第28話 波打ち
「言葉で説明するのは簡単だが、それで理解するのは難しいだろう。ルイシャくん、手を出してみるといい」
「こう、ですか?」
ルイシャはそう言って右の手の平を前に出す。
するとマックは彼の手の平に自分の手の平を重ねる。そして、
「はっ!」
そう声を出した瞬間ルイシャの手の平は弾き飛ばされる。
今まで体験したことのない未知の衝撃が、ルイシャの腕を駆け巡る。ぷるぷると震える自分の腕を見てルイシャは楽しそうに笑みを浮かべる。
「な、なんだこれ? 衝撃が体の中まで響いてる! 気功術の水振頸に似てるけどちょっと違うような……」
「おい! 俺にもやってくれよ!」
ルイシャが衝撃の正体を考えている間、ヴォルフも同じようにマックの攻撃を受ける。
体の硬いヴォルフも同じように振動が中まで響き、その技に驚く。
「なんだこりゃ、不思議な技だぜ。まるで船酔いした時みたいにぐわんぐわん揺れるぜ……」
「お、原理は違うがいい着眼点だな」
感心したようにマックはヴォルフを褒める。
それを聞いたルイシャは更に思考を巡らす。
「船酔い……揺れ……もしかしてこの衝撃の正体は、『波』ですか?」
「……こんなに早く気づかれたら教え甲斐がないな。その通り、今見せた技は『波打ち』と呼ばれる、波の揺れる力を利用した技だ」
その答えを聞いたヴォルフは「波の力……?」と首を傾げる。
「船の上に立っている以上、私たちは波の影響を受け続ける。だから体が揺れてしまいうまく立つ事ができない。それを回避するために海で暮らす私たちは下半身で波の衝撃を『流す』」
「大将が言っていた『上半身はぶらさず下半身は揺れに委ねる』ってやつだな」
「そうだ。しかし『波打ち』はその逆なんだ。足で波の衝撃を『受け止める』」
マックはそう言うと足の重心をいつもと逆にかける。当然足には波の負荷が直撃する。
「そして足に溜まった波の力。これを下半身から上半身、上半身から手の先に移動し……放つ!」
パァン! という大きな破裂音がマックの手の平から鳴る。
魔力も気も使わないその技術にルイシャとヴォルフは「おぉ……!」と興奮する。
「すごい! こんな技があるなんて! これって海の人なら誰でも出来るんですか!?」
「全員ではないが、一流の海の戦士なら誰でも出来ると思うぞ。中には陸地でも波打ちが出来る奴がいるくらいだ」
「え? 波のないところで波打ちを?」
「ああ、出来るぞ。なんでも人体のほとんどは水で出来ているらしい、それを揺らして擬似的に波を作り出すらしい……もちろん私は出来ないので受け売りだけどな。この船で出来るのは船長くらいのもんだ」
「シンディは出来るんだ、やっぱあの人もヤバい人だなあ……」
シンディのヤバさを再確認したルイシャは、教えられたことを反芻しながら練習を開始する。するとヴォルフもそれに倣い、波を意識し練習を始める。
仲良く並んで練習をする二人の姿を見て、マックは目を細め他の人にはわからないくらい小さく笑う。
「懐かしいな。シンディも小さい頃はよくこうして船の上で特訓してたもんだ」
「へえ。マックさんはシンディとの仲は長いんですね」
「あいつが八歳で海に出た時からの付き合いだからな。もう十一年になるか。あの時は今以上にお転婆で手を焼いたものだ……」
「いや八歳で海に出たって言うのがまず驚きなんですけど!?」
そうツッコミを入れるルイシャだが、幼いシンディが周囲の反対を押し切って海に出る姿は想像出来た。とてもじゃないが一つの町で大人しくしていられるようなタイプには見えない。
「船長は初めて海に出たあの日から、キャプテン・バットを追っていた。七つの海を回ったのもこの冒険のための下準備。仲間を集め、情報を集め、世界樹から切り出した木材で造られたこの船を入手したのもこの時の為。出会ったばかりの君たちに頼むようなことではないが、どうか船長を助けてやって欲しい」
真剣な面持ちで頼み込むマックに、ルイシャたちも真剣な表情で首を縦に振る。
「僕もこの旅にかける気持ちは大きいです。目的が一緒なら僕も全力で手助けしますよ」
力強く言い放つルイシャを見て、マックは満足そうに頷く。
「ありがとう、頼りにしてる。もし『波打ち』で分からないことがあったら言ってくれ。別れるまでには覚えて貰えるよう努力しよう」
「あ、出来た」
「え!? 早くない!?」
人の技の真似はルイシャの特技だ。
驚き目を剥くマックを余所に、戦闘センス抜群のヴォルフもコツを掴み始める。
船長も大概だが、この子ども達も常識外れだな……。
マックは心の中でそう呟くのだった。