第32話 大冒険家ケビン・クルーソー
「品物は用意しとく、店の裏手に積んどくから後で船で取りに来な」
店主のアーシャにそう言われたルイシャたちは一旦「歌姫の海宝堂」から出て、オアフルの中心部の方に歩いて移動していた。
「ねえシンディ、次はどこへ行くの?」
「知り合いと会う約束があってね。すぐ終わるから付き合ってほしい」
「うん、分かった」
中心部に近づくにつれ、辺りの治安はどんどん悪くなっていく。
見慣れないルイシャたちの姿を見て海賊たちは様々な視線をぶつけてくる。それは好奇だったり悪意だったり、いずれにしても気色の悪いものだった。もし名の通った海賊であるシンディが側にいなければ何度ちょっかいをかけられたか分からなかっただろう。
「確かにこんな所にシャロとアイリスを連れて来なくてよかった。男の僕でも気持ち悪いや」
「あそこにいる不埒者……ルイシャ兄に欲情しているな。殺りますか?」
「うへ、気持ちわる……」
ヴィニスが言った方を見てみると、確かに何人かの男たちが下卑た笑みを浮かべながらルイシャを見ていた。その視線を全身に受けたルイシャは背中に鳥肌が立つ。
「あんまり見ない方がいい。気に入られると後が面倒だよ」
「うん、気をつけるよ……」
なるべく周りを見ないよう、正面を見ながら一行は歩を進める。
そうしてたどり着いたのはそこそこ大きめな酒場だった。
壁や柱のあちこちにガタがきている少しボロっちい見た目の店だが、人の出入りは多い。どうやら繁盛しているようだ。
ギイ、と悲鳴を上げる扉を開けて中に入ったシンディは、店内を見渡すとお目当ての人物を見つけその人が座るテーブルのもとに一直線に向かう。
「ようケビン。まだ生きてたか」
「んあ? おお! シンディじゃないか、もう来ないかと思ってたぜ」
大口を開けてスパゲッティを頬張っていたその男は、シンディの顔を見ると嬉しそうに笑みを浮かべ、座るよう促す。
年は二十代後半くらいだろうか。茶色い中折れ帽がよく似合う、精悍な男だった。
「後ろの子どもたちは誰だ? 船には乗ってなかっただろ?」
「こいつらは新しい仲間さ。ま、一時的なものだけどね」
「そっか。まあお前の仲間なら俺の友人も同じだ。よろしく」
そう言ってケビンと呼ばれたその男は、ルイシャたちに手を差し出す。
ルイシャたちは流されるままその男と握手し、自己紹介を交わす。
「ルイシャにヴォルフに……ヴィニスね。オーケー、覚えた。俺は泣く子も黙る大冒険家『ケビン・クルーソー』だ。よろしくな」
そう自己紹介したケビンは、ニカっと白い歯を光らせる。
するとその名前を聞いたルイシャが「え!?」と驚く。
「ケビンさんってあのケビンさんですか!?」
「お、まさかこんな所でファンに会えるとはな。嬉しいね、サインいる?」
ぶんぶんと首を縦に振るルイシャ。
ケビンは仲間と思わしき人物から一冊の本を受け取ると、そこにすらすらとサインを書きルイシャに渡す。
「ありがとうございます! 大切にします!」
嬉しそうにルイシャは本を受け取る。
するとケビンのことを知らないヴォルフが尋ねてくる。
「なあ大将、この人は一体誰なんだ?」
「ケビンさんは有名な探検家だよ。たくさん本も出してて、どれも凄い面白いんだ。僕は特に『ルクナシア迷宮探検記』が好きかな。迷宮に閉じ込められるお話なんだけど面白いよ」
早口で捲し立てるようにルイシャは説明する。
昔から強いものに憧れがあったルイシャは、冒険記や探検記を好んで読んでいた。好きな作品はいくつもあるが、その中でもケビン・クルーソーの書いたものは上位に入るほど好きだった。
「迷宮探検記が好きとは物好きじゃないか。それなら今度出す『ポタリカ地下遺跡探検記』もきっと気にいると思うぜ」
「え! 新刊出るんですか!? 五冊買います!」
他の者を置いてけぼりにして会話が弾む二人。
見かねたシンディは「こほん」と咳払いし、注意を集める。
「盛り上がってる所悪いけど、先に話を済ませていいかいルイシャ?」
「あ、ご、ごめん……」
つい周りが見えなくなってしまったことを反省し、ルイシャはすごすごと後ろに下がる。
するとケビンも「悪い悪い」と謝りながらシンディの方に向き直る。
「じゃあ本題に入ろうか。俺と別れた後『死海地点』に行ったんだよな? なんか手がかりは見つかったのか?」
「まあね。もう見つかったも同然、あたしは直ぐにでもアタックするつもりだよ」
「……へえ、そりゃ凄い」
ニヤリ、とケビンは楽しそうに笑う。
探検家として世界中を旅するケビンは、当然海賊王の秘宝のことも追いかけたことがある。その過程でシンディの海賊団と出会い、少しの間だが共に旅をしたこともあった。
「ようやくお前の旅の目的、その入り口にたどり着いたってわけだ。めでたいじゃねえか」
「ああ、ようやくだ。絶対に見つけてみせる」
真剣な表情でシンディは断言する。
その横顔を見たルイシャは、一体何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうかと少し不思議に思った。
「で、だ。ケビン、あんたも一緒に来る気はないかい? 来てくれると心強いんだけど」
「喜んでついていく……と言いたい所だが、やめておく。こっちも忙しくてな、明日にはここを出て別の場所に向かわないといけない」
そう言ってケビンはテーブルの上にゴトリとある物を置く。
それ光り輝く大きな金貨だった。表面にある神秘的な木のデザインが特徴的だ。
あまり貴金属には詳しくないルイシャだが、それでも目を奪われてしまうほど、それは美しく輝いていた。
「『王金郷レムリア』。そこの物とされる金貨だ。俺たちは今これを追っている、この旅が終わるまで寄り道するつもりはない」
「……王金郷なんて信じてなかったけど、これを見たら本当にあるのかもしれないと思ってしまうね。よく見つけたねこんなもの」
金貨を興味深く眺めたシンディはそれをケビンに返す。
お宝には詳しい彼女は、その金貨が普通のものでないことを一瞬にして見抜いた。
「普通の金と比べて五倍は重い、それにその世界樹のデザインは今から二千年前に使われたもの、王金郷が栄えていたとされる時期とも合致する」
「さすが、詳しいな」
「あんたほどじゃないさ」
ケビンは大事そうにその金貨を懐に戻すと席を立ち上がる。すると近くに座っていた彼の仲間と思わしき二人の人物、聖職者のような格好をした女性と屈強な肉体を持つ寡黙な男もそれに続く。
「じゃあそろそろ俺たちは次の冒険に行くとする、達者でなシンディ」
そう言ったケビンは次にルイシャたちに視線を移す。
「こいつは無茶しがちだからフォローしてくれると助かる。よろしくな」
「は……はい! 任せてください!」
「んまあ大将も大概無茶すっけどな」
「ちょ、やめてよヴォルフ!」
わいわいと騒ぐ彼らを見て、満足そうに笑みを浮かべたケビンは酒場を出ていく。
それを見送ったシンディも「さて」と席を立つ。
「用も済んだし船に戻るとしよう。あいつらも色々と準備が済んだ頃合いだろうしね」
その言葉に従い、ルイシャたちも席を立ち、店を出ようとするが……それをよしとしない者たちがいた。
「待てよシンドバット。冒険家とは話して、海賊とは仲良くしてくれねえのか?」
一向の前に立ちはだかったのはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる海賊たちだった。その数はおよそ三十人ほど。どうやらタダで帰してくれそうにはなかった。