第29話 異界
死海地点の結界を解いてから三日後。
ルイシャたちを乗せた海賊船グロウブルー号は目的地に無事辿り着いた。
「見な! あれがあたしたちの目的地『隠れ島オアフル』だよ!」
シンディがそう呼んだその島は、小さな島だった。
しかし小さい割には木造の小屋がたくさん立っており、人も大勢いるように見える。
そして何より停泊している船の数が多かった。
「あれって全部海賊船!?」
「めっちゃ治安悪そうだな……」
停泊している船の帆には様々なデザインのドクロマークが描かれていた。
それは海の荒くれ者である海賊の証。オアフルの停泊所にはそのマークが描かれた船が何十隻も停泊していた。
「なんでこんなに海賊が集まってるのに取り締まらないんだろ? すぐにバレそうだけど……」
「それはこの場所が『異界』だからさ」
ルイシャの疑問にシンディが答える。
「異界ってあの異界? 普通の島にしか見えないけど」
「見た目はそうだけど、この島はれっきとした異界さ。その証拠にここには海賊船しか辿り着くことは出来ない」
異界という聞きなれない言葉を知っている前提で話すルイシャとシンディ。
それに痺れを切らしたヴォルフは口を挟む。
「その『異界』っていうのはなんなんですかい? 何となく不思議空間ってのは分かりますが」
「ああごめん、ヴォルフは知らなかったね。『異界』っていうのは独自の規則が追加された空間のこと。不思議空間っていうのもあながち間違いじゃないね」
ルイシャは喋りながら自分が魔王と竜王に出会ったあの空間の事を思い出す。
『無限牢獄』。あれも人工的に作られた『異界』だ。
規則は二つ。
時間の流れの鈍化と老化の停止。
それが無限牢獄内にいる限り強制的に適用された。
例え最強の存在である魔王と竜王であってもその規則から逃れることは出来ない。
それほどまでに異界の規則は絶対であり不変のものなのだ。
「異界オアフル島の規則は二つ。
一つはこの島には海賊船しか来れないこと。例え海賊船に偽装していてもこの島には辿り着けない。搭乗している人間に一人でも海賊を倒そうとしている人がいてもこの島には来れない」
「……僕たちは海賊じゃないけど大丈夫なんだ」
「どうやら危害を加える気がないなら大丈夫なようだね。まあもし駄目だったら小舟でそこら辺を漂ってて貰うつもりだったから支障はなかったけど」
「いや僕らからしたら支障しかないんだけど?」
ルイシャは強めにツッコミを入れるが、シンディはそれを気にも止めない。
海の戦士は細かいことは気にしないのだ。
「もう一つの規則は『海賊同士の戦闘行為を禁ずる』だ。
この島は海賊の楽園。唯一戦いを忘れられる場だ。
ここで戦闘を行なったものは強制的に島から追い出され二度と中に入ることは出来なくなっちまう。助けに行くのも大変だろうから絶対に喧嘩なんてするんじゃないよ」
「はーい」
素直に返事するルイシャ。
しかし逆にその素直すぎる返事を聞いたシンディは不安になる。
「言っとくけどフリじゃないからね?」
「分かってるって。僕は喧嘩っ早くないから安心してよ。ねえヴォルフ?」
「え、あ、ああ! そうだな!」
「……ったく、厄介なのを拾っちまったみたいだねえ」
目が泳ぐヴォルフを見て一抹の不安を覚えるシンディだが、荷物持ちは多い方がいい。仕方なくルイシャとヴォルフ、そしてヴィニスの三人は連れて行くことにする。
「だがシャロとアイリス、あんたらは船に残ってな。これは船長命令だ」
「ちょ、なんでよ! 私だって行きたいわ!」
「そうです。ルイシャ様の側を離れることなど出来ません」
抗議する二人だがシンディはそれを却下する。
「あんたらみたいな綺麗所を連れてったら無用なトラブルの元だ。いくらここでの戦闘行為が禁じられてるとはいえ、中にいるのは違法行為になんの躊躇いもないクソ野郎どもばかり。どんなトラブルになるか分からない、船にいた方が賢明だ」
シンディの言うことは正しかった。
たとえ島内で戦闘出来ない規則があっても、例えば薬で眠らせ連れ去るなどいくらでも抜け道はある。当然この島にいる海賊達はそこらへんの規則の穴に詳しいだろう。
いくら彼女達が強いといっても危険過ぎるのだ。
ルイシャもそのことを理解したので二人に残るよう頼む。
「僕たちは大丈夫だから船をお願い。すぐ帰ってくるから」
そう言われた二人は渋々それを了解し、船に残る。彼女達も力になりたいだけで迷惑をかけたい訳ではない。
「さて、話もまとまった事だし行くとするか。いいかい? あんたら絶対喧嘩すんじゃないよ!」
「はい!」
「任せろ!」
「知の盟約に従い、その願い聞き入れよう」
元気よく返事をする三人。
果たして約束は守られるのだろうか……。