第9話 神色自若
「はああああっ!!」
ルイシャは雄叫びを上げながら、何度も拳を叩き込む。
普段より精度は荒いが、その分力はこもっている。硬い骨を持つキャプテン・バットの肉体にも通用するほどに。
「くく、たまんねえな。骨身に染みるぜ」
久々に感じる痛みに、バットは嬉しそうに笑う。
暗い海の底では強者に出会うことも難しいのだ。
バットは防御もせず、真正面からルイシャの攻撃を全て受け止めていた。
躱すことなどもったいない。彼はそう思っていた。
「じゃあ次は……俺様の番だ!」
お返しとばかりに、バットは大振りの一撃を放つ。
ボディを狙ったその拳を、ルイシャは腕を交差して受け止める。
まるで大砲のごとき威力を誇るバットの拳だが、今のルイシャはそれを受け止めることが出来ていた。
体の内の『暴力性』を解放したルイシャの筋力は大きく上がっている。それは攻撃力だけでなく、防御力も上がっていることも意味していた。
「どうした? この程度かキャプテン・バット」
「くくく。生意気な小僧だぜ」
超近距離で殴り合う両者。
辺りには骨と骨がぶつかり合う音が響く。
その様子を、少し離れた位置からシンディは見ていた。
「ルイシャ……あんたいったい何者なんだい?」
王紋を持つ彼女だが、目の前で繰り広げられる戦いに割って入れる気がしなかった。
キャプテン・バットが強いのは分かる。
海に生む物全てが恐れ、そして憧れた伝説の海賊。生涯喧嘩で負けたことのないという伝説も残っている彼が、弱いはずがない。
そんな彼と五分で渡り合う少年は何者なのか。
シンディは痛む体をさすりながら、疑問に思った。
「だらぁっ!!」
バットが咆哮しながら、ルイシャに殴りかかる。
ルイシャはその一撃を紙一重で躱し、胸の部分を強く殴りつける。
既に何発もいい攻撃を入れていたが、バットが倒れる気配は全くしなかった。
本当にこの調子で倒せるのかとルイシャの顔に焦りが浮かぶ。
「どうした? もうへばったか!?」
バットはそう言いながら、右足のつま先を地面にグサリと突き刺す。
そして先端が埋まった右足に力を入れ、前蹴りを放つ。
「抜錨、錨足ィッ!」
地面を砕きながら放たれる鋭い前蹴り。地面から抜けた反動が加わったその一撃は、ルイシャが反応出来ないほど迅かった。
「か――――っ!?」
錨のごとき鋭い前蹴りが、ルイシャの腹に突き刺さる。
とっさに腹筋を締めることで最悪の事態は防いだものの、内臓に重いダメージを受ける。油断していたら胃の中の物を吐き出していただろう。
「こ、の……!」
「がはは! よく耐えたな! だが俺の攻撃はまだ終わっちゃねえぞ!」
最初こそ互角に渡り合っていた両者。
しかし徐々にルイシャは押され始めていた。
「確殺! 蛮殻ラッシュ!」
「くっ! 隕鉄拳・乱!」
バットが放った拳の連打に、ルイシャは同じように拳の連打で応戦する。
その打ち合いは威力こそ拮抗していたものの、バットの方が手数が多かった。当然全ての攻撃に対処することは出来ずバットの拳がルイシャの腹部に命中し、彼は吹き飛んでしまう。
「ぐう、う……」
痛む体に鞭を打ち、ルイシャは立ち上がる。
肉体的ダメージは大きいが、まだやる気は衰えていない。
野獣のごとき獰猛な目でバットを睨みつけている。
「……それじゃあ俺様には勝てねえぜ、坊主」
「なんだって?」
バットの言葉に、ルイシャは苛立たしげに反応する。
「内なる凶暴性を解き放つって発想は悪くねえ。だが今のお前はその凶暴性に振り回されちまっている。それじゃあ折角鍛えた技が活かせねえ」
「……」
図星を突かれたルイシャは押し黙る。
今のルイシャは身体能力こそ上がっていたが、技の精度は大きく落ちていた。
先ほどバットの攻撃に反応しきれなかったのもその為だ。
「凶暴性に身を委ねるだけなら獣でも出来る。乗り回して見せろ」
「……なんのつもりだ。俺にそれを教えてなんの得がある」
「俺様は楽しく喧嘩びてえだけさ。深い意味はねえよ」
くく、とバットは笑う。
何か策を講じているようには見えない。
「俺様は暴力性を無理やり押さえつけ、乗り回している。俺みてえな雑なタイプはそれが性に合ってっからな。だがお前は違うタイプのはずだ。じゃあどうりゃいいと思う?」
「俺が……どうするか」
ルイシャは自問する。
自らの暴力性に身を委ねることなく、力を借りるにはどうすればいいか。
自分はそもそも喧嘩は争いを好むタイプではない。他者を傷つけることなく生活することができるなら、それにこしたことはないと考えている。
ではそんな自分に暴力性がないかと言えば、それはNOだ
。
体を鍛え、強くなることは楽しいし、強者と戦うことも楽しい。
戦闘以外でもテストや遊びで他者に勝つことだって楽しいと感じる。
他にも心を通わせた女性と肌を重ね合わせ、責め立て、屈服させた時にも強い快感を感じている。
暴力性とは、悪ではないことをルイシャは理解した。
すなわちそれは誰にでもある、原初的な強い衝動。その衝動を悪いことに使う人間が多いだけで、その衝動自体に善も悪もありはしない。
それを理解したルイシャは、暴力性を受け入れた。
受け入れ、自分の理性と混ぜ、渾然一体とする。
それを成したルイシャは、冷静さを取り戻しつつも瞳の奥に凶暴性を宿していた。
「……どうやら成ったみてえだな」
「バットさん、貴方のおかげです。ありがとうございます」
「よせや気色悪い。それより続きをやろうじゃねえか。その為にわざわざ慣れねえ助言をしたんだからよ」
「はい……分かりました」
構えるルイシャ。
先ほどまでとは違い、その構えは堂に入っている。
「行きます」
鋭い蹴りが放たれ、バットの腹部に命中する。
技の精度を維持しつつ、暴力性を解放した時の攻撃力を持ったその一撃は凄まじい威力を持っていた。
「ぬが……っ!」
攻撃を受けたバットの体が浮き、後ろに飛ばされる。
今までの戦いでは起きなかったことだ。
「生きてるってのはいいもんだ。すぐに成長しやがる」
飛ばされながら、楽しそうにするバット。
そんな彼にルイシャは追撃を開始するのだった。