第10話 鳴動
「……ここまで、だったとはね」
女海賊シンディは、目の前の光景を見ながらそう呟く。
そこで繰り広げられたのは、彼女の想像を超えた死闘。ルイシャとキャプテン・バットは己の全ての力をぶつけ合っていた。
「はあああああっ!!」
「おらおらおらっ!!」
的確に相手の攻撃を捌き鋭い攻撃を放つルイシャと、防御を捨てひたすらに攻撃するバット。お互いの戦闘スタイルは対照的と言える。
傍から見れば攻撃が何度もヒットしているルイシャの方が優勢に見える。しかし骨太スケルトンであるバットの体は硬く、思うようにダメージを与えることは出来ていなかった。もし相手の体が生身であったなら、既に勝敗は決していただろう。
「なんて硬いんだ……拳が壊れそうだ……!」
「どうした! もう終わりか!?」
バットは高笑いしながら大ぶりの一撃を放つ。
ルイシャは両腕でその拳をガードするが、ガードした箇所に鋭い痛みが走る。これでは防御した意味がない。
(受けに回ったら負ける。攻めて攻めて攻めるんだ!)
覚悟を決めたルイシャの右目が変化する。
まるで獰猛な獣のような瞳。それは竜王より受け継いだ“竜眼”である。この目を発動したルイシャの肉体は竜に近づき、その気と膂力は大きく上がる。
「竜功術攻式一ノ型、竜星拳!!」
竜の力が込められた正拳が、バットの腹部に突き刺さる。
その一撃の威力はバットの想定を大きく上回り、彼の骨はミシシ……と音を立てて軋む。
「が……ぁ!?」
大きく吹き飛んだバットは三回ほど地面をバウンドし、地面に転がる。
彼はすぐには起き上がらず、大の字で地面に横になったまま動かなかった。
「倒した……わけじゃないよね?」
ルイシャは警戒を切らさない。
まだ相手の体から物凄い闘気を感じる。それにバットは王紋に目覚めるほどの強者。一撃で倒せるような甘い相手でないことはよく理解していた。
「……たまんねえぜ」
バットは横になりながらそう言い、むくりと起き上がる。
その顔は充足感に満ちていた。
「生きてる時にも強え奴とは何人も戦った。海賊に海軍、凶悪なモンスターと色んな奴と喧嘩した。でもここまで燃えた喧嘩が出来んのは初めてだ。くくく、死んでみるのも意外と悪くねえもんだ」
「伝説の海賊にそこまで言ってもらえるとは光栄です。そう思っていただけたなら奥に進ませていただけるとより嬉しいんですけどね」
「そりゃ無理な相談だ。お前とは酒でも酌み交わしたいが、こっちにも事情がある。何人足りともこの先に行かせるわけにはいかねえのよ」
バットは睨みを利かせながら言い放つ。
その言葉には断固とした決意を感じる。言葉で解決するのはやはり無理そうだ。
「みんなが心配だ。これ以上長引くのは良くなさそうだね……」
ルイシャは険しい表情をしながら呟く。
こうしている間にも仲間が危険に晒されている可能性は高い。
(しょうがない。魔竜モードを使うしか……)
奥の手を出そうかと思ったその瞬間、異変が起こる。
『ブオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』
とてつもない爆音が、突如深海に鳴り響く。
地獄の底から聞こえてくるような、低く恐ろしい鳴き声の様な音。それを聞いたルイシャの肌に鳥肌が立つ。
「な……!?」
それと同時にルイシャは悍ましい気配を感じ取った。
今までに味わったことのない、暗く、深く、ねっとりとした悍ましい気配。そんな気配が深海に沈む島を一瞬にして包み込んだ。
ルイシャはキャプテン・バットが何かしたのかと思い彼を見る。しかし当の本人も「嘘だろ!?」と慌てた様子をしていた。どうやら彼が起こした騒ぎではないみたいだ。
「おい小僧! もしかしてお前ら、他にも仲間がいるのか!?」
「え、あ、はい」
「クッソ! そりゃそうだよな! 二人でここまで来れるわけがねえ!」
バットは悪態をつきながら頭を抱える。どうやら余程まずいことが起きているみたいだ。
「喧嘩と酒は途中でやめるなって言うが、そうは言ってられねえ状況になっちまった。悪いがこの喧嘩、預けるぜ」
そう言うとバットはルイシャに背を向け、島の中心部めがけ走り去ってしまう。
突如中断されたルイシャはポツンとその場に取り残されてしまう。
「……なんだったんだろう?」
竜の眼を解除し、ルイシャは力を抜く。
それなりに消耗してしまったが、大きな怪我はなく魔竜モードも温存できた。あれほどの強敵と戦ってこれで済んだなら上等だろう。
「大丈夫かいルイシャ」
「シンディさん」
シンディはルイシャに駆け寄り、彼の様子を見る。
その体には細かい傷はあれど、目立った外傷はない。表情も普通でどこかを強く痛めている様子もない。
あれほどの激闘をしたのに、この程度で済んでいるのか。そうシンディは驚嘆した。
確かに彼女も『七海王』の紋章を持っている。その実力は世界的に見ても上位であろう。
しかし彼女は眼の前にいる少年に勝てる気がしなかった。
「大丈夫そうだけど一応回復薬を飲んでおきな。また戦うかもしれないからね」
「ありがとうございます。いただきますね」
回復薬を飲み干したルイシャは、キャプテン・バットが走り去った方角に目を向ける。今追いかければまだ追いつけるかもしれない。
「行きましょうか」
「ああ、そうだね」
二人はキャプテン・バットを追いかけようとするが、そんな二人のもとに近づく影があった。
「……待ってくれないか?」
背後から投げられる声。
ルイシャとシンディはバッと後ろを振り返る。するとそこにいたのは……一体のスケルトンであった。
そのスケルトンは服こそ来ていたが、それ以外は他のスケルトンと大差がなかった。キャプテン・バットほどの個性はない。
「貴方は……誰ですか?」
「そ、そんなに警戒しないでくれ。敵意はないんだ」
手を広げ敵意がないことをスケルトンは示す。
そのスケルトンからは強者の気配は感じない。ルイシャはひとまず警戒を解き話を聞くことにする。
「分かりました。お話を伺います」
「おお、ありがとう。助かるぜ」
カタカタと顎の骨を動かしながらスケルトンは話す。
「あんたらがただの賊じゃねえってことは船長との戦いを見てわかった」
船長という言葉にルイシャはピクッと反応する。
どうやら目の前のスケルトンはキャプテン・バットの船に乗っていた者のようだ。
確かに伝承ではキャプテン・バットは船と共に姿を消した。共に乗っていた船員も一緒にいなくなっているのだ。この島にいても不思議ではない。
「きっとお前たちは宝なんて理由じゃない、もっと別の理由があってここに来た。違うか?」
「……」
ルイシャはその問いに押し黙った。
宝が理由なのは間違いない。でもそれはお金が目当てなのではなく、彼が持っていたという勇者の遺産が目当てだ。そのことをここで正直に話すわけにもいかない。
シンディも話せないのか、真面目な顔で口を閉ざしていた。
そんな二人を見て、スケルトンは「ま、まあ無理に話せとは言わない、理由はそれぞれだからな」と言う。
「それよりも、だ。お前たちには船長がなぜこんな海の底で番人みたいなことをしているのか知ってほしいんだ」
スケルトンの言葉にルイシャとシンディは真剣な顔つきになる。
それは今彼らがもっとも知りたいことの一つだった。
「ぜひ聞かせていただけますか?」
「ああ。だがこの話もそこそこ長くなる。船長を追いかけながら話そう」
「分かりました」
三人はキャプテン・バットが向かった方向に駆け出すのだった。
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