第6話 黒き影
「んん……ここは……?」
痛む頭をさすりながら、桃色の髪の少女シャロは目を覚ます。
目覚めたその場は海岸であった。ザザ……という波の音のみが耳に入る。
「起きましたか」
声の方を見ると、そこには友人であり、仲間であり、そして良き好敵手である、アイリスの姿があった。
どうやら先に目を覚まし、シャロのことを見守っていたようだ。
「少し寝すぎたみたいね。礼を言うわ」
「構いません。それより歩けますか? ここは嫌な空気を感じます。あまり長いしないほうがいいでしょう」
「分かった。私なら大丈夫。行きましょ」
海岸を離れ、島の中を歩く二人。
島はそのほとんどが木で覆われていて、森となっている。当然先は見えないため二人は目指す目標のないまま歩くことになる。
「上に見えるのは海、よね。ということはここは海の底にある島ってこと? 頭がおかしくなりそうだわ……」
「島自体から高濃度の魔力を感じます。この島自体が強力な魔法効果の影響を受けているのでしょう」
吸血鬼であるアイリスの魔力感知能力は高い。
彼女はこの島の異質さを強く感じ取っていた。
「この島自体が『異界』と考えていいでしょう。地上の常識は通じないと考えたほうがいいでしょうね」
「はあ、何が何やら。頭が痛くなるわ」
二人は現場を確認し合いながら森の中を進む。
しかし進めど進めど、木しか現れず仲間に出会えることはなかった。
次第に気が滅入ってきたらシャロ
「……ルイたちは無事かしら」
「ルイシャ様なら大丈夫です。信じましょう」
一切の迷いなく、そう言い放つアイリス。
そんな彼女を見て、シャロは暗い顔を払拭し、いつも通りの強気な笑みを見せる。
「そうよね。ルイなら大丈夫。今もきっとどこかで戦ってるに違いない」
「はい。その通りです」
歩みを早める二人。
島の中央に行けば何かあるかもしれない。そう考えひたすらに真っすぐ歩いていると、突然アイリスが立ち止まる。
「なに? どうしたの?」
「……なにか来ます」
耳を澄ますシャロ。
すると森の奥からずっ……ずっ……と何かが這いずるような音が聞こえてくる。
「なにこの音、それに……なんか臭い……」
シャロは右手で剣を抜き、左手で鼻を押さえる。
まるで魚が腐ったようなその異臭は段々と強くなっていく。
「……来ます」
ガサガサと草をかき分け、それは姿を現す。
青黒くぶよぶよとした体皮に、うねり動く数多の足。どす黒い目に生気はなく、意思を感じることはない。三メートルはある大きな体で地面を這い、シャロとアイリスにそれは近づいてくる。
形容するなら巨大なタコ。それもかなり不気味な。
その悍ましい姿を見た二人は、全身に鳥肌が立つのを感じる。
「なにこいつ。気持ち悪すぎる……」
うげ、とシャロは表情を曇らせる。
するとそのタコは、虚ろな目で彼女を捉えると、足の一本をひゅっ、と振るう。
「ちょ……っ!?」
なんとか回避するシャロ。
目標を失った足は、彼女の後ろに生えていた木に命中し、へし折れてしまう。もし直撃していたら彼女の胴体が同じ目にあっていただろう。
「こいつ、どうやら刺し身になりたいみたいね!」
「油断しないでくださいシャロ。明らかにこのタコは普通の生き物ではありません……!」
「分かってる! 一気に仕留めるわよ!」
シャロは剣を構え、一気にタコに駆け寄る。
タコは数多ある足を振るい、それを撃退しようと試みる。
「桜花勇心流……桜花乱れ裂き!」
シャロは迫りくる足の数々を一瞬の内に切り刻む。
思わぬ反撃にタコは驚き、わずかに攻撃の手を緩めてしまう。その隙を突き、アイリスは魔法を発動する。
「鮮血の槍!」
アイリスの手から放たれた真紅の槍がタコの体を貫く。
しかしそれでもタコは絶命することなく、その虚ろな目でアイリスのことを睨みつけた。
「――――っ!?」
その目に睨まれた瞬間、アイリスは深い恐怖を覚えた。
タコはその隙にアイリスのことを太い足でぐるぐる巻きにし、動きを止める。足についたドロドロの粘膜が体にへばりつき、アイリスは強い不快感を覚える。
「こ、の……!」
力を入れ、その拘束から抜け出そうとする。しかしタコの力は強い上に更に粘液のせいで力が入らないためアイリスは抜け出すことが出来なかった。
このままではマズい。そう思ったシャロは一気に勝負を決めるべくタコの頭部に近づく。
「この一撃で終わらせる……っ!」
狙うは目と目の間、眉間。
シャロはそこがタコの急所であることを知っていた。
襲いかかる足と足の間をくぐり抜け――――上段に振り上げた剣を振り下ろす。
「桜花一閃」
シャロの渾身の斬撃が、タコの眉間を深く切り裂く。
するとその傷口から青白い血が吹き出し、一瞬にしてタコの体は白く変色していく。
『……るふ……いあ……あ……』
声にならない声を言いながら、タコは絶命する。
拘束されていたアイリスも解放され、二人は「ふう」と一息つく。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいのよ別に。それよりあんた、ベトベトじゃない。ほら、拭いてあげるわ」
「いえ大丈夫です……って、ちょっと、大丈夫だと、あ、そこは……」
「あんたやっぱり胸大きいわね……いったいなに食べたらこんなに育つのよ」
嫌がるアイリスを押さえつけ、シャロは無理やり彼女の体を拭いた。その度にアイリスは身を捩らせ、「ん♡」と甘い声を漏らす。それを聞いたシャロはだんだん楽しくなってきてゴシゴシと強めに彼女の体を拭く。
体中まさぐられ尽くしたアイリスは羞恥で顔を赤く染める。
「うう、もうお嫁に行けません……」
「ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ」
謎の敵を倒した二人は、森の奥に再び入っていくのだった。