第22話 交渉
シンディも海賊王の宝を狙っている。
これを知ったルイシャの取れる選択肢は二つだった。
ひとつは戦うこと。
この場で彼女達と戦い勝利し、また策を練り直す。
シンディは確かに強敵だが、ルイシャは自分が勝てないほどではないと思っていた。奥の手を隠している可能性は高いが、ルイシャも奥の手『魔竜モード』を隠している。
しかし……こっちには戦える人が少ない。ルイシャと仲間四人しか戦える人がいないのに対し、相手は全員がある程度戦える。フォードとその部下の船員を庇いながら戦うのはあまりにも分が悪い。
だとするともう一つの手、『話し合い』で解決するしかなくなる。
落とし所を見つけ、手を組むか見逃して貰うか。いずれにしろ難航しそうだ。
「……僕はあなた達と戦いたくありません。戦わずこの場を収めて貰えないでしょうか?」
「いーよ別に」
「そうですよね、難し……って、いいんですか!?」
シンディの思わぬ反応にルイシャはオーバーなリアクションを取る。
それを見た彼女は面白そうにけたけた笑う。
「ちょっと。あたし達をドレイク達みたいな野蛮な奴らと一緒にしないでおくれよ。確かにルイシャと戦うのは楽しそうだけど、そんなのいつでも出来る。だけどあんたらと手を組めるなら今このタイミングしかない」
「手を組むという案が出てくるとは意外でした。シンディさん達もまだお宝に辿り着けてない、ということですか?」
「まあね。ただあと少しという所までは来てる。あたし達だけでも正直大丈夫とは思ってるけど……保険は多いに越したことはない。それにあたしの船乗りとしての勘が言ってるんだ。あんた達は必要な『鍵』だってね」
そう言ってシンディはニヤリと笑みを浮かべる。
その全てを見透かしてそうな瞳に、ルイシャは少したじろぐ。
「あんたらにとっても悪い話じゃないだろう、なんせあたしはこのお宝を十年以上追っている。誰よりも詳しいと言っていいだろう。そんなあたしと手を組める。これ以上美味しい話があるかい?」
「……確かに美味しい話ですね。しかしそんな簡単に僕らを信用していいんですか?」
「もちろん条件はあるさ。あんたらの目的が知りたい、子どもが海賊王の宝を追うなんて普通じゃない。夏休みの課題にしちゃスケールが大き過ぎるからね」
確かにシンディの疑問はもっともだ。
手を組むのであれば相手の目的を知るのは最重要だ。
「言っとくがあたしの勘は鋭い。適当な嘘は通用しないからね」
達人は相手の息づかいや所作から心の動きを読み取ってしまう。彼女の言葉がでまかせでないことをルイシャは理解していた。
ルイシャはシャロに目配せをする。彼の意図に気付いたシャロは「任せる」と首を縦に振った。それを見たルイシャは覚悟を決める。
「僕らは海賊王が持っていたとされる『勇者の遺産』を追ってここまで来ました。それ以外のお宝に興味はありません」
「勇者の遺産……? なんでそんな物を?」
ルイシャに緊張が走る。
流石に全てを話すわけにはいかない。しかし嘘をついてもバレてしまう。
言葉を選び、最小限の被害で最良の結果を得られる道を必死に探す。
「あそこにいる彼女は、勇者オーガの子孫です。彼女が勇者の遺産を集めるのは変な話じゃないでしょう?」
「なるほど、確かに道理は通ってるし嘘をついてる気配もない。まあ全部話してくれてる訳じゃあなさそうだけどね」
「……それは貴女も同じじゃないですか?」
「へぇ……これは驚いた」
シンディはルイシャの言葉に嬉しそうに笑う。
ルイシャの勘も彼女に負けないくらい冴え渡っている。なのでシンディが何かを隠している事には気がついていた。分かった上で泳がせていたのだ、今この時の反撃のために。
「分かった、深く探りはしない! そしてその上で協力しようじゃないか。お宝を得た暁にはあんた達に勇者の遺産を渡そう。その代わりそれ以外のお宝はあたし達が貰う。それでどうだい?」
シンディが差し出した手をルイシャはジッと見る。
これに本当に乗っていいだろうか。彼女達は悪い人には見えないけど海賊だ。
そんな人たちを本当に信じていいのだろうか? もし海の上で裏切られたら陸に戻ることは難しいだろう。
だが、これを逃したらゴールから遠ざかる気がした。
これは勘だ。勘でしかない。
しかし鍛え抜いた先に得たこの勘を、ルイシャは信じる事にした。
「分かりました、よろしくお願いいたします」
「そうこなくちゃ、頼りにしてるよ」
固く握手する二人。
海賊達は指笛を吹き、新たな仲間を歓迎する。
「っつーわけでこいつらは貰ってくよ、フォードの旦那」
「ああ、彼らが決めた事なら止めはしない。しかし彼らは私の恩人でもある、くれぐれも手荒な真似はしないでくれよ」
「分かってるって、任せておくれよ」
言いながらシンディはルイシャ達を自分の船に招き入れる。
ルイシャは船に飛び移ろうとするが、その時ある事に気づく。
「あれ? そういえばヴィニスは?」
アイリスの従兄弟の吸血鬼である彼が甲板に姿が見えなかった。
「そういや戦ってる時もいませんでしたね。こんなにうるさかったってのにどうしたんでしょうか?」
「心配だね、探してくるよ」
アイリスにそう言ってルイシャは彼を探し始める。
船内に入り、部屋を開け彼の姿を探すが、中々見つからなかった。
「どこに行ったんだ……?」
いくつもの部屋を周ったあと、ルイシャは共同トイレの中も探す。流石にここにいないだろう……と思っていたのだが、なんと彼はトイレの手を洗う場所に突っ伏して倒れていた。
「ヴィニス! どうしたの!?」
駆け寄るルイシャ。彼の顔色は明らかに悪い、船酔いという線も考えたが、彼の額に浮かぶ汗の量からそれ以上に重症な何かだろと推測する。
「……え、が……」
「なに? どうしたの!?」
「声が、聞こえる……」
「へ!? どういうこと!?」
この後に及んで中二発言かと思われたが、彼の顔は明らかに真剣なそれだった。
ルイシャは茶化さず言葉を待つ。
「声が聞こえる、呼んでいるんだ俺を! お前はいったい……っ!」
◇ ◇ ◇
時を同じくして、海上。
船の残骸にへばりつく海賊ドレイクも頭を抱えていた。
「――――あァ! 頭が痛え!」
生き残った船員達が船長を心配するが、その声はドレイクには届かなかった。
彼に聞こえる声は深き深淵より届く、耳障りな声のみ。
「分かったよ! 行きゃあいいんだろ! てめえの所に!」
選ばれし者たちは集う。
呪われた約束の地へと。