第54話 夜襲
翌朝。
王都に帰る日は次の日なのでこの日は各々自由に過ごして良い日だった。
休んでも観光しても自由。となればクラスメイト達はみな我先にと街へ飛び出していく。
その元気さは激闘を終えたばかりとはとても思えなかった。
しかしそんな元気な生徒達の中に一人だけヤケに疲れ果てた様子の生徒がいた。
「ぜえ……ぜえ……しんど……ぃ」
つらそうな顔でお爺ちゃんのように足を引きずりながら歩いているのはルイシャだった。魔竜モードの体への負荷はそれほどまでに凄まじいものだった。
そんな彼の姿を見て一緒に街に出ていたシャロは心配そうに尋ねる。
「大丈夫? そんなにダメージが残ってるんだったら宿に戻った方がいいんじゃない?」
「あ、ありがとう、でも大丈夫。セントリアに来れる機会なんて滅多にないんだから遊び倒さないとね」
「ルイが大丈夫って言うならいいけど……あ、そうだ。しょうがないから私がルイを支えてあげるわ! ふふん、名案ね!」
そう言ってルイシャの右腕に自信の両腕をぎゅっと回す。
当然そのように掴まれればルイシャの腕はシャロのやわらかな胸に包まれることになる。
「ちょ、ちょっと、当たってるよ!?」
「当ててんのよ、察しなさい」
顔を赤くしながらもシャロは押し付けた胸を離そうとしない。
するとその光景を見たアイリスもシャロ同様にルイシャの左腕をぎゅっとつかみ、その大きな胸に押しつける。
「シャロ、それは私の役目です。なのでここは私に任せてあなたは安心して遊んできて下さい。もちろん一人で」
「アイリスこそたまには羽を伸ばして来た方がいいんじゃないの? 遠慮しないでとっととその腕を離しなさい……!」
ルイシャを挟んで火花をバチバチ散らす二人。
何回も見た光景にルイシャは「はあ」とため息を漏らすのだった。
◇
夜。
たくさん遊んだルイシャは宿舎の自分の部屋にいた。
1日あったのですっかり体は元気になり、窓を開け夜風を浴びながら何もない時間を満喫していた。
「ふう……今回の旅も色々あったなあ」
セントリアに来てからのことをルイシャは思い返す。
魔空艇に乗り、若き獣牙の生徒と会い、剣王クロムに会い、チシャを襲った学生に報復し、邪魔してきた帝国の生徒を退けたと思ったら剣王クロムと戦うことになった。
「だいぶ端折ったけどそれでも色々やりすぎだね。こんなに濃い旅になるなんて……」
「でも楽しかっただろ?」
「まぁそれはそうだけど……ってええ!? 誰っ!?」
独り言に乱入する誰かの声。
驚き声のする方を見てみるとそこにはなんと窓から部屋に入ってくる剣王クロムの姿があった。
「お邪魔するよ」
「は、はあ」
突然の出来事に呆然とするルイシャ。
クロムはそんな彼にお構いなく部屋に入る。
「いったいどうしたんですかクロムさん。特に約束とかしてませんでしたよね?」
「昨日はお互い疲れ果ててたからなあなあで別れてしまったからね。帝国に帰る前にちゃんと一回話しておこうと思ってね」
「なるほど。そういうことでしたらどうぞ」
ルイシャに促され、クロムは部屋に備え付けられていた椅子に腰掛ける。
最強と呼ばれる剣士が自分の部屋にいる。ルイシャはなんとも奇妙な感覚を覚えた。
「まずは……すまない。私の我儘に付き合わせ、君を傷つけた挙句危険な目にまで遭わせてしまった」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。
まさか素直に謝罪されると思ってなかったルイシャは驚く。
「ちょ、頭なんて下げないで大丈夫ですよ!」
「いや、こうでもしないと私の気が収まらない。そうだ! 東洋に伝わる最上級の謝罪方法『土下座』をしよう!」
「いやだから大丈夫ですって! あ!こら勝手にやらないで下さい!」
土下座を強行するクロムを地面からひっぺがし、椅子に座らせる。
たったそれだけの行為だが相手は剣王クロム。物凄い力で地面にへばりついていたのでそれをひっぺがすだけでルイシャは肩で息をするほど疲れてしまう。
「ぜえ、ぜえ……一体、どうしたんですか? 戦う前はとてもこんなことするタイプには見えなかったんですけど……」
ルイシャの中の彼女のイメージは戦いに飢えた狂戦士。とても人に謝るタイプには見えなかった。
そんなルイシャの問いにクロムは真剣な表情で答える。
「……変わったからさ。私には今まで戦いしかないと思っていた。でも今回の一件でそうではないことを知った」
一人で闇を進んでいたはずが、彼女の後ろにできた道にたくさんの人が歩いていた。
ルイシャに敗れ、生徒に救われたことで初めて彼女は立ち止まり、振り向き、それに気づくことができた。
「まあ後何だ……。恥ずかしい話、私はイキっていたんだ。負けたことがなかったからな。君に鼻っ柱を折られたことで謙虚になれた」
恥ずかしそうにそう言う彼女を見てルイシャは思わず笑ってしまう。
「おい! 人が真剣に話してるのに何笑ってんだ!」
「す、すみません。つい」
「……ったく、しょうがない奴だ。ともかく、今回は申し訳なかった。そして……ありがとう。君との戦いはとても楽しく、痺れるように刺激的で、とろけるように甘く、忘れられないほど感動的だった」
「そう……ですね」
ルイシャは彼女との戦いを思い出す。
痛く苦しい戦いだったが、その戦いの中に確かにルイシャは楽しさを見出していた。
鍛え上げた力を存分に振るう喜び。それは使い方次第では危険なものだが、使用法を間違わなければ心を豊かにすると彼は感じた。
「よく聞けルイシャ。私はもっと強くなるぞ。お前との戦いで得た経験を存分に活かし、もっともっと鍛えてお前より強くなる。だからルイシャ、お前もサボるんじゃないぞ。次会った時弱くなっていたら承知しないからな?」
「はい。その時はまた全力で戦いましょう」
ルイシャの返事に満足したように頷くと、戦ってる時の彼女からは想像つかない魅力的な笑顔を浮かべるのだった。
「……じゃ、堅苦しい話はこれくらいにするか」
「へ?」
もうお開きの流れかと思ったが、急に仕切り直されルイシャは困惑する。
しかし彼女はそんなこと気にも止めず話を進める。
「なあ、私を見てなにか変わったと思うところはないか?」
「変わったところって……えと、なんていうか普通の女性らしくなりましたよね」
「ふふ、そうだろ?」
今までさらしで押さえていた胸は解放され、帽子の中に隠されていた長い髪も今は下ろしている。
表情も柔らかくなったこともあり、最初の刺々しい彼女からガラッと変わり大人の女性の魅力を感じる見た目になっていた。
「これもお前のおかげだ。もう私は女を隠すことをやめた、私を女だと侮る奴がいたらそのままぶちのめしてやることにしたんだ。本当に強い君みたいな奴はそんなことで手を抜かないって分かったからな」
「そうですか。とてもいいと思います」
「ああ、だからその礼の意味を兼ねて今日は夜這いしに来たんだ」
「なるほど夜這いに……って、えぇっ!?!!?」
突然のじたいに驚き戸惑うルイシャ。
一方クロムはルイシャの動揺を一切気にせず服を脱ぎ始める。
「ちょ、何してるんですか!?」
「目を塞がないで見て欲しいものだ。せっかく頑張っているのだから」
ぐい、と目を塞ぐ手を力づくで外される。
その瞬間ルイシャの目に飛び込んできたのは、彼女の鍛え抜かれた美しい体だった。引き締まり磨き抜かれたその体は芸術的にも感じられる。まるで彫刻かのように整った肉体の中心にあるのは見るだけでやわらかいことが分かる胸。
そのコントラストにルイシャは見惚れる。
「お、おい。見ろとは言ったがそんなにジロジロと見られると流石に恥ずかしいぞ……」
「す、すみませんっ」
慌てて目を逸らすルイシャ。
二人の間に変な空気が流れる。
「い、いったいどうして夜這いなんて……?」
「決めていたんだ、初めての相手は私を一対一で正面から倒せる男だってな。でも中々そんなものは現れず、気づけば二十一才になってしまった。今の人生に不満があるわけじゃないが……やはりその、恋、と世間一般的に言われているものにも興味があってな。多分それに近い気持ちを私は君に抱いている。だから申し訳ないが……抱かれてくれ」
「え」
一瞬の隙を突かれ、ルイシャはベッドに押し倒される。
咄嗟に抜け出そうとするが、手首をガッチリを掴まれ抜け出すことが出来ない。見ればクロムの瞳は少し前の狂戦士状態の時のようにギラギラに光っている。
「少年、痛くしないからそんなに怖がらなくてもいいんだぞ……」
「それ本来僕のセリフですよね!?」
ルイシャの魂のツッコミもクロムには届かず、クロムはルイシャに襲いかかるのだった。