァンスにシンディは話しかける。
「本当に良かった。よく無事だったね」
「はは、実はスケルトンに捕まっていました。流石に死んだかなと思ったんですが、船長がスケルトンたちと和解してくれたおかげで釈放されたんです」
「なるほど……そうだったのかい」
シンディは嬉しそうに目元を拭う。
しかしいつまでも感傷に浸ってはいられない。まだ最後の戦が残っている。
「ところであたしの船は見てないか? 壊れていないといいんだけど……」
「それならあれを見て下さい」
マックに促されて海を見るシンディ。
すると島の影から自分の愛船グロウブルー号が姿を現す。それを見た彼女の顔は明るくなる。
「船はスケルトンたちに拾われてました。事情は聞きましたよ船長、戦うんでしょう? なら船は必要ですよね」
「ふふ、優秀な船員を持ってあたしは鼻が高いよ。お前ら、喧嘩の準備はできてるだろうな!?」
シンディの言葉に部下たちは「ヨイサホー!」と元気よく返す。
彼らの覚悟はとっくに決まっていた。
「……向こうも大丈夫そうだね」
ルイシャは少し離れたところで彼らの再会を見ていた。
すると、
「ルイー!」
「ルイシャさま!」
自分のよく知る声が聞こえてくる。
そちらに目を向けてみると、走って駆け寄ってくる二人の姿があった。
「シャロ! アイリス!」
大切な二人の姿を見つけたルイシャの顔がほころぶ。
ルイシャのもとに駆け寄ってきた二人は、彼と強くハグをして再会を喜ぶ。その際ルイシャはアイリスの服に粘ついたものを感じたが、今言うことじゃないと思って我慢した。
「よかった! 二人とも無事だったんだね!」
「ふふ、私たちがあれくらいでやられるわけないでしょ? ねえアイリス」
「はい。シャロの言う通りです」
再会を喜ぶ三人。
そんな彼らの近くにシンディの船が到着する。
すると船上から一人の人物がルイシャたちのもとへ飛び降りてくる。
「よいしょ……っと!」
ドン! と飛び降りてきたのは、共にこの島にやってきていたヴォルクだった。彼も服は汚れているが怪我を負っている様子はない。
「ヴォルク! 無事だったんだね!」
「へへ、大将も元気でなによりだぜ」
再会を喜ぶ二人。
これで島に来た面子は全員揃った。いつでも出発できる。
「ヴォルクはどうしてたの?」
「俺は船員たちと一緒に島に落ち、スケルトンたちと戦ってた。捕まった他の船員を助けるためにスケルトンたちの根城へ乗り込んでたんだが、そこで大将たちがキャプテン・バットと和解したことが伝わったんだ」
「そうだったんだ。そっちも大変だったんだね」
無事友人たちと合流したルイシャは三人に何があったかを説明した。
キャプテン・バットとこの島、そしてシンディの秘密。
そして何より、ク・ルウという化物のことを。
「……そんなにやべえのか、そのタコの化物は」
「私も見たけど、あれはとんでもない化物よ。思い出しただけで寒気がするわ」
唯一ク・ルウを見ていないヴォルクの疑問に、シャロが答える。
「そういえばこの島には小さなタコのモンスターもいました。あれもク・ルウに関係があるのでしょうか」
アイリスは自分に粘液をかけてきた相手のことを思い出しながら話す。
すると彼らのもとへ一人の人物がやって来る。
「ああ、そいつはク・ルウの眷属だ。あれと出会ってよく無事だったな」
一同が振り返ると、そこには海賊王キャプテン・バットの姿があった。
彼はおとぎ話に出てくるような伝説の存在。ルイシャ以外のメンバーはまともに話したことがないので緊張する。
「眷属、ですか?」
「ああ。あいつは封印されながらも二つの方法で眷属を作り外に干渉していた。一つは特殊な電波による洗脳。そしてもう一つが足をちぎって自分の分身の作成だった。後者で作られた眷属は外で栄養のあるものを食し、その栄養を本体に届けようとしていた。それを止めるのが俺たちのもっぱらの仕事だったってわけだ」
「封印されていたのにそんな事が出来るなんて、凄い生命力ですね……」
「まったくだ。奴には長いこと苦労させられたもんだ」
言いながらバットは上空に広がる海を見る。
「だがそれもこれで終わりだ。この島の封印を解き、海上にこの島を戻しそこで奴を倒す」
バットは言いながら緑色に輝く宝石を取り出す。
それを見たルイシャたちは「「「「あ!!」」」」と大きな声を出す。
「こ、これってもしかして勇者の遺産ですか!?」
「おお。そういえばお前はこれを探してたんだっけな」
あっけらかんと言うバット。
以前ルイシャがそれを狙っていると知った時、彼はそれを止めようとした。勇者の遺産が他社の手に渡れば、ク・ルウの封印が解かれてしまう可能性がある。止めるのは当然のことだった。
しかしク・ルウの封印が解けた今、この宝石はバットにとって不要な物となっていた。
「あ、あの! その宝石、僕たちに渡してもらってもいいですか!?」
すごい剣幕でそう言ってくるルイシャに、バットも「お、おう?」と動揺する。
「別に構いやしねえがどうしてこんな物を欲しがるんだ? 何か封印してえ奴でもいんのか?」
「それは……」
ルイシャは口ごもる。
目的は封印の逆、魔王と竜王を解放することなのだが、それはおいそれと話せることではない。どう答えたものかと悩んでいると、シャロが口を挟んでくる。
「私が欲しいの」
「へえ、嬢ちゃんが。宝石が大好きだから……ってわけじゃあなさそうだな」
「ま、嫌いじゃないけどね。でも理由は別。私は勇者の子孫なの」
「……なるほどねえ」
バットはシャロを見ながらどこか楽しげに笑う。
そしてピン! と宝石を指ではじいてシャロに渡す。
「運命ってのは面白えものだ。今になって勇者の子孫が助太刀しに来てくれるとはな」
「貴方には悪いことをしたと思っている。その恩に報いるためにも私も全力で戦うわ」
「ふん、勇者を恨んだことはあるが子どもに責任を押し付けるつもりはねえよ。だがまあ、頼りにしてるぜ。今度は封印じゃなくてちゃんと倒そうじゃねえか……一緒によ」
「ええ、そうね」
シャロとバットはそう言って固く握手を交わす。
生まれも育ちも違う両者だが、勇者オーガという繋がりが奇妙な縁を感じさせた。
「キャプテン! 二船とも出港準備できました!」
船からバットの部下の声が聞こえてくる。
どうやら喧嘩の準備は済んだようだ。バットは勇者の遺産「微睡翠玉」を持つシャロに言う。
「嬢ちゃん、この島の封印を解いてくれ。やり方は分かるか?」
「……ええ。持っていると伝わってくる、この石の使い方が」
「さすがだ。じゃあど派手に決めてくれや」
シャロはルイシャの方を見る。
その視線に気づいたルイシャは、彼女を後押しするように首を縦に振る。
迷いを断ち切ったシャロは宝石を強く握り、そして百年の微睡みから島を解放する。
「解除!」
パキン!! というガラスが割れるような音が島中に響き渡る。
それはこの島にかけられた封印が砕ける音。続いてズズズ……と地響きが鳴り、島がどんどん浮上していく。
「かか、久しぶりの外だ。緊張するぜ」
全く緊張していない様子でバットは言う。
百年間続いた彼の最後の喧嘩。それの終わりが始まろうとしていた。