第33話 人質
突然現れた人相の悪い海賊たち。
不戦の規則があるとはいえ、ルイシャたちは身構える。
海賊たちはシンディに用があるようでみな彼女に目を向けるが、当の本人は全く動じず冷たい目で見返していた。
「なんだいあんたら揃いも揃って。あたしに何か用かい?」
「ああそうだよ。ハッキリ言って俺たちは迷惑してんだよ、てめえの身勝手な行動にな」
海賊たちの中でリーダー格らしき人物はシンディのことを睨みつけながら言う。
「海賊のくせに海賊を襲いやがって。おかげで俺たちは商売上がったりだ! おまけに今度は宝探し? いい加減にしろよ小娘が……!」
「ふん、海賊が海賊と戦うのなんて普通じゃないか。それともなんだい? 一つの海賊団じゃ怖くて窃盗も出来ないってかい?」
「時代が違うんだよ。格好いい海賊なんざおとぎ話の中にしかいねえ。俺たちは海のならず者、ただの犯罪者なんだよ。もちろんシンドバット、お前もな」
彼の言うことは、あながち間違っていなかった。
海賊王キャプテン・バットの失踪後、ラシスコの海にカリスマ性を持った海賊は生まれなかった。
その結果、今の海賊は互いに戦わず、民間人の船を襲う者しかいなくなってしまった。
隠れ島オアフルは昔こそ互いに鎬を削っていた海賊たちが唯一戦わない場所だったが、今は仲間同士の馴れ合い場に成り下がってしまった。
不戦の規則はほとんど機能せず、ただ外の世界から隠れるための場所としてしか使われてないのだ。
そんな海賊たちにとって、あの頃の海賊のように振る舞うシンディは目の上のたんこぶだった。
「下らない夢なんざ捨てて俺たちと組め、シンドバット。お前の力があれば海賊たちの力は盤石になる」
「寝言は寝て言うんだね。あんたらと組むくらいだったら海の藻屑となった方が百万倍マシだよ」
呆れたように言ったシンディは、海賊たちを無視して店から出ようとする。
しかし彼らはその行く手を塞ぐように立つ。
「……あんたらと話すことはない、退きな」
「おいおいつれねえな。まあそんなに話したくないんだったら別に俺達は無理強いしないぜ? その代わりあいつがどうなるか知らねえけどな……」
海賊は親指で店の出入り口を指す。
すると両脇を屈強な男二人に抱えられた人が入ってくる。その人物は傷などはないがぐったりした様子だ。よく見れば顔がほんのりと赤い、アルコールが入ってるようだ。
(……あの人は!)
その人物をルイシャは船で見た事があった。
名前こそ知らないがシンディの船で働いていた人だ。
「てめえ、一線を越えたな……!」
仲間を捕らわれ、怒りの形相を見せるシンディ。
海賊たちの中にはその顔にビビるものもいたが、主犯格は余裕の笑みを浮かべていた。
「おいおい勘違いするなよ。俺たちは『不戦の規則』を破っちゃいない。海賊仲間として酒を一杯、奢っただけさ。ちいっとアルコールが強くてダウンしちまってるみたいだが、命に別状はない」
この島で強い酒を飲んで倒れることは日常茶飯事。
無理矢理にでも飲ませようとすれば規則に引っかかってしまうかもしれないが、運悪く口車に乗せられ自発的に飲めば規則には引っかからない。
規則の穴を突き、悪事を働く。
これは彼らの常套手段だった。
「……度胸はないくせに悪知恵だけは一丁前だね。そいつに手を出してみな、その瞬間あんたの頭と体はお別れすることになるけどね」
「強がんなよシンドバット。お前が規則に違反すれば島を即座に追い出される。そうなったら誰がこの島にいる仲間を守るんだ?」
「ぐっ……外道が」
シンディは歯噛みする。
夢に目の前まで迫っているというのに。こんな所でこんな奴らに邪魔されるなんて。
しかし仲間を見捨てるわけにもいかない。そんなことすれば目の前の奴らと同じだから。
だがいくら頭を回転させてもこの場を切り抜ける方法は思い浮かばなかった。
すると、
「あの、その人離してもらってもいいですか?」
なんとルイシャが捕まった男のもとに近づき、彼を抱える二人の男に話しかけていた。見知らぬ少年の突然の行動に海賊たちは動揺する。
「なんだあガキ? お前は関係ないだろ」
「関係ありますよ。僕はシンディの協力者ですからね」
「だったら何だってんだ? お前がシンドバットの代わりに俺たちを殴るってのか?」
海賊はルイシャを嘲笑しながら自分の頬をこれみよがしに近づける。
それを見たルイシャは拳を振り上げると……ためらうことなく海賊を殴りつけ、吹き飛ばしてしまった。
「ぶげっ!?」
きりもみ回転しながら吹き飛んだ海賊の一人は、店の壁をぶち破って外にでると地面を二回ほどバウンドし、崩れる。誰から見ても再起不能だ。
他の海賊たち、そしてシンディも唖然とする中ルイシャは言い放つ。
「僕は友達が傷つけられた時、躊躇わないことにしてます。規則に守ってもらえると思ったら大間違いだ!」