第12話 海賊王の献身
「この島は……昔は普通の島だったんだ」
ルイシャと出会ったスケルトンは、走りながらそう説明を始める。
その横にはルイシャとシンディもおり、話を聞きながら足を動かしていた。
「普通の島ということは、海の上にあったということですか?」
「その通りだ。それどころかこの島には普通の人も住んでいた。まあ俺たちが上陸する頃には全員いなくなっていた」
「それはなぜですか?」
ルイシャが尋ねると、スケルトンは首を横に振る。
「分からない。島を捨てたのか、それとも全員死んだのか。今となっちゃあそれを知る術はねえ」
走っていると時折、人の住居だったものらしき残骸が目につく。
そのどれもが風化してしまっているので、それから住人がどうなったのかを推測するのは難しい。
「俺たち海賊団はこの島に『隠された秘宝』があると聞いて来たんだ。最初はそれほど信憑性があったわけじゃないから期待してなかったんだけどな、大規模な結界に隠されているのを見つけた時は流石に興奮したもんだ。こりゃ本物だぞってな」
「……ということはこの島を隠したのは貴方達ではないんですね」
ルイシャたちがこの島にやって来た時、この島は結界により隠されていた。
結界を張ったのは宝を隠そうとした海賊たちなのかとルイシャは思っていた。しかしどうやらそれは違ったようだ。
「俺たちの中にも魔法を使える奴はいるが、とてもじゃないがあんな凄い結界を張れる奴はいない。あれは俺たちが来るよりずっと前からあったものだ。俺たちが来た頃にはあの結界はもう壊れかけていた」
ルイシャは結界のことを思い返す。
この海域を隠していた結界は壊れかけていた。つい最近壊れかけたのかと思っていたが、結界は海賊達がやって来た時には既に壊れかけていたのだ。
つまり壊れかけた状態で百年近く保っていたということになる。普通結界魔法を長時間張るとなると、定期的にメンテナンスし、魔力を補給しないと壊れてしまう。
それにも関わらずこの結界は数百年効果を発揮し続けた。その常識外れの耐久力にルイシャは驚く。
「結界を越え、俺たちはこの島に辿り着いた。そこで見つけたのは宝じゃなくて……一体の化物だった」
「化物、ですか?」
思わぬ単語が出てきて、ルイシャは首を傾げる。
「宝がなかったなら立ち去ればいいですよね? なぜキャプテン・バットは、貴方達はここに居続けるのですか?」
「ああ、確かにその通りだ。普通の化物だったらそうするべきだ。だけど俺たちが見つけたのは普通の化物じゃなかった」
「……いったい何を見たのですか?」
ルイシャが尋ねると、スケルトンは恐ろしいものを思い返すように話す。
「俺たちがそれを見た時、それはもう封印されていた。傷つけられた上、何重もの魔法で体の動きを封じ込め、何十個もの魔道具や呪具で体を串刺しにされて動けなくされていたんだ。普通ならそんなことをされれば死ぬだろう。しかし俺たちが見つけたそれは生きていた。瞳を爛々と輝かせながら、恨みのこもった目で俺たちを睨んできやがったんだ」
「そんなものがこの島に……。いったいそれは何者なんですか?」
ルイシャが尋ねると、スケルトンは恐ろしそうな様子でそれの名前を口にする。
「かつてこの世界を混沌に陥れたとされる三体の凶獣の一体、“ク・ルウ”だ」
その名を聞いたルイシャは「な……!」と驚愕する。
「それって三厄の一体ですよね!? ということはク・ルウをここに封じたのって……」
「ああ。間違いなく勇者オーガだろうな」
三厄と呼ばれた、三体の凶悪な存在が五百年前存在した。
一体一体が凶悪な力を持つ三厄は、長い間人々を苦しめ続けていたが、勇者オーガの活躍によりその全てが活動を停止した。
公には悪虐王ジャバウォックの討伐記録しか残ってはいないが、同時期に他の三厄も活動が見られなくなったため、その全てをオーガが討伐したと言われているのだ。
「俺たちがそれを見つけた時、海厄ク・ルウの封印は解けかけていた。勇者は強力にク・ルウを封印していたが、あの時から四百年近い年月が経っているんだ、劣化して当然。むしろ今も封印されていることの方が驚きだ」
「勇者はなぜそんな状態でク・ルウを放置したのでしょうか? いつ復活してもおかしくないとしっていたはずなのに」
「それは分からない。俺たちが聞きたいくらいだ」
ルイシャは思案する。
封印したということは、その時勇者オーガはク・ルウを倒すことが出来なかったんだろう。
だから封印した、それは分かる。
だけどその後の対応があまりにも粗雑だ。封印をかけ直したり、倒す手立てを整えたり刷るべきだ。
なぜそれを怠り、放置したのか。ルイシャは考えたが答えは出なかった。
「……それでク・ルウを見つけたあなた方はどうしたんですか?」
「船長は『この島に残る』と言った。ク・ルウが解き放たれればこの海は終わりだ。怒り狂ったク・ルウは全ての港と船を滅ぼし、死の海になってしまう。船長は愛する海を守るため、勇者がかつて持っていたとされる伝説のアイテムを使い、ク・ルウの封印をかけ直すことに決めた」
スケルトンは昔を懐かしむように続ける。
「船長は更に勇者のアイテムを使いこの島を海の底に沈めた。二度とこの島に誰も来ないように。そして俺たちは封印を解かれないようスケルトンになったってわけだ。だから船長はお前たちを止めようとしたんだ、勇者の宝を盗られたらク・ルウの封印が解けてしまうからな」
「そんなことが……!」
スケルトンの話を聞いたルイシャは驚愕し言葉を失う。
伝説の海賊キャプテン・バットは、海の平和を守るため自ら犠牲になったのだ。肉体を失い、骨身となっても、突然姿を消し逃げたと謗られても彼は海の底で戦い続ける道を選んだのだ。
その覚悟に驚くルイシャの横で、シンディもまた驚愕していた。
「やっぱりキャプテン・バットは逃げたわけじゃなかったんだ……! あの人は海の為に戦っていたんだ!」
彼女の瞳に光るものが滲む。キャプテン・バットがどう生きたかは彼女にとってかなり重要なことのようだ。
「……話は分かりました。しかしそれならなんで今更になってク・ルウは動き出したのでしょうか?」
「実はこの前、一人の人間がこの島にやって来たんだ。そいつは巨大な海蛇の体内に入ってここまで来た。そして奴はク・ルウが封印されている井戸の蓋を開けて、中に飛び込みやがったんだ」
「井戸の中に? なんでそんなことを」
「そいつの目は明らかに普通じゃなかった。まるで何かに操られているみたいな、そんな感じだ。船長はク・ルウが催眠電波のようなものを発してそいつをおびき寄せたんじゃねえかって言ってた。そうやっておびき寄せた奴に封印を解いてもらい、更にそいつの肉体を食って復活したってわけだ」
その話を聞いたルイシャはハッとする。
吸血鬼の少年ヴィニス。彼は海で不思議な声を聞いていた。
海の底から聞こえるその声に、彼は悩まされていた。もしかしたらそれはク・ルウの声だったのかもしれない。
もしそうであるのなら……彼の身が危ない。
「あ、あの! その人が井戸に入ったのはいつですが?」
「つい先日のことだ。そいつが入ってもク・ルウは復活しなかったから、封印をかけ直してことなきを得たが、それでもク・ルウは力を少し回復させたはずだ。もしもう一人井戸に身を投げたら危ない、そう思っていた。もしかしたらその最悪の事態が起きたのかもしれねえ」
「……っ!」
ルイシャは悪い予感をビンビンに感じる。
このタイミングでのク・ルウの覚醒。ヴィニスがそれに関わっている可能性は高い。
「急がなきゃ……!」
「お、おい待てよ!」
走る速度を早めるルイシャ。
スケルトンとシンディはその後を追いかけるのだった。