第19話 三つ巴の戦い
「突っ込め野郎ども!」
「「「「「ヨイサホーッ!」」」」」
謎の海賊船はものすごい勢いでドレイクの船に接近すると、その先端をドレイクの船の側面に激突させる。
「なっ……!」
メキメキメキッ! と木が軋み砕ける音ともに船体が激しく揺れる。
ルイシャは竜王剣を出し、床板に突き刺すことでなんとかその場にとどまるが、何人かの海賊たちはその揺れに耐えきれず海へ投げ出される。
阿鼻叫喚となった船上に、一人の女性が降り立つ。
シンドバット、そう呼ばれたその女性は燃えるようなえんじ色の長髪を海風になびかせながら船上を見渡す。
年は二十手前くらいだろうか。背が高く、スタイルの良いとても美しい女性だった。細い足と腰に不釣り合いな大きい胸とお尻。それを強調するかのような露出の高い服を着ている。
彼女は挑発的な笑みを浮かべながらドレイクを見て口を開く。
「久しぶりだねドレイク。あんたまだこんな下らないことやってんの?」
「黙れシンドバット! 誰もが貴様みたいに綺麗に生きれるわけじゃねえ。泥水をすすることでしか生きることの出来ねえ奴もいるんだよ」
「詭弁だね。あんたほどの実力があれば地道に生きる道もあったろうに」
「うるせえ! 俺の人生は俺の物だ! てめえにとやかく言われる筋合いはねえ!」
「そりゃそうだね。でも堅気に手え出そうっていうならあたしも黙っちゃられない。海賊が堅気に手を出す時代は終わったんだよ」
シンドバットは腰からサーベルを抜き放ち、宣言する。
「誇りを失った海賊はただの犯罪者だ。野郎ども! やっちまいな!」
それを合図にシンドバットの船から海賊が大量に乗り込んできてドレイクの船の海賊と戦闘を開始する。あっという間に船の上は海賊たちで溢れかえる。
「……ひとまず助かった、のかな?」
今がチャンスかとルイシャは目立たぬようそそくさと移動し、シャロたちのもとに帰ろうとするが、一人の海賊がルイシャの前に立ちはだかる。
「おっと、返さねえぜ!」
その海賊はシンドバットの手下だった。そっちの陣営とは敵対してないので戦闘したくなかったのだが、問答無用で襲いかかってきたのでルイシャは仕方なくその海賊に手刀を放つ。
「ごめんなさい、えいっ!」
「かっ……!」
海賊は昏倒し、崩れ落ちる。
ルイシャはその海賊を運び安全そうなところに置き、今度こそ立ち去ろうとするのだが……。
「あんた、ウチの船員に何してんだい?」
ルイシャの前に一人の人物が立ちはだかる。
右手にサーベル、左手にフリントクロック式の銃を持ったその人物は、後から来た海賊たちの首領、シンドバットだった。
「……あなたの仲間に手を出したことは謝ります。でも僕は敵じゃないんです」
「ドレイクの部下がつきそうな嘘だ。落とし前、つけてもらうよ」
そう言うやシンドバットは問答無用で斬りかかってくる。
「やっぱこうなるのか!」
ルイシャは竜王剣で彼女の一撃を受け止める。が、
(重っ……も!)
その想定以上の攻撃の重さにルイシャの体は浮き、数メートル先まで飛んでしまう。
なんとか姿勢を整え着地したものの剣を握っていた腕がじんじん痺れるほどの力だった。
「はっは! あたしの攻撃を受けてピンピンしてるとは大したもんだ! ドレイクの所に置いておくには惜しい男だね!」
「だから僕は仲間じゃないんですってば!」
ルイシャは大声でそう主張するが、シンドバットは聞く耳を持たず何度も斬りかかってくる。その一撃の重さを知っているルイシャは全力でその攻撃を捌く。
シンドバットは船の上という不安定な足場を意にも介さず華麗なステップを踏み、高速の剣閃でルイシャをめった斬りにした。常人では視認すら不可能な攻撃の数々、しかしルイシャはそれらを的確に見切り、時に避け、時に受け流し、そして弾いて見せた。
「すげえ……」
その人外の戦いを目にした海賊たちは感嘆し、思わずその戦いに見入ってしまう。
「ていうか船長楽しそうじゃない?」
「強敵と戦えるのも久しぶりだからな、俺たちじゃ相手にならないし」
「つーかあの少年誰よ、本当にドレイクの仲間なのか?」
多くの人が手に汗握り観戦する中、当のシンドバットは剣を振りながらルイシャに話しかけていた。
「一目見た時からやりそうな奴がいるとは思っていたけど、まさかここまでとはね! どうだい? ドレイクのとこなんて抜けてあたしの海賊団に入らない?」
「申し訳ありませんが僕は海賊にはなりませんよ……っと!」
申し出を断りながらルイシャは鋭い突きを放つ。シンドバットはそれを後方に宙返りしながら回避すると、器用に船の手すりの上に着地する。その見事な身のこなしにルイシャは感心する。
「……あなたこそ何者ですか? その強さ、只者じゃないですよね」
「あたしを知らないとは本当に海賊かい? まあこっちの海じゃそんなに活躍してないし知らない奴もいるか。いいよ、楽しませてくれたお礼に名乗ってあげようじゃないか!」
シンドバットは手すりから降りると、地面を力強く踏み、サーベルを掲げ名乗りを上げる。
「我が名はシンドバット! 七つの海を渡り制して来た七海の覇者なり! 海を荒らす誇りなき海賊たちよ、我が誇りの刃が叩き斬ってくれる!」
そう叫ぶと彼女の仲間たちが一斉に手を叩き指笛を鳴らし囃し立てる。
本当に戦いの最中なのかとルイシャは困惑する。
「どうだ、これでいいかい?」
「……結局あなたが何者なのかは分かりませんでしたよ」
「ふうん、そうかい。ならこれを見せたほうが良かったかしら?」
そう言って彼女は服の胸元をめくる。そしてその下に光り輝く紋章をルイシャに見せつける。
「それは……!」
「言っただろ? 七海の覇者だって」
そこに輝くのは古代語で『七海王』と書かれた紋章。
彼女は剣王クロムに続いて、ルイシャが地上で出会う二人目の『王』であった。