第31話 歌姫の海宝堂
赤毛の人魚にして『歌姫の海宝堂』の店主、アーシャ
彼女のいるカウンターの中に大きな水槽があり、彼女の下半身のみ水の中にあった。上半身のみ外に出し彼女は生活していた。
「すごい、人魚って本当にいたんだ……!」
「ふふ、なんだいシンディ、このかわいい男の子は。いったいどこで捕まえてきたんだい?」
からかうように人魚のアーシャがそう言う。
「そんなんじゃないよ。ルイシャとは協力関係にあるだけさ。まあそれが終わったら仲間に勧誘しようとは思ってるけどね」
「へえ、あんたがそこまで入れ込むとは珍しい。気をつけるんだよ君。あの女はサバサバしてるように見えて、意外としつこいからね」
「は、はあ……」
「下らないこと言ってないで仕事してくれない? 色々と用意して欲しいんだけど」
そう言ってシンディは何やら文字がびっしりと書かれたメモをアーシャに手渡す。
それを見た彼女は驚いたような表情を浮かべる。
「なんだいこの量は。また遠い海にでも行く気かい?」
「違うよ。とうとう見つけたのさ、アレを」
「……にわかには信じられないけど、あんたはそういう冗談は言わない。わかった、ちょっと待ってな」
アーシャは真剣な顔でそう言うと、店に並ぶ水槽に「あんたら仕事の時間だよ!」と声をかける。
すると水槽の中から大きな蟹や海老のような生き物が出てきて、商品をまとめ始める。人魚である彼女は海の生き物と意思疎通することが出来るのだ。
「凄い光景だ……」
「世界は広えなあ」
店の中をせわしなく動き回る水棲生物を見て、ルイシャたちは圧倒される。
そんな彼らを他所にアーシャは真剣な表情でシンディに問いかける。
「しれっと紛れ込んでるけど『人魚の涙』は何に使うつもりだい? まさか目的地は海の底だなんて言うんじゃないでしょうね?」
「ご名答。いい勘してんじゃないか。海賊に向いてんじゃないの?」
悪びれずそんなことを言う彼女に、アーシャは「はあ……」とため息をつく。
「あんたが昔からキャプテン・バットを追ってるのは知ってる。でも海底はやめときなさい。あそこは死に最も近い場所、とても人間が行ける世界じゃないわ。私みたいな人魚か魚人……後は海底人みたいな生物じゃないと確実に死ぬわ」
「だから人魚の力を借りられる『人魚の涙』を高い金払ってまで買うんじゃないの。心配してくれるのは嬉しいけど、ここは友人として力を貸して欲しい」
そう言ってシンディは頭を下げる。
滅多に見せることのない友人の行動を見て、アーシャは彼女の覚悟を知る。
「……はあ。あんたは昔から言い出したら聞かなかったね。わかった、売ってやろうじゃないの。しかし計画書を見せること、それと私が言った物を全部持ってかない限り行くことは許さないわ」
そう言ってアーシャはカリカリと海底に行くのに必要な物を書き出していく。
彼女の書いた物は紙五枚分もあり、その総額は結構な物になった。
「ったく、商売上手だねあんたも。こんなに買ったらうちの海賊団は破産しちまうよ」
「そりゃ良かった。それならもう海賊王のとこなんか行けないね?」
そう軽口を叩き、二人の女傑はお互いに笑みを浮かべるのだった。