第24話 酒乱
あけましておめでとうございます!
今年も「魔王と竜王に育てられた少年は学園生活を無双するようです」をよろしくお願いいたします!
「おらどうした! ぼうっと突っ立ってねえせかかって来やがれ!」
酒を飲み暴走状態のルイシャは海賊たちを挑発する。
これが普通の酒場であれば周りの人たちは避けるかもしれないが、ここにいる者たちは海の荒くれ者、海賊。こんな楽しそうなイベント、放っておくわけがない。
「面白え! 俺が相手してやるぜ小僧!」
そう前に出て来たのは巨漢の男だった。身長は二メートルを超えており筋肉ムキムキ、見るからに強そうだ。
「やっちまえー!」
「子どもに負けんじゃねえぞー!」
囃し立てる海賊たち。すっかりお祭り気分といった感じだ。
船長であり彼らを諌める役であるはずのシンディも酒を片手に楽しそうにしている。どうやら誰も止める気はないようだ。
「小僧。お前は見た目と違って強いってのは知ってる。だが海で鍛えたこの肉体、そう簡単には突破できねえぞ」
「うるせえ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさとかかってこい」
ルイシャは悪そうな笑みを浮かべながら指をくいくいと動かし挑発する。
普段の穏やかな彼からは想像つかない仕草だ。
「面白え遊んでやるよ!」
巨漢の海賊はその太い腕を豪快に振り回しルイシャを殴りつける。
するとその瞬間バシィィッ! という大きな破裂音が船内に響き渡る。これは勝負あったか!? とギャラリーの海賊たちは思ったが、
「なんだ? この程度か?」
なんとその一撃をルイシャは右の手のひらで軽々と受け止めてしまっていた。
大柄の海賊は急いで拳を引き戻そうとするが、ルイシャはその拳を掴んでしまっているためそれすら出来なかった。まるで万力で固定されているかのように動かない感覚、その凄まじい握力に海賊は驚愕する。
「なんて力してやがる……っ!」
「はは! どうした、怪力が自慢じゃなかったのか?」
「こんにゃろう、舐めやがって!」
動かせない右腕は諦め、男は左腕で拳を作り殴りにかかる。
それを見たルイシャは掴んだ右拳を外側に回して関節を極める。
「いでぇ!」
肩と肘に走る鋭い痛み。
男は耐え切れず大きな声をあげる。その隙をルイシャは見逃さなかった。
「隙だらけだぜデカブツ!」
ルイシャは掴んだ拳を離すと、一気に男に接近し隙だらけの腹に前蹴りを放つ。
気功術でもないただの蹴り。しかし鍛え上げられた肉体から放つその蹴りは常人からしたら必殺技に等しい。泥酔したルイシャは容赦が無くなっているので、その威力は更に高い。
「ふびらっ!?」
まるで腹に大砲の一撃を食らったかのような感覚に男は変な声を出して吹き飛ぶ。
勢いよく飛んだ彼は船の壁を突き破り船外に放り出され……そのまま海に落ちていった。
「ははは! よく飛んだな!」
面白そうに高笑いするルイシャ。それを見てヴォルフは頭を抱える。
「ああ、だから大将に酒は飲ませちゃ駄目なんだ……」
「くく、面白いね、あんたのとこの大将さんは」
楽しそうに笑いながらシンディは酒を呷る。
既にルイシャの所だけでなくあちこちで乱闘が始まっているというのに彼女は落ち着いた様子だった。そのことにヴォルフは疑問を抱く。
「あんた船長なのに止めなくていいのか? 机も椅子もめちゃくちゃ壊れてるけど」
「別に構わないさ。そんなの買い足せばいいだけだからね。大事なのは『今』を楽しむこと。死と隣合わせの毎日だからこそあたし達は今を楽しむことを何より大事にする。後で後悔することが分かってても、今の楽しみを捨てる理由にはならないのさ」
「はあ……そりゃなんというか、豪快な生き方だな。嫌いじゃねえかもしれねえ」
今まで聞いたことのない生き方に触れ、ヴォルフは感銘を受ける。
村や町などの安定を好むコミュニティではあまり生まれない刹那的な生き方。意外と自分には合ってるかもしれないな、と口には出さないが思った。
「あんたもやりたいなら海賊団に来るかい? 若い手はいくらあっても困らないからね、歓迎するよ」
「……光栄な申し出だが断らせてもらうぜ。少し前なら受けたかもしれねえが、今いる所が居心地良すぎるからな」
「そうかい、そりゃ残念だ」
残念と口にしつつもどこか上機嫌そうに言ったシンディは「よっ」と言って腰を上げる。
そしてルイシャをあの状態にした『竜酒』の瓶を二本持つ。
「さて、船員共も十分楽しんだことだし、そろそろお開きにするかい」
そう言って彼女はルイシャのもとに近づいていく。
時折椅子や机や船員が飛んでくるが、シンディはそれらを華麗にかわして進む。
「おらぁ! 次はどいつが俺の相手だ!?」
既に何十人もの船員を相手しているルイシャの目は興奮してギラついていた。
そんな彼のもとにたどり着いたシンディは口を開く。
「ずいぶん楽しそうじゃないか。次はあたしの相手をしてくれないかい?」
「誰かと思えばシンディじゃねえか。いいぜ、楽しくなりそうだ……!」
そう言って低く構えるルイシャ。
さっきまでとは本気度が違う。酔っていても相手の力量はキチンと見抜けているようだ。
「戦闘も魅力的だけど、あたしとあんたが全力でヤリあえば船がダメになっちまうよ。ここは一つ、これで勝負をつけないか?」
そう言って彼女が掲げたのは『竜酒』の入った大きな瓶。彼女は酒による勝負を持ちかけたのだ。
「酒、か……」
「どうした? 女と酒勝負するのは怖いかい?」
「そ、そんなわけないだろ! 上等だ!」
その言葉にシンディはニィ、と笑みを浮かべる。
挑発すれば乗るとは思っていたが、ここまで簡単にいくとは思わなかった。
「じゃあまずはあたしから……」
そう前置くと、彼女は『竜酒』の瓶に口をつけ直に飲み始める。
するとみるみる内に瓶の中身は彼女の胃の中に収まっていく。それを見ていた船員たちは悲鳴にも似た声をあげる。
「うわ……」
「出た、船長の一気飲み……」
「竜酒の度数って五十を軽く超えてたよな、人じゃねえって……」
「竜と飲み勝負しても勝てるだろあれ」
酒には強い海賊たちだが、流石に強いと言っても限度がある。シンディの強さは明らかに人外のそれであった。
「ごくごく……ぷはぁ。くぅー、いいね竜酒は。これくらい強い酒じゃないと頭にガツンと来ないんだよなあ」
瓶の中身を全て飲み干したにも関わらず、ケロッとした表情で彼女は言う。
そして彼女は空になった瓶を捨て、満タンに入った方の瓶をルイシャに差し出す。その瓶の大きさはいわゆる一升瓶のサイズを超えており、内容量は二リットルを超える。
「ほら、飲りな」
「あ、ああ」
躊躇しながらもルイシャはそれを受け取る。
その顔からはさっきまでの威勢は消えている。
「や、やってやるぜ……!」
覚悟を決めたルイシャはシンディと同じように瓶に直接口をつけると、一気に飲み……わずか三秒でバタンと倒れた。二口分くらいしか飲めなかったが、既に酒の回っているルイシャにはそれが限界だった。
「きゅう」
かわいらしい声を出しながら目を回すルイシャ。
彼が大人しくなったことで周りの海賊たちも次第に静かになっていく。
「ほら! そろそろお開きだよ! 片付けてとっとと寝な!」
シンディがそう大きな声を出すと、それに従い船員たちは後片付けを始める。
その顔に不満そうな様子はない。どうやら彼女はちゃんと慕われているようだ。
「シャロとアイリスもボケっとしてないでそこの飲んだくれボーイを部屋に運びな!」
「「ひゃ、ひゃいっ!!」」
急に名指しで指名され、二人はビクッとして立ち上がる。
そして急いでルイシャのもとへ駆け寄ると、二人で彼の両腕を肩に回し立たせる。
「ほら、大きめの部屋を取ったから三人で使いな」
そう言ってシンディはシャロに部屋の鍵を投げ渡す。
「あ、ありがと。助かるわ」
「いいよこれくらい。それよりあまり大きな声を出すんじゃないよ? 波の音がある程度消してくれるとはいえ、三人して大きな声を出されたら船員たちに聞こえちゃうからね」
一瞬何のことを言われてるのか分からずポカンとするシャロだが、少ししてその言葉の意味に気がつく。
「な……っ! 余計なお世話よ!」
「くく、そういうことにしておいてあげるよ」
赤くなって怒鳴るシャロを見て、シンディは楽しげに笑うのだった。