第52話 築き上げたもの
疲弊したクロムを抱え、帝国の生徒たちはルイシャの元へ駆け寄る。
生徒の中に見知った、というより少し前に対戦した相手がいることにルイシャは気づく。
「君はあの時の……」
「話は後だ」
その間も生徒たちは第三の眼の魔法使いから目を離すことはなかった。その見事に連携の取れた動きに第三の眼のリーベは「ほう」と感心する。
「さすがクロム殿の教え子、教育が行き届いているようだ。しかし……」
一歩ずつ、ゆっくりとリーベたちは包囲網を狭めていく。
生徒たちは剣を向け牽制するが、第三の眼の者たちは一切怯んだ様子を見せない。むしろ焦っているのは剣を向けている生徒たちのほうだった。
「ふ、いくら鍛えられているとはいえ所詮子ども。あまりに幼く、あまりに弱い。冒険者崩れ程度であればなんとかなるでしょうが、私たちの敵ではない」
クロムは生徒に守られながら舌打ちをする。
リーベの言うことは正しく、帝国の生徒ではこの状況を打破することは出来ない。その事をクロムはよく分かっていた。
「おいお前ら、私を置いてさっさと逃げろ。あいつらの狙いはお前らじゃない、きっと見逃してくれる」
「……ふざけたこと言わないで下さい、いくらクロム様でも怒りますよ」
帝国学園首席、ジェロジアの言葉に他の生徒たちも頷く。彼らの決意は固いようだ。
しかしクロムとしても自分のせいで彼らが傷つくのは看過出来なかった。
「やめろ、お前らの尊敬するクロムはもう死んだんだ。私はお前らが命を張って守るような立派な存在じゃない」
「……それはあなたが女性だから、ですか?」
彼女のさらしは切れ、長い髪も晒されたままだ。
一目で女性とわかる彼女の姿に生徒たちも最初驚かなかったわけではない。
「それだけじゃない。私はさっきそこの少年に負けた。お前らの信奉する無敵の戦士クロムはもういないんだよ。ここにいるのは只のみっともない死に損ないさ」
そう自嘲するクロム。
これで愛想を尽かしてくれるだろう。そう思う彼女だったが、生徒たちが彼女を見る目は一切変わっていなかった。
「確かに私たちは貴女の強さに憧れています、しかしそれだけではありません」
ジェロジアがそう彼女の言葉を否定すると、一人の女生徒がそれに同意し声を上げる。
「私の故郷の村は長年魔獣の被害に苦しめられてました。それを退治し救ってくださったのはクロム様です、その姿に憧れ私は帝国学園に入ったんです」
その言葉を皮切りに生徒たちは口々にクロムを慕う理由を話しだす。
ある者は家族を盗賊から救われ、ある者は彼女が飛竜を斬り伏せる姿を見て強く憧れた。
強者と戦いたい。その気持ちだけで敵を斬り伏せていたクロム、しかしその行動は結果として多くの人を救っていた。
自分には強さしかないと思っていた彼女だが、その道は彼女に多くのものを与えていた。今ここに至って彼女はそのことをようやく気づけたのだった。
「負けた、とか性別を偽ってた、とか、そんなことじゃ貴女への憧れは消せやしません。これから先何があろうと貴女が帝国の英雄だということに変わりはないんですから」
「……ちっ、バカ弟子どもが一丁前な口を利きやがって」
自分に向けられる羨望と好意の視線。クロムは恥ずかしそうに頭をかく。
弛緩する空気、それを壊すように大きな火球がクロムたち目掛け飛んでくる。
いち早く反応したクロムはその火球を切り裂き、それを放ったリーベを睨みつける。
「……いい度胸してるな」
「失礼、もう感動的なお話が終わったのかと思い」
全く悪びれる様子のないリーベ。
彼は再び杖に魔力を込め、その先端をクロムに向ける。
「このままでは埒が空きません、一気に片付けてしまいましょう。なに、ルイシャ君なら多少くらっても死にはしないでしょう」
リーベの命に従い、魔法使いたちは魔法を放とうとする。
絶体絶命の状況。生徒たちの顔は陰り、クロムは苛立たしげに舌打ちをする。
……この状況を打破したのは思わぬ人物だった。
「――――そこまで。どちらも矛を収めよ」
夜闇に響く、堂々とした声。
その場にいるもの全員が視線を声のした方に移す。
「……馬鹿な、なぜあなたがここに!?」
驚くリーベ。
その人物がここにいるはずがない。しかし彼から出る圧倒的なオーラは彼以外に出すことの出来ないものだった。
その人物はちらとクロムの方に視線を移すと楽しそうに笑う。
「どうやらだいぶ楽しめたようだな。もう帰るぞ」
「……今日は驚くことばかりだ。まさか貴方に助けられる日が来るとは」
「まあいつも守られてばかりだからな。たまにはこういう日があってもいいだろう」
そう言ってヴィヴラニア帝国皇帝、コバルディウスは楽しげに笑うのだった。