第4話 漆黒にして真紅
時刻は夕方。
夕日が大陸西側の海をオレンジ色に染め上げる頃。ルイシャたちは法王国領土内の港町『ラシスコ』に到着した。
「あそこに泊めてください」
「あいよ」
アイリスの指示に従い、ヴォルフは器用に魔空艇を操縦し、着陸させる。
船を泊めた場所は大きな邸宅の庭だった。小型とはいえ魔空艇が着陸できるほどの広い庭。こんな所に泊めてよいのかとヴォルフは不安になる。
ルイシャもそれが気になったのかアイリスに問いかける。
「ここって使っちゃって大丈夫な場所なの?」
「はい、この家はラシスコにおける我が一族の活動拠点。自由に使っていただいて大丈夫です」
「こ、こんな立派なお家を持っていたんだね。すごいや」
「吸血鬼達は数こそ少ないですが、無駄に資産は蓄えています。なので将来、ルイシャ様は働かなくとも全て我々が面倒を見ますのでご安心くださいね」
「はは……それはどうも……」
一抹の怖さを感じながら、ルイシャは魔空艇を降り吸血鬼の所有する邸宅の庭に降り立つ。
するとそこには一人の青年が立っていた。
「……時は来た」
意味深なことを口にする赤髪の少年。年はルイシャたちより少し下くらいだろうか。背こそ高いがまだ顔には幼さが残っている。
彼は真っ黒な衣服に身を包み、左腕を包帯でぐるぐる巻きにし、右目に眼帯をしている。更に腕や首にはシルバーアクセサリーをつけており見るからに怪しい。
ルイシャたちが近づくと、彼は閉じていた左目をカッ! と突然見開き、大きな声を出す。
「よく来たな神に抗いし騎士たちよ! 漆黒にして真紅の吸血鬼、ヴィニス・V・フォンデルセンが諸君らを歓迎しよう!」
「……へ?」
突然意味の分からない挨拶をされ、キョトンとするルイシャと一同。
そんな中、この事態を予期していたアイリスだけは呆れたように頭を押さえていた。
「ヴィニス、その挨拶はやめなさいと何度も言ってるでしょう」
「おや、アイリス姉、久しぶりです。いくらアイリス姉の頼みでもそれは聞けませんね、この口調は邪眼を持った者に課せられた枷。いくら姉さんの頼みでもおいそれとは変えられません」
「……はあ。すみませんルイシャ様。この子は昔からこうなんです」
「はは……個性的な人だね」
ヴィニス・V・フォンデルセン。アイリスの従兄弟である彼は昔から陰謀論や神話が好きな子どもだった。それらの真似をする内にいつしか自分はその一部なのだと認識し、このように育ってしまった。この世界に存在しない言葉で言うと厨二病、邪気眼の類だ。
「今宵は封印された右目と左腕がよく疼く……きっと深海に封じられた邪神が警戒しているのだろう。その原因はおそらく貴方でしょう。魔と竜を内包せし仇討人よ」
「……は、はあ。それはどうも」
ヴィニスが発言する度、困惑する一同。
しかしそんな中、ルイシャだけは心の中で彼を理解していた。
(僕にもあったな……こんな時期が)
ルイシャも昔、彼みたいに振る舞っていた時期があった。彼の場合の設定は勇者の生まれ変わりであり、将来魔王を倒すのだと息巻いていた。
しかしルイシャの場合は直ぐに彼の幼馴染みエレナ・バーンウッドにボコボコにされたため、その時期は直ぐに終わったのだった。
その経験があったからこそ、ヴィニスの言動がルイシャには理解出来た。
ルイシャは彼と同じように格好つけたポーズを取ると、低めの声を出す。
「……漆黒にして真紅の吸血鬼、と言ったな?」
「ん?」
「まさか吸血鬼にも同胞がいたとはな……」
ヴィニスによく似た口調でそう喋り出したルイシャを見て、アイリスたちは驚き、ヴィニスは口角を大きく上げ笑みを浮かべる。
「貴様の言う通り、我こそは魔と竜を内包せし仇討人、ルイシャ=バーディ。貴様の歓迎、喜んで受けよう。共に力を合わせ昏き夜の時代を終わらせようではないか」
「お、おお! まさか我らの言葉に通ずるとは! さすがアイリス姉が選んだお方!」
生まれてこの方、ずっと白い目で見られていたヴィニス。ルイシャはそんな彼の初めての理解者になった。当然ヴィニスはルイシャにすっかりと懐き、くっ付いていた。
「ルイシャ兄は知っているか? この近くの海には船が沈没する魔の海域があるんだぞ。俺はそこが怪しいと思ってるんだ」
「へえ、そうなんだ。興味深いね」
「だろ!? だから俺、色々調べてみたんだ見てくれよ!」
まるで本物の弟のようにルイシャに引っ付きながら嬉しそうに話すヴィニスを見て、アイリスは目を丸くして驚いていた。
「あの子があんなに楽しそうにしているのは初めて見ました……驚きです」
「ルイって人たらしなとこあるからね。あのヴィニスって子もまんまとそれに引っかかっちゃったわね」
アイリスとシャロはルイシャたちから少し離れた所の椅子に座り、休憩していた。既に辺りは暗くなって来てしまったので、今日はもう吸血鬼の邸宅で休み、明日から色々調査することになったのだ。
「でもよアイリス、あいつ変なことばっかり言ってたけど、実際強いんじゃねえのか?」
通りかかったヴォルフが聞くと、アイリスは真剣な面持ちで答える。
「……正直ヴィニスの本当の強さは私も分からないです。彼が本気で戦うところを見たことがありませんので。でもあの子の持つ魔力は私や他の仲間と比べても抜きん出て高い。昔は私とそう変わらなかったのですが、二年会わない間に随分成長したようです」
「へえ、そりゃ頼もしくていいじゃないか」
「そうですね……ですが……」
神妙な面持ちになるアイリスに、シャロとヴォルフは身構える。何か不安なところでもあるのか、と。しかしアイリスの口から出た言葉は意外なものだった。
「ルイシャ様を独り占めするのは従兄弟だろうと許せません……!」
その言葉を聞いた二人は盛大にズッコケるのだった。